Episode18:悪魔と神仙

 どうにか眼前の敵を倒したビアンカは、他2人の戦況を確認する。その彼女の目の前に広がっていた光景はある意味では予想通りであった。


「ふぅぅ……まともな対人戦闘は久しぶりだな。それなりに楽しめたぜ」


「全く、戦いは楽しむ物ではありませんよ。少なくとも我々と行動を共にしている時は、手段と目的を逆転させないようにお願いします」


 優に10人以上の下仙達が倒れ伏した文字通り死屍累々たる有様の中で、楽しめたと言いつつどこか物足りなそうなユリシーズと、涼しい顔でそれを嗜めるリキョウ。当然2人とも全くの無傷で息1つ乱していない。


「…………」


 彼女が死闘の末にどうにか1人の下仙を倒した間に、彼等は一斉に襲い掛かったはずの複数の下仙達を余裕で下していたのだ。恐らくどちらかがアダムだったとしても結果は同じであっただろう。


 ビアンカは本当の意味で彼等の仲間・・になるには、まだまだ道のりは遠く険しい事を改めて実感した。



「ミス・ビアンカ。あなたもお見事でした。途中あなたが崩拳をまともに喰らった時は、思わず手助けしそうになるのを全力で堪えねばならなかった程でしたが」


 リキョウがビアンカが倒した下仙を見ながら微苦笑した。ユリシーズも皮肉気に口の端を吊り上げる。


「へっ、だから無用だって言ったろ。過保護なばっかじゃいつまで経っても成長しねぇからな」


「……ふむ、我が子を谷に落とす獅子とはこのような気持ちなのかも知れませんね」


 何かに納得したようなリキョウ。どうやら彼等は多数の下仙を相手取りながら、更にビアンカの戦いを気に掛ける余裕まであったらしい。余りの力量差にビアンカは再び嘆息した。



「さて、これで邪魔者は粗方殲滅できました。後は…………っ!」


 リキョウが唐突に表情を強張らせて大きく飛び退った。直後、今まで彼のいた場所を巨大な氷柱・・が貫いていた。


「なっ……!?」


 ビアンカは驚いて氷柱が飛んできた方向を見やる。ユリシーズはとっくにそちらに警戒した視線を向けていた。



「これはこれは……誰かと思えば2年前に祖国から亡命した負け犬、許正威の腰巾着ではないか。こんな所で貴様の顔を見るとは思わなかったぞ、仁麗孝よ」



「……! お前は……黄? 黄汪文か!」


 そこに佇んでいたのは1人の中国人の男であった。30代後半ほどの年齢と思われる。男の脚には青っぽい毛並みの猿のような生き物がしがみ付いていた。リキョウは一瞬だけ戸惑ったものの、すぐにその目を見開いた。


「第九局の上級管理局員のお前が直接派遣されているとは。どうやら周主席はこの作戦にかなりリソースを割いているようだ」


 リキョウの言葉に黄と呼ばれた男が頷いた。


「ふ……今は老子学院ジョージア州立大学校の校長・・という表向きの身分があるがな。最後に会ってからかれこれ3年ぶりくらいか? 民主主義を標榜していた貴様が今ではアメリカ大統領の犬か。ある意味ではお似合いだな」


「お前と無駄話をする気はない。お前達の企みは既に割れている。大人しく証拠を渡せと言って素直に渡すお前達ではないだろう。悪いがここに現れた以上、力づくで排除させてもらうぞ」


 文字通り問答無用なリキョウの言葉にユリシーズも拳を鳴らしながら進み出る。


「こいつと知り合いって事はお前も上仙か? だが馬鹿な奴だな。1人で俺達相手に勝てるはずねぇだろうが」


 ユリシーズの言う通り例えこの黄という男が上仙だったとしても、リキョウも同じ上仙であり尚且つユリシーズもいるのだ。ビアンカ自身は大して戦力にならないとはいえ、ユリシーズが加勢するだけでこちらの勝ちは揺るがないだろう。


 だがそれが解っているはずの黄は不敵な態度を崩さない。



「ふ……だろうな。だからこちらも友人・・に助力を請う事にした」



「何…………うぉっ!?」


 今度はユリシーズが慌てて飛び退る。飛んできたものは氷柱とは真逆の……炎の塊。



「ああ……全く、どうやってここを嗅ぎ付けたのか。まさかバルバトスの奴が口を割ったとも思えんが。私は面倒な事が何よりも嫌いだと言うのに……」



「……!」


 いつの間にか黄の横にもう1人の男性が現れていた。黄よりもずっと年配で60代くらいの初老の白人男性であった。その顔を見たリキョウが目を細めた。


「なるほど……このジョージア州立大学の学長・・マーク・パウエルですか。やはり私の推測は当たっていましたね」


 学長と言えばその大学のトップだ。やはりこの大学自体が中国の工作に協力していたのだ。そしてこの大きな大学の学長ともなれば、その社会的地位からいっても間違いなくカバールの構成員たる上級悪魔であろう。


 中国の上仙とカバールの上級悪魔。厄介な敵がいきなり2体も徒党を組んで出現した事になる。俄然リキョウ達の表情も厳しいものになる。



「面倒なのは嫌いだが……『エンジェルハート』が自分から飛び込んできてくれたのだから、労力を割く価値もあるという物か」


「……!」


 パウエルの視線がビアンカに向けられる。やはり悪魔達にとってはビアンカの『エンジェルハート』は垂涎の的であるらしい。


「しかしこのまま一戦交えるとなると『エンジェルハート』が巻き込まれてしまうな。『エンジェルハート』にもう少し下がっているように言ったらどうだ?」


 パウエルは彼女を殺さずに手に入れたいクチらしい。だがユリシーズがかぶりを振った。


「けっ、その手に乗るか。彼女が離れた瞬間、部下の悪魔に襲わせようって腹だろうが」


「そうですね。それに今の彼女はあなた方に対してもある程度有効打を与えられる力を持っています。彼女はれっきとした戦力・・であり、ただ後ろに下げておくような事はしません」


 リキョウも同調して断言する。無論傍で彼女を守る為というのもあるだろうが、本心で言ってくれているようでビアンカは少し感動してしまう。


「……愚か者どもめ。後悔するぞ」


「後悔するのはあなた方が先ですよ。煉鶯!!」


 パウエルが低く唸るのを軽く流して、リキョウが上空を旋回していた煉鶯に指令を出す。すると煉鶯がパウエルと黄に向けて翼を大きく羽ばたき、そこから発生した強烈な熱波が連中に吹き付けられる。


 まともに浴びたら一瞬で焼死する灼熱の風。だが黄は素早く脚にしがみ付いている青い猿に命じる。


「晶猩!」


 青い猿――晶猩が一声鳴いて片手を突き出した。すると瞬間的に黄の周囲の空気が凍結・・して大量の霜が発生する。その極低温の冷気は煉鶯が放つ熱波を相殺して、主人である黄を守った。


 だがその冷気は黄だけを覆っていて、パウエルの方はそのまま熱風をまともに浴びた。例え上級悪魔であってもこれをまともに喰らったらただでは済まないだろう。例えばボルチモアにいたアマゼロトならこれだけで決着がついていた可能性もある。


 熱波に包まれ一瞬にして燃え上がるパウエル。だが……



『やれやれ、酷いな、ミスター・黄? 自分だけ身を守って私は放置かね?』



「……!」


 全身を炎に包まれたまま、パウエルが何事も無かったように苦笑して黄に語り掛けていた。黄は肩を竦めた。


「ふ……熱による攻撃であればあなたを守る必要はないと判断した故。無駄に『気』を消費するつもりはないのでね」


『呵々……それは違いない』


 パウエルは黄の言い草に嗤うと、全身を揺さぶるようにして纏わりつく炎を振り払った。その下から現れたのは既にパウエルではなかった。


 ビアンカは目を剥いた。まず目に付いたのは、まるで燃えているかのように広がる真っ赤なたてがみだ。否、ようにではない。その鬣は本当に燃えていた。煉鶯の熱波によるものではない。その鬣自体が発火しているのだ。


 そして鬣だけでなくその顔も雄々しいライオンの物となっていた。身体も鬣ほど長い毛ではないが、短い体毛がびっしりと生えてそこからも所々火が燃えていた。手や足の形状も獣のそれに近くなり鋭い鉤爪が備わっている。体長も優に2メートルを超える巨体となっていた。体重も300キロくらいありそうだ。


 燃え盛る真っ赤な体毛の獅子男ワ―ライオン。それがパウエルの悪魔としての姿であった。 



『呵々……貴様らにこの『炎熱妖怪ファイアーファントム』アモンが倒せるかな?』



「……!」


 その獅子の口から炎の吐息を漏らすパウエル――アモン。これは確かに熱や炎による攻撃は一切効かなそうだ。というか近付いただけでも文字通り火傷しそうである。いくらアルマンのチョーカーがあるとはいえ基本的に格闘オンリーであるビアンカ的には相性が悪そうだ。


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