Episode17:格闘対決!

「しかしもうこれで隠密は完全に意味をなさなくなりましたので、このまま急いで保管場所を確保するとしましょうか」


 3人は気を取り直して講堂に向かって全力で駆け寄るが、すると今度はその講堂の勝手口が開いて中から何人もの男達がゾロゾロと出てきた。見た所全員東洋人・・・のようだ。


「……! 神仙達です! 恐らく下仙が中心でしょうが油断しないように!」


「はっ、面白れぇ! 中国ケンポ―って奴がどれ程のモンか試してやるぜ!」


 神仙達は殺気を漲らせて襲い掛かってくる。恐らく『結界』や下級悪魔達の洗礼すら通り抜けてここに近付く者は問答無用で殺せと指示が出ているのかも知れない。相手が人間とはいえこちらを殺そうと襲ってくる者に対して容赦するようなユリシーズではない。


 彼はむしろ獰猛な笑みを浮かべると、自分から嬉々として神仙達に向かって突撃する。そしてまずは先制の一撃とばかりにあの黒火球を作り出して撃ち込む。下仙達は殆どが散開して躱したが、最後列にいた下仙が躱しきれずに被弾。一瞬にして黒い炎に包まれて崩れ落ちた。


 仲間の死を見ても他の下仙達に動揺はなく、まるで感情がないかのように襲い掛かってくる。素手で打ち掛かってくる者もいたが、柳葉刀と言われる剣を持って斬り掛かってくる者もいた。


 ユリシーズは下仙の放った蹴りをガードする。リキョウが言っていた通りその攻撃にも『気』が乗っているらしく、ガードしたにも関わらずあのユリシーズが僅かに後退した。しかし……


「はっ! なるほど、大した威力だが俺のガードを突き破れるほどじゃねぇようだな!」


 今度はユリシーズが反撃に転じる。人間離れした速度で相手の懐に飛び込むと、強烈なボディブローを叩き込む。相手の下仙は受けようとしたが反応が間に合わずまともに喰らった。するとユリシーズの拳が冗談のような深さでめり込み、骨が折れて内臓が破裂するような異音と共に、下仙が大量の血反吐を履いて地面に倒れた。ほぼ即死だろう。


 下仙はあくまで「修行した人間」レベルである為、文字通り人間離れしているユリシーズの力には敵わないようだ。


「どうした、こんなモンか、雑魚共!? まとめて掛かってきやがれ!」


 ユリシーズが派手に敵のヘイトを集めて引き付ける。しかし敵は人間であり全員がそちらに引き付けられた訳ではない。何人かはビアンカ達の方にも向かってくる。



「ふぅ、それでは行きますよ、ミス・ビアンカ!」


「え、ええ……!」


 リキョウも以前ほどビアンカを過剰に庇いだてる事はなくなった。仲間・・と見做すという言葉は嘘ではないようだ。しかしそれは取りも直さず、ビアンカ自身も自分の力だけで敵と相対する必要が出てきたという事だ。泣き言や甘えは一切なしだ。


 リキョウのもとには数人の下仙が一斉に斬り掛かる。どいつも柳葉刀を持っていた。しかしリキョウは煉鶯を上空に飛び立たせて、自身の体術だけで下仙達と渡り合っていく。




 ビアンカのもとにも下仙が1人向かってきた。こちらは無手である。ビアンカ自身も格闘技が武器なので、図らずも拳闘対決となった。


「ふっ!」


 ビアンカは牽制のローキックを放つ。牽制とは言ってもシューズにも霊力が込められているので、まともに当たったら骨が折れる威力だ。だが下仙は自身も片脚を掲げてビアンカのローを自らの脛でガードした。


「……!」


 シューズから霊力のインパルスが発動する。しかし下仙は体勢は崩したものの、怪我を負う事も無く立て直してくる。そしてビアンカも攻撃が当たった瞬間、妙な反発・・を感じて自分自身もたたらを踏んでしまう。


(今のは……『気』の力ってヤツ!?)


「具有相同的力量!?」


 下仙の男は中国語で何か喚きながら反撃に転じてくる。一見何の力も無さそうな普通の白人女性であるビアンカが自分と似たような力を使った事で驚いたらしい。どうやら全く感情が無い訳でもなさそうだ。

 

 流れるような独特の動きから蹴りを繰り出してくる。ビアンカは咄嗟に腕でその蹴りをガードする。その蹴りにも『気』が乗っていたようだが、チョーカーの霊力でただの蹴りくらいの威力に軽減された。


 しかし下仙は怯まずに今度は回転するような動作で低く屈みこんで足払いを仕掛けてくる。ビアンカは咄嗟に後ろに跳び退って足払いを回避する。下仙は低い姿勢を維持したまま距離を詰めてくる。


「くっ……!」


 空手やMMAとは明らかに異なる動きに幻惑されそうになる。咄嗟に前蹴りで突き放そうとする。だがそれは悪手であった。下仙は身体を捻るようにしてビアンカの前蹴りを躱すと、彼女が体勢を立て直す前にその腹の辺りに縦にした拳を打ち当てる。


 腹に男の拳が当たった瞬間、何か異質な力がその拳から放出されるのを感じた。そして……


「ぐぶっ!!」


 腹部に凄まじい衝撃を感じて内臓を揺さぶられるような感触と激痛にビアンカは、呻き声と共に大きく吹き飛ばされた。


 『気』の力を上乗せした崩拳。それはアルマンのチョーカーでも完全には軽減しきれず、バットで思い切り腹を殴られたくらいの衝撃を彼女に与えた。チョーカーなしで喰らっていたら内臓が破裂して下手すると即死していたかも知れない。


 下仙は下手な下級悪魔よりも強いかも知れない。



「ぐぅ……げぇぇ……! あが……」


 腹の中をピンポン玉が飛び跳ねているような激痛にビアンカは四つ這いで、片手で腹を押さえた姿勢で激しくえずいた。唾液と逆流した胃液が口から吐き出される。


 かなりのダメージを負ってしまった。しかしこれはルールのある試合ではない。ビアンカが顔を上げると、霞む視界に下仙の男が容赦なく迫ってきているのが見えた。


 これは実戦だ。相手はビアンカが女性だからといって手加減してはくれない。それどころか容赦なく殺すつもりなのだ。悪魔や岩人形とは違う、人間の生の殺意。


 苦痛と恐怖で怯みそうになる心を必死で繋ぎ止める。ここで怯んで逃げ出すようでは、そしてこの程度の危機も自力で乗り越えられないようでは、到底この先も戦いを続けていく事などできない。ここが正念場だと彼女も理解していた。



「ふ……ぐ……おぉぉぉっ!!」


 腹の苦痛を押し殺して、口の端から唾液や胃液を垂らしたまま、両足を踏ん張って強引に立ち上がる。だがその時には下仙の男がすぐ間近まで迫っていた。


 男が側面から鋭い蹴りを放ってきた。ビアンカは再び蹴りをガードする。ちゃんとガードできれば何とか耐えられる範囲だ。まともな一撃さえ喰らわなければ何とかなる。


 男は次々と連撃で攻め立ててくる。ビアンカは防戦一方となり、どんどん後退を余儀なくされる。だが寸での所で男の攻撃を全てガードしており、致命的な一撃をもらう事は防いでいた。


「快死!」


 それに苛立ったらしい男が再び中国語で叫ぶと一気に踏み込んできた。身体を半身にして拳を縦に構えた独特の姿勢。間違いなく先程と同じ崩拳だ。業を煮やした事で先程効いた攻撃を再び繰り返してきたのだ。


(来た……!)


 だがそれはある意味でビアンカが待ち望んでいたものだった。少なくとも一度喰らった事で、どんな攻撃かは解っている。


 男が腰を低くしてそこから伸び上がるようにして、身体ごと拳を突き出してくる。見た目に惑わされてはいけない。あの拳が当たった瞬間『気』の力を内部に流し込まれて体内から破壊されるのだ。


 だがそれも当たらなければ意味が無い。一度喰らった事で攻撃の軌道を見切っていたビアンカは、今までガードに徹していたのを解いて回避を選択する。男の拳が迫るのを、身体を捻るようにして最小限の動きで躱す。


「……!」


 躱されるとは予想していなかった男の体勢が僅かに崩れる。そこにビアンカは側面から相手の脇腹目掛けてミドルキックを叩きつけた。


 シューズから再び霊力のインパルスが発動し、蹴りの威力に上乗せされる。男はやはり『気』の力である程度軽減したようだが、完全には軽減できずに脇腹を押さえて身体をよろめかせる。今が追撃のチャンスだ。


 ビアンカは拳を限界まで引き絞ると大きくジャンプした。そして斜め上から叩き下ろすように渾身のストレートを男の顔面に打ち込んだ。


「……っ!!」


 当然グローブからも霊力の波動が生じ、男の顔面が陥没・・した。目は潰れ、鼻は砕け、歯も残らず折れ飛んで、原形を留めない程に顔面を破壊された男がもんどり打って倒れ込んだ。



 当然ながら起き上がってくる気配はない。死んではいないようだが、死んだ方がマシと言える惨状かも知れない。人に対して全力でこの力を当てたのは初めてだ。想像以上の威力にビアンカ自身も唖然としてしまった。


(これは……絶対に『事故』には気を付けないといけないわね)


 そう肝に銘じるビアンカであった。

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