Episode16:灼熱の仙鳥

 ジョージア州立大学はアトランタに籍を置く研究型大学で、その学生数は全米でもトップ10に入ると言われている。様々な研究科を擁し年間の研究費は2億ドルにも上ると言われており、アメリカ南部では屈指の教育研究機関として名高かった。


「そんな大学だけに、中国が『老子学院』を設置して拠点・・とするのは絶好の条件だったという訳ですね。影響力が強ければそれだけ工作の成果も向上しますので」


 時刻は深夜を回った辺り。ジョージア州立大学の広大なキャンパスを前にしてリキョウが皮肉気に呟く。傍らにはビアンカとユリシーズの姿もあった。


「私のいたテンプル大学よりも余程大きなキャンパスね……」


 ビアンカがキャンパスに林立する建物や敷地を見渡して嘆息する。恐らく予算なども段違いなのだと容易に予想出来る。


「老子学院が存在するのは教養学部の方ですが……馬鹿正直に当該施設内に保管しているとは思えませんね。どうですか、ユリシーズ君?」


 リキョウがそう言ってユリシーズの方を振り返る。ユリシーズは何かに集中するように目を閉じていたが、やがてその金色の瞳を開いた。


「ああ、なるほど。確かにあの小僧が言ってた通り巧妙に偽装されてるが、集中して探ると魔力の痕跡が感じられるな」


 『ヴァーチャー』を大量に保管している場所は恐らく『結界』によって隠蔽されているはずなので、必ず魔力の痕跡を探知する事ができるはずであった。



 一向は深夜のキャンパス内に潜入すると、ユリシーズの先導のもと敷地内を進んでいく。深夜とはいえ大きな施設の事、警備員や他にも様々な理由で構内に残っている人間はいるはずだが、こちらもユリシーズが『結界』を張って移動しているのでまず見咎められる心配はなかった。


「……恐らくあそこだ。近付くにつれて明らかに魔力が濃くなってやがるからな」


 しばらく進んだ所で彼が指し示したのは大きな講堂か何かの建物であった。しかし建物の外観は古ぼけて外装も所々剥げていて、どう見ても現役で稼働している施設には見えない。


 周囲の真新しいキャンパスからは明らかに浮いているが、恐らく大勢の学生が行き交う日中でも誰も気にしないだろう。何故なら……誰もここにその建物があるという事を認識できないのだから。


「ふむ……構内の改築や増築に伴って使われなくなった旧講堂か何かのようですね。ここ1、2年の老朽具合ではありませんね。これがずっと放置されてきたという事実を考えると、やはりこの大学自体にもカバールの構成員が存在しているようですね」


 つまりやはり敵は中国統一党の神仙だけではないという事だ。



「さて、ここまで来たがこの後はどうする? このまま抜き足差し足で忍び込んで証拠だけ押さえられるか試してみるか?」


 ユリシーズが若干冗談めかして言うが、リキョウはかぶりを振る。


「常に最悪を想定するなら我等の侵入は既に気付かれている可能性があります。正式な査察が入る前に証拠を隠滅されても困ります。それを防ぐ為に、ここは現場を丸ごと確保・・するべきでしょう。向こうがそれを拒否するなら強引にでも、ね」


「ひゅう! 大胆に出るじゃねぇか。いつも冷静沈着をモットーにしてる奴の台詞とは思えねぇな」


 口笛を吹いて揶揄するユリシーズだが、リキョウは冷静なままで肩を竦める。


「冷静沈着に判断しての結論ですよ。中国のやり口は良く知っていますから、強引に事を運んだ方が上手くいくケースが多いのです。それに血の気の多いあなたにはこちらの方が性に合っているのでは?」


「はっ、違いねぇ!」


 ユリシーズは不敵な笑みを浮かべる。確かに彼にはこういうやり方の方が合っていそうだ。リキョウがビアンカを振り返る。


「そういう訳で今からあの講堂を確保する為に突入します。ここは既に奴等のテリトリーなのであなたを1人にしておく事は出来ません。ご一緒して頂きますが、お覚悟は宜しいですね?」


「ええ、私なら大丈夫よ。いつでも行けるわ」


 既に覚悟なら決まっている。ここまで来たら今更後には引けない。彼女の様子を見てリキョウも頷く。


「大変結構です。それでは行きますよ」



 3人はそれでも極力静かに旧講堂に近付いていく。近付くにつれてビアンカにも違和感を感じ取れるようになってきた。これは今までの悪魔達との戦いでも覚えがある感覚……『結界』だ。


 彼女達は『結界』の中に踏み込んだのだ。そしてその影響は即座に目に見える形で現れる。


「おっと、早速お出迎えのようだぜ」


「……!」


 ユリシーズの言葉と視線にビアンカも釣られて上を見上げて息をのんだ。旧講堂の屋根や柱、装飾部分などに、ビブロスやムルカスといった飛行型の下級悪魔達が停まってこちらを見下ろしていた。それはまさに地獄の悪魔を象った不敬で奇怪な彫像そのものであった。


 その彫像達が一斉に動き出した。耳障りな叫び声を上げて飛び立つと、こちらに向かって降下しながら電撃や空気弾などの遠距離攻撃の雨を降らせてくる。



「おい、リキョウ! 攻撃は任せたぞ!」


 ユリシーズは素早く呪文を唱えて大きな黒い半透明の膜を作り出す。それは3人を丸ごと覆ってしまう面積で、悪魔達の攻撃を軒並み遮断する。膜に当たったり逸れたりした攻撃がそこら中で破壊音を響かせ、ビアンカは身を固くして思わずユリシーズに密着してしまう。


 絶え間ない悪魔達の攻勢にユリシーズは防御膜を解除できない。このままではジリ便だ。……彼1人であったなら。



煉鶯れんおう!」



 リキョウが叫ぶと瞬間的に強烈な光が迸って、彼の肩の上に一体の仙獣が現れていた。それは先日見た白豹の麟諷とは全く異なる、鮮やかなまるで炎のような羽毛を持つ大きな鳥であった。


「行けっ!」


 リキョウが腕を振ると赤い鳥……煉鶯が勢いよく飛び立つ。そしてユリシーズの防御膜を避けて上空へ飛び上がると、周囲を飛び回る悪魔達目掛けて飛翔していく。


 接近してくる煉鶯に気付いた悪魔達が遠距離攻撃を飛ばしてくるが、煉鶯は遮るものの無い大空というフィールドを存分に生かした優雅かつ高速な軌道で、全ての攻撃を軽々と避けてしまう。


 そして悪魔達の集団目掛けて、その大きな翼を広げて力強く何度も羽ばたく。するとその羽ばたきに乗って、地上にいるビアンカ達の元にまで届くような膨大な熱量の熱波・・が発生する。空気が焼け付くような凄まじい熱だ。


 なまじ火球などのような視覚的に解りやすい攻撃ではない上に攻撃範囲自体もかなり広いようで、上空にいた悪魔達が軒並み熱波に晒されて、一瞬で表皮を焦がされ眼や喉などの体内まで焼かれて苦しみ悶えながら墜落していく。


 恐ろしい力だ。こんな物に巻き込まれたらビアンカなど為す術も無く、一瞬でこの悪魔達と同じように焼死するしかないだろう。 



「……前にも一回だけ見たが、相変わらずエゲツない攻撃能力だなその鳥」


 下級悪魔達を殲滅して悠々とリキョウの肩に戻ってきた煉鶯を見て、ユリシーズも心なしか顔を引き攣らせている。


「まあ元々広域殲滅用の仙獣なので。その代わり敵味方入り乱れての集団戦では使いづらいし、使い所は限定されてしまいますがね」


 リキョウが煉鶯を乗せた肩を竦める。

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