Episode5:内政干渉


「外国勢力介入というものの重大性が少しは理解できたか? そして今、アトランタで大規模な介入の疑惑が出てきたのだ。そしてその手引きにカバールの悪魔達が関わっている可能性も皆無ではない。これはこの国の国防上極めて重要な任務であると認識しろ」


 今レイナーが説明してくれたように、外国勢力と自由党は密接に関わっている可能性がある。自由党はカバールの隠れ蓑のようなものなので、今回の件にも悪魔が関わっているかも知れない。そして悪魔が関与しているならビアンカの……『エンジェルハート』の出番という訳だ。



「しかし具体的にはアトランタでどんな介入が疑われてるんだ?」


 ユリシーズが本題・・に話を振る。今までの説明は言ってみれば現状把握というか舞台背景のようなものだ。レイナーがアトランタと明言したからにはそこで何かが進行中という事だろう。


「知っての通りジョージア州は知事も国民党、そして上院下院も全て国民党が過半数を占めている、国民党にとって重要な州だ。だが現在このジョージア州のシンプソン知事に最近になって中国人の補佐官が就任した」


「……!」


「それだけでなく州務長官や州の司法長官、判事や検察官、そして上下院の院内総務まで、各々の事務所スタッフに中国人・・・が採用された事が確認されている。お前達はこれが偶然だと思うか? 勿論これらの要人は全員国民党だ」


 色々な条件が重なり過ぎている。先程の話を聞いた後では、ビアンカにはこれが偶然とは到底思えなかった。



「……ジョージア州っていや昔からいわゆる『スイングステート』で、特にボスが当選した前回の大統領選では重要な役割を果たした州だったよな?」


 ユリシーズの確認にレイナーが頷く。


「その通りだ。そして前回の大統領選でも自由党と結託した中国やイランなどの外国勢力が選挙に介入した疑いがある。勿論その時は事なきを得たお陰でウォーカー大統領が当選したのだが……」


「奴等が次回の大統領選で巻き返しを図ってるとなりゃ、当然今の内から『スイングステート』を調略する為の工作に励んでてもおかしくないって訳だ」


 彼等の中で既成事実が出来上がっていく。アルマンの所でたまに勉強中とはいえまだ政治的な知識に疎いビアンカは、彼等の話を一言も聞き漏らすまいと集中するのみだ。


「選挙時以外には実権のない州務長官にまで手が及んでいるとなると、中国が次回の大統領選でより大規模な介入を企んでいるのはほぼ間違いないだろう。いや、それどころか1年後の中間選挙にすら何らかの介入をしてくる気かも知れん」


 外国の政府がアメリカの選挙(それも大統領選)に介入しようと、大規模な工作を進行させている。ビアンカにはこれが現実の話とは思えなかった。だが彼等はそれが事実という前提で当然のように話を進める。



「仮にもアメリカ国内でこれだけ大掛かりな工作となると、自由党……カバールが手引きしている可能性もある。お前達にはそれも念頭に置いて調査を進めてもらいたい」


「でも、調査って言っても何をすれば?」


 ビアンカが口を開く。話を聞く限りではもうCIAとかFBIとかそういう所が管轄するような内容の気がする。別に捜査や防諜のプロでもなんでもない素人のビアンカが赴いた所で出来る事などあるのだろうか。



「ああ、そういやお前には言ってなかったが、FBIもCIAも基本的にあっち側・・・・・だ。奴等を絶対に信用するな。ボスも俺達も奴等を信用していない」



「え…………」


 FBIもCIAも政府の機関なのに、その政府のトップである大統領が信用していないという事などあり得るのだろうか。


「あり得るんだよ。民主主義国家においてどの政党を支持するかはあくまで個人の自由だ。その『個人』には当然各組織の長官や幹部連中なんかも含まれる。それが民主主義のある意味では怖い所というか脆弱な部分でもあるんだがな」


 つまり長官などが自由党に所属していると組織全体が自由党に染まってしまい、今のように大統領が国民党だと政府機関でありながら大統領とは潜在的に敵対する間柄になってしまうという事か。


 レイナーが頷いた。


「残念ながらそういう事だ。そしてFBIもCIAも使えんとなれば、ある意味で最も確信に迫る調査ができる可能性があるのが……『エンジェルハート』を持つお前なのだ」


「私が……ですか?」


 ビアンカは目を丸くする。今の話の中で彼女が介入できる余地があるようには思えなかった。ユリシーズが呆れたようにかぶりを振った。


「あるだろ。さっきこの件にはカバールが関わっている可能性もあるって言われたばかりだろが?」


「あ……!」


 確かにカバールの悪魔も関わっているなら、そこから辿る事ができるかも知れない。


「今回はカバールはおまけみたいなもんだ。アトランタに着いてからお前に釣られてノコノコ出てきた奴をぶちのめして、中国との関係やその企みなんかを吐かせるんだよ。奴等は同じ悪魔の情報は喋れないように契約で縛られているが、ただ利益で手を組んでるだけの外国人どもは別だ。命惜しさに色々喋ってくれる可能性は充分あるぜ」


「な、なるほど……」


 やはり彼女の持つ『天使の心臓』は色々と型破りな要素であるようだ。悪魔を炙り出して情報を吐かせるなどという荒業は中国側も想定していないだろう。



 だがレイナーがここで何故か少し言いづらそうな様子になる。


「そう……それがお前達に期待している働きだ。だが悪魔を生け捕りにして情報を吐かせるというのは前代未聞だ。どのような状況が想定されるかも解らん。なので今回は大統領より、もう1人助っ人・・・を付けるので協力して事に当たるようにと仰せつかっている」


「助っ人だ? だがアダムの奴は今お休み中だぜ」


「アダムではない。今回の件は中国統一党が絡んでおり、奴等のやり口に精通していて尚且つ悪魔と戦う能力もある。うってつけの人材が1人いるだろう?」


「……っ! まさか……アイツ・・・か?」


 心当たりがあるらしくユリシーズの表情が歪む。彼にしては珍しくどうやらその人物に苦手意識があるようだ。


「……諦めろ。大統領の指示だぞ」


「ちっ……!」


 ユリシーズが舌打ちしてそっぽを向く。ビアンカは彼の反応が気になってどんな人物なのか問おうとしたが、その前にブリーフィングルームの扉が開いた。咄嗟にそちらに振り向いたビアンカはそこに佇んでいる人物の姿を見て目を瞠った。


 何故ならそれは……つい数日前に彼女も会った事がある人物だったから。



「言ったでしょう、フロイライン。近い内にまたお会いすると」


「ミ、ミスター・レン? まさか助っ人ってあなたの事?」


「ええ、その通りですよ。どうぞリキョウとお呼びください。美しいお嬢さん」


 そう言って気障な仕草で一礼するのは……赤い染色が走った長髪を背中まで垂らし、独特の衣装に身を包んだ怜悧な雰囲気の中国人男性、レン麗孝リキョウであった!

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