Episode4:外なる敵
それから更に数日後。ビアンカはRHにおいて再び首席補佐官ビル・レイナーの訪問を受けていた。以前と同じブリーフィングルームでレイナーと対面するビアンカ。ただし前回と違って今回は傍らにユリシーズの姿もあった。
因みにアダムは前回の戦いで右腕が千切れる重傷を負って、現在は
「まずは前回のボルチモアでの任務、ご苦労だった。ビンガム知事だけでなく自由党であるアディソン市長にも
「……! おか……大統領が?」
レイナーの言葉に、ビアンカは数日前に会ったダイアンの様子を思い返していた。とてもではないがそんなプラスの感情を読み取る事は出来なかった。
「ボスは基本的にそういうのを表に出す性格じゃないからな。それに加えて今まで殆ど仕事一筋で、20年近く前に生き別れた実の娘との接し方が解らないんだよ。まあ思う所は色々あるだろうが少し長い目で見てやれ」
「…………」
ユリシーズにそう諭されビアンカは実際に少し複雑な気持ちになった。確かに今まで彼女は自分の事ばかりで、ダイアンの側の気持ちを慮るという事をしてこなかった。彼の言う通り、20年近くの間隙があるのだ。その溝はそう簡単に埋められるものではないだろう。
ビアンカは溜息を吐いて頷いた。
「ええ、そうね、ユリシーズ。私ももうちょっと気長にお母様と接してみるわ。ありがとう」
彼に礼を言ってからレイナーに向き直る。
「話の途中でごめんなさい。続けて下さい」
「……まあいい。アルマンから新しいオモチャを貰って早く試したいだろうお前に朗報だ。次の任務の場所は……アトランタだ」
「……! アトランタ……」
アメリカ南部にあるジョージア州の州都だ。南部で有数の巨大都市であり、主要メディアの一角であるBNN、世界的な飲料メーカーであるルカ・コーラ、大手航空会社のトライアングル航空などアメリカを代表する有名企業の本社が数多く所在しており、都市単位での法人税収額は国内でもトップクラスとなっており、その有り余る金を運用した金融都市としても名高い。
ただし一般人には、過去にオリンピックが開催された場所としての方が知名度が高いかも知れない。
そんなアメリカにおいても重要度の高い街が次の任務の場所なのか。
「今度はジョージア州か。何だ? また知事か市長か議員が悪魔の疑いでもあるのか?」
ユリシーズが揶揄するように問い掛けるが、レイナーはかぶりを振った。
「今回は誰が悪魔なのか、いや、そもそもカバールが関わっているかどうかの確証も得られておらん。だからこそ『エンジェルハート』に行ってもらうのだ。もし今回の件にカバールが関わっているならそれも
「ついで、ですか?」
ビアンカは目を丸くする。カバールの悪魔がついでなどという事があるのだろうか。だとすると事はもっと大きな……
「……『
「……!」
ユリシーズの眉がピクッと吊り上がる。その表情が真剣味を帯びたものになる。
「どこだ? 中国か、ロシアか、それともイランか?」
「……今回は中国だ。
ユリシーズとレイナーの間だけで暗黙の了解で話が進んでいる。話についていけないビアンカは挙手して割り込んだ。
「ちょ、ちょっと待って! どういう事? 何で外国が出てくるの? それが政治介入ですって? 一体何が起きてるの?」
少なくとも彼女はそんな話を聞いた事も無いし、ニュースなどでもそんな話題を見た記憶は無い。
「表向きはな。だが裏ではこの国は絶えず諸外国からの介入によって、政治的経済的な侵略の危機に晒されてるのさ。都市部の人間が好んで見るような大手メディアでは絶対に報じられないがな」
「な、何で報じられないの?」
そんな話がテレビなどでやっていたら、国民はもっと危機意識を持って大騒ぎになっていただろう。その疑問にはレイナーが答える。
「この国の大手メディアの殆どは極端にリベラル寄りの思想を持つ会社が多く、しかもそれらの会社の役員など上層部の多くがそういった外国勢力によって買収やハニートラップによる脅迫などで調略済みだ。また場合によってはそういったメディアの役員に直接外国勢力の息が掛かった者が就任しているケースもある。既に自浄作用は無いに等しいと思っていい」
「……!」
「そしてここ10年ほどは中国が最も危険な敵性国家となっている。かの国は急激な経済成長によってこのアメリカに次ぐ世界第2位の経済力を誇るまでになっており、その豊富な資金力をバックに日本を始めとした周辺国家だけでなく我が国に対しても、土地や企業の買収を含めて様々な侵略工作を仕掛けてきている」
「奴等が厄介なのは一党独裁の共産主義国家という点で、政府が企業や時には個人のバックに付いてそうした買収や侵略工作を全面的にバックアップしてる、というかむしろ国主導でやらせてるというケースが殆どって所だな。巨大国家が国ぐるみで買収仕掛けてきたら、法人単位じゃとてもじゃないが太刀打ちできねぇ。それでいて中国は自国の土地や企業に対しては、外国からのあらゆる買収を禁じてるからな。こっちはやられ放題って訳さ」
ユリシーズも補足しながら顔を顰めている。しかしビアンカには疑問が生じた。
「でもそこまで解ってるなら政府は何か手を打ったりしないの? こっちも外国人の買収を禁止する法律とか作っちゃえばいいんじゃ?」
「無論ボスは大統領に就任してから、いや、上院議員時代からそれに類する法案を作ろうとずっと働きかけてきた。だが未だに実現していない」
「実現していない? 何故?」
少なくとも大統領になれば自分の権限でそういう法案も作れるのではないのだろうか。だが今度はレイナーが溜息を吐いてかぶりを振った。
「……格闘だけでなくもう少し法律の勉強もしろ。アメリカは中国とは違う。奴等のような一党独裁ではない以上、国家元首といえども自分達の好きなように法律を制定したりは出来ん。無論、独裁を禁じるのは民主主義の基本理念なのだが、今の状況ではその理念を
「奴等?」
「今の大統領や国民党にとって最大の障害と言える連中は誰だ? お前は今、
「……! そうか、自由党……」
「そうだ。ウォーカー大統領は国民党だが上院も下院も双方、未だに自由党が過半数の議席を占めている状況だ。これでは大統領の意思を国政に反映させる事は困難で、逆に奴等に都合の良い法案を阻止するので精一杯というのが現状なのだ」
どうやらビアンカが思っていたよりも状況はずっと複雑で、尚且つ困難であるらしい。当然ながらビアンカは今ダイアンが……自分の母親がそんな状況にある事など全く知らなかった。
「そして自由党の党員や支持者には企業家や投資家などの財界人も多い。先日のボルチモアでお前達が倒したウィリアム・バーもその1人だ」
「……!」
「奴等は自由主義、自由貿易の名のもとに、そういった外国の投資家たちとの取引にも積極的だ。自国の土地や企業、技術などがいくら切り売りされようが、目先の個人的な利益の前ではどうでもいいらしい。ウォーカー大統領や国民党はそういった現状に強い危機感を抱いて、自由党とのパワーゲームに勝利してこの国を守ろうとしているのだ。この国を蝕む敵は悪魔だけではないのだ」
「…………」
まだ漠然としたものだが、それでも彼女にも何となくだがこの国を取り巻く現状が見えてきた。能天気な国民達(ビアンカもかつてはその一員だったが)は、自分達の国がこのまま何事も無く繁栄を享受できるものと思っているが、そうではないのだ。
裏でその繁栄や日常を守ってくれている者達がいるからこそなのだ。ビアンカは少しだけだがその事実を実感した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます