Episode14:闇夜の徘徊者
「ちっ……!」
アダムは連続して光線銃を撃ち込むが、アマゼロトは光線銃が当たっても何ら痛痒を感じている様子無く、即座に開いた穴が塞がる。そしてまるで巨大な水しぶきが撥ねるように盛り上がって、アダムに覆い被さろうとする。
「アダムッ!」
ビアンカが悲鳴を上げる。あれに取り込まれたらどうなるのか想像が付かないが、老衰殺人の被害者達を思い返すまでもなく悲惨な結果になるだろうと予想が付く。
「ぬぅっ!」
アダムは後ろに跳び退りながら今度は右腕のブレードで応戦するが、水の塊にいくら刃物で斬り付けても意味が無いのと同じで、アマゼロトはやはり全く痛痒を感じていない様子でアダムの右腕に取り付いた。
「ぐぬ……!!」
アダムは呻いて大きく腕を振って液体を振り払おうとするが、ただの水ではなく意志を持った液体は中々纏わりついて離れない。そうしている内にアマゼロトの
「ぬぅぅぅっ!!」
アダムはやむを得ず
――大量の鮮血が舞った。そしてアマゼロトから大きく距離を取って飛び退ったアダムの身体は……
「ア、アダム……!? う、嘘、そんな……!」
信じがたい光景にビアンカは顔を青ざめさせる。アダムの右腕が……半ばから
アダムは流石に悲鳴や呻き声を上げるようなことはしなかったが、その表情は苦痛を堪えているように歪められていた。当然だ。片腕が千切れて大量の血液が零れ落ちているのだ。
『くはは……自らの腕を犠牲にして私から逃れたか。だがそんな物は一時凌ぎにしかならんぞ? どうやら貴様にとって私は最悪の相性であるようだな』
「……!」
盛り上がった不定形の液体の塊が嗤いに合わせて振動する。確かに奴の言う通りアダムは、アマゼロトに対して有効な攻撃手段を持っていないようだ。アダムの戦闘能力は破壊や殺傷に特化しており、それは意志を持った液体相手には分が悪いものであった。
(……ユリシーズなら。彼がいてくれれば……)
炎や電撃、そして冷気といった魔術を自在に行使するユリシーズなら、アマゼロトとは逆に相性が良さそうに思えた。だがここにいない者を当てにしても、それこそ現実逃避にしかならない。
ビアンカの見ている前でアマゼロトが容赦なくアダムに攻勢を仕掛ける。不定形の身体をくねらせて、まるでバケツの水をぶちまけるような放物線を描いて襲い掛かる。
アダムはそれを跳び退って躱しつつ光線銃による銃撃を加えるが、当然アマゼロトには効かずに虚しく銃痕が消えていく。
アマゼロトがお返しとばかりに自らの身体から細い水流のような物を飛ばして攻撃する。
アダムは回避に専念するが、いくつかは避けきれずに被弾してしまう。その度に彼の身体に傷がついて出血が増えていく。
「あ、ああ……ア、アダム……!! く、そぉ……!!」
一方的に追い詰められて傷つくアダムの姿に呻吟したビアンカは、再びX架の磔を逃れようと必死に足掻く。霊力による攻撃なら多少は効果があるかもしれない。少なくともアダムの援護くらいは出来るはずだ。
だがやはり彼女がどれだけもがいても拘束は一切緩む気配が無かった。ビアンカは歯軋りをして呻いた。目の前でアダムが一方的に追い詰められている姿を見せられながら、何も出来ずに磔にされているだけ。もどかしさの余り気が狂いそうだった。
『ふぁはは! どうした、もう終わりか!?』
ビアンカが無駄に足掻いている間にもアマゼロトの攻勢は続いている。奴は今度は液体の身体を地面に広げて足元から迫ってきた。
本物の水溜まりのように広がりながら四方八方から迫るアマゼロトにアダムは次々と光線銃を撃ち込むが、光線によって蒸発するそばから次々と水が押し寄せ全く足止めにもならない。
「……っ!」
アダムは戦法を切り替え、
『無駄な事を。一時凌ぎにしかならんといい加減に学習しろ』
やや苛立たし気な調子になったアマゼロトが、一旦自分の身体を集めて人のような形に盛り上がる。だがアダムはまさにそれを狙っていたようであった。
「……デストロイ・ランチャー、発射」
『……!』
アダムの右胸から大きな砲塔のような物が出現し、そこから楕円形の光弾が勢いよく射出された。光弾は人型に集まっていたアマゼロトに着弾。凄まじい爆発を引き起こして、その液体の身体を文字通り木端微塵に爆散させた。
衝撃と光量にビアンカは思わず顔を逸らした。アマゼロトの
「…………」
普通であればまず間違いなく
そして……ある意味では彼の予想通りの結果となった。
「……!!」
アダムやビアンカの見ている前で、飛び散っていた水滴が独自に蠢いて一箇所に寄り集まっていく。そして10秒も経たない内に巨大な水溜まりを形成して、そこから再び人型が盛り上がってくる。
『は……は、は……無駄だ無駄だ。貴様にこの私は倒せん。相性という物は残酷だな?』
身体が爆散したというのに全くダメージを受けていない様子のアマゼロト。流石にアダムも低い唸り声を上げる。ビアンカは既に絶望に顔を歪めていた。
もう終わりだ。今の攻撃はアダムの切り札であったはずだ。他にもっと有効な攻撃手段があるなら右腕を失う前に使っている。
アダムにはこの悪魔を倒す手段が無い。それは取りも直さず彼が確実に負けるという事実を物語っていた。
(そんな……駄目よ、そんなの絶対ダメ。お願い……お願いだから……)
特に敬虔なクリスチャンという訳でもない彼女は、自分でも何に祈っているのか解らないまま、とにかく何かに祈り続けた。磔にされている無力な虜囚に過ぎない彼女には、他に出来る事が無かった。
しかし…………そんな敬虔ではないはずの彼女の祈りは
――闇を貫いて
『オガアアァァァァァッ!!?』
その液体の身体を余す事無く電流が走る。今まで全くダメージを受けなかったアマゼロトが初めて苦痛の悲鳴を上げた。
「な……!?」
何が起きたのか解らずビアンカは思わず電光が飛んできた方向に顔を向けた。そして信じられない思いにその目を限界まで見開いた。アダムは既に気付いていたらしく、彼にしては若干苦虫を噛み潰したような表情となっていた。
「……相性とは残酷なものだって? なるほど、そりゃ確かに尤もな話だな。ただし……それはお前自身にも言える事だぜ、ヘドロ野郎」
要塞の建物の屋根に立って中庭いるこちらを睥睨しているのは……撫でつけた黒髪に黒いスーツ。その顔には不敵な笑いを浮かべる白人男性。
「よう、ビアンカ。強くなったって息巻いてた割には、相変わらず安定の囚われお姫様っぷりだな。ま、もうしばらくそうしてろよ。この俺が来たからにはこれ以上ソイツの好きにはさせねぇからよ」
いつもと変わらない、アダムとは正反対の憎まれ口。しかし今のビアンカにはその憎まれ口すら嬉しく感じられてしまった。
「ユ……
それは紛れもなく……この街に赴く前に些細な事で喧嘩別れしてしまった凄腕SP、ユリシーズ・アシュクロフトであった!
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