Episode15:適材適所

「よう、アダム。随分手こずってるみたいじゃねぇか。何なら助けてやってもいいぜ?」


 結構な高さがあるはずの要塞の屋根から軽やかに中庭に降り立ったユリシーズは、揶揄するような視線をアダムに向ける。一瞬額に青筋を立てたアダムだが、すぐに思い直して大きく息を吐いた。


「……それでビアンカが助けられるならお前の力を借りるのも吝かではない。彼女を助けてやってくれ」


「……! ぬ……」


 もう少し渋るかと思っていた所に案外素直に助力を認められて、ユリシーズは出鼻を挫かれたように鼻白む。それと同時にアダムがビアンカに対して抱いている感情が真剣なものだと察せられて複雑な気分となった。



『ぬぅあああぁ……。おのれ……貴様、魔界の魔術を扱うとは、何者だ……?』


「……!」


 だがアマゼロトが苦し気に呻きながらも復活してきた為に、とりあえずそちらの対処を優先する。


「はっ! 俺が何者かなんざ、これから死ぬお前には関係ないだろ?」


『……っ! 抜かせ、小僧がぁっ!!』


 アマゼロトは自分の身体から細い水流をユリシーズに向かっていくつも飛ばす。だがそれは彼が左手に掲げた黒い半透明の『膜』によって全て防がれた。


 しかしそれは牽制だ。その隙にアマゼロトはアダムにやったように水溜まりとなって地面に広がりながら、下からユリシーズに迫る。だが……


「はん! 馬鹿が!」


 ユリシーズは不敵に嗤うと地面に向かって両手を突き出す。


『הְיוׄאוּרָן』


 そして呪文を唱えるとその手から強烈な冷気・・が噴き出した。空気が瞬時に凍てついて霜が発生する程の極低温。フィラデルフィアであのヴァンゲルフを倒したのと同じ魔術だとビアンカにも解った。


 地面を伝った冷気は、瞬く間にアマゼロトの液体の身体を凍らせていく!


『ひっ!? ヒィィィッ!!』


「終わりだ、ヘドロ野郎!」


 為す術も無く全身が凍り付いたアマゼロトに、ユリシーズが飛び掛かって鉄拳を叩きつける。不定形の氷の彫像と化していた悪魔は、その一撃で粉々に砕け散った! 



「けっ……思い知ったか、ションベン悪魔が!」


 口汚い言葉で勝鬨を上げるユリシーズ。アダムが手も足も出なかった液体悪魔を嘘のようにあっさりと倒してしまった。ビアンカが思った通り、ユリシーズのアマゼロトに対する相性は抜群だったようだ。


 だがそのアダムが警告の声を上げた。



「気を付けろ! 奴の一部・・が分離して逃げたぞ!」



「何……!?」


 ユリシーズも慌てて視線を巡らせて魔力を探る。すると確かにアマゼロトの身体の一部が切り離されて、要塞の中に向かって猛スピードで移動していくのが解った。


「野郎、逃げる気か!? そうはさせねぇぜ!」


 ユリシーズが逃げるアマゼロトを追いかけて走る。だがそこで要塞の中から誰か人間・・が出てくるのが見えた。女性だ。


「あれは……アディソン市長!?」


「……っ!」


 アダムの驚いたような声にユリシーズもまた目を瞠る。ビアンカと共に連れ去られていたアディソンは悪魔に操られたままであるらしく、ふらふらと夢遊病者のような足取りで中庭に歩み出てくる。そしてアマゼロトは彼女に向かって這い寄るとその身体に飛びついた。


「……!」


 誰が止める間も無かった。アディソンに取り付いた液体の悪魔は、彼女の身体を自分の身体で万遍なく覆い尽くした。見た目にはアディソンが全身に薄い水の膜を纏っているような状態となった。



『ふ……ふははは! このような状況を想定していた訳ではなかったが、それでも念の為にとこの女を温存しておいた事が役に立ったわ』


 アディソンに取り付いたアマゼロトが哄笑する。ユリシーズの顔が俄然厳しい物に変わった。


 別にアディソンに取り付いたからといって、アマゼロトが何か特別に強くなった訳ではない。それどころか本体の殆どを失うという甚大なダメージを受けた後の状態で、確実に弱体化しているはずだ。にも拘らずユリシーズがこのような表情を浮かべる理由は……



『くくく……私に魔術で攻撃すればこの女もただでは済まんぞ? いや、脆弱な人間の身体だ。他の攻撃でも命取りになるだろうな』



「ちっ……」


 そう、人質・・だ。アマゼロトは薄い膜でアディソンを覆っているだけなので、何か攻撃をすれば確実に彼女も巻き込んでしまうだろう。


 アディソンは女性だ。つまり確実に人間である事が保証されている人物だ。いくら自由党所属とはいえ、自分達に対して害意を持っている訳でもない普通の人間を殺す事はできない。ましてや彼女は操られているだけなのだ。


『くはは、状況が理解できたか? 一瞬焦らされたが、これで形勢逆転だな。楽には殺さん。この私が受けた苦痛の何十倍もの責め苦を与えて殺してやるぞ』


 安全を確保して勝ち誇ったアマゼロトが、アディソンの身体を操作・・して近付いてくる。ユリシーズの額に冷や汗が滲む。こういう手段で人質を取られる事は想定していなかった。流石の彼も今すぐにこの状況を打破できる策が思いつかない。


 だがその時……



「ふ……なるほど。確かに相性は大事だな。いや、この場合は適材適所というべきか」



「……!?」


 アダムだ。彼が口の端を吊り上げながら進み出ると、アマゼロト(とアディソン)に向かって左腕を向けた。


『? 何のつもりだ? 貴様の攻撃は私には効かん。それ以前に今の私に攻撃すればこの女も――』


「――安心しろ。攻撃・・ではない」


 アダムはそう言うと、左腕の光線銃ではなくその先の左手の人差し指を展開させた。その『指』の奥から小さなのような機械が伸びる。



「……マグネットアンカー、射出」



『……!』


 アダムの指先から注射針のような細い針が発射された。その針は勢いよく射出されて、アマゼロトの薄い膜を貫いてアディソンの胴体の辺りに刺さった。


『これは何の――』


「――アトラクト」


 アマゼロトの戸惑いを無視してアダムが呟くと、驚くべき現象が起こった。


『ぬ……ぬ……? こ、これは……?』


 アマゼロトの身体が微細に振動し始める。いや、違う。正確にはその下のアディソンの身体が振動しているのだ。アマゼロトの戸惑いを余所にその振動はどんどん大きくなり……



『お、おぉ……!? ば、馬鹿な……アディソンが……引き寄せられる・・・・・・・!?』



 そう……アダムが掲げている左手に向かって、アディソンの身体だけ・・が猛烈な勢いで引き寄せられているのだ。アマゼロトがそれを阻止しようと抵抗しているせいで振動が発生していたのだ。


 アダムとアマゼロト……両者の綱引き・・・はすぐに結果が出た。アマゼロトが元々の本体を維持していれば結果は解らなかったが、今の奴は身体の一部しか残っていない状態で、更にそれをアディソンを包む為に薄く伸ばしている状態だったのが災いした。


『おおおぉぉぉぉぉっ!!』


 驚愕の叫び。同時にアディソンの身体からアマゼロトの膜が剥がれて・・・・、アディソンだけがアダムの元まで引き寄せられた。操られているアディソンは猛烈に抵抗するが、アダムはそれを強引に抑え込んだ。


「今だ、倒せっ!」


「……! へ……やるじゃねぇか!」


 状況を即座に理解したユリシーズが口の端を吊り上げながら、その場に落ちたアマゼロトの残滓に向かって手を掲げる。


『ひっ!? ま、待て――』


「お前ら、そればっかだな! 待つ訳ねぇだろが!」


 ユリシーズが再び呪文を唱え、その手から強烈な電撃が迸った。その電光は狙い過たずアマゼロトの残滓を直撃した。


『ギョアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!』


 僅かに残った液体の身体に凄まじい電流と電圧を浴びたアマゼロトは、一溜まりも無く蒸発して消え去っていった。


 長年このボルチモアを裏から支配して、若者たちの若さを吸い取りながら生き続けていた『闇夜の徘徊者ナイトクローラー』の最後であった。




「ふぅ……最後にちっと予想外があったが、まあ終わり良ければ総て良しだな」


 アマゼロトの最後を確認してユリシーズが息を吐いた。そしてまた囚われの身になっているビアンカを揶揄しようと振り向くが……


「ビアンカ、無事か!? 今助ける!」


 アダムが一早く彼女の元に駆け付けて、そのX架の拘束を外してしまった。



「あ、ありがとう、アダム。……って、あなた何なのよ、その顔は?」


 アダムに礼を言って拘束されていた手足を擦るビアンカは、ユリシーズが微妙な表情になっているのに目敏く気付いた。


「いんや、別にぃ? ただやっぱ軍人ってヤツは面白味がねぇと思ってな。折角のご褒美タイムだってのにあっさりと解いちまってよ」


「んな!? ご、ご褒美ですって!? あなたねぇっ!!」


 ビアンカは目を吊り上げた。そう言えばフィラデルフィアの時もヴァプラを倒したというのにすぐには助けてくれずに、磔になっている彼女の姿をニヤニヤ眺めていたが、そういう趣味があるのだろうか。


「おいおい、俺に文句言うなよ! 別に俺が磔にした訳じゃない。お前がむざむざ敵に捕まってなけりゃそれで済んだ話だ。そうだろ?」


「……っ!」


 ビアンカが反論できずに唇を噛み締める。それは確かに彼の言う通りだ。彼女が捕まりさえしなければ、アダムだってあんな怪我を負わずに済んだ。結果的にユリシーズが来てくれなければ彼女もアダムも敵にやられていた可能性が高い。少なくともビアンカにはユリシーズがどんな態度を取ってもそれを怒る資格など無い。


「ビアンカ、俺の事なら気にする必要はない。この腕も傷も、時間はかかるが自己修復機能・・・・・・で直る物だ」


「……! いえ、でも……やっぱり今回の事は私の責任よ。ごめんなさい、アダム。そして……ありがとう、ユリシーズ。あなたが来てくれて本当に助かったわ」


 激情を飲み込むように大きく息を吐いてから、素直に謝罪して礼を言うビアンカ。それを受けてユリシーズも少し目を逸らして頬を掻いた。


「ふ、ん。まあ、いいって事よ。お前も今回の件で少しは懲りたと思っていいんだな?」


「ええ……間違いなくね。今後は少し自重するって約束するわ」


 ビアンカが請け負うとユリシーズは一転して人の悪そうな笑みを浮かべた。


「へ……その言葉忘れんなよ? まあ俺としては、お前が毎回捕まってサービスショット拝ませてくれるんでも、別にそれはそれで構わねぇがな」


「な……あ、あなた、やっぱりそういう趣味の変態だったのね! 最低!」


「おい! 人聞きの悪い事言うな! お前こそ見せたがりのマゾじゃないのか!? 敵に捕まるのも実はワザとだったりしないだろうな!?」 


「そ、そんな訳ないでしょ!? この変態サディスト!」



 一々余計な一言を付け加えるユリシーズと、スルーすればいいのに態々それに反応してしまうビアンカ。


 忽ちの内に子供じみた喧嘩をしだす2人の姿を眺めながらアダムは溜息を吐いた。


「……やっぱり2人とも、楽しんでやっていないか?」


「「違うっ!!」」


 示し合わせたように息ピッタリに否定する2人の姿に、アダムは再び溜息を吐くのだった……





 こうして紆余曲折を経ながらも、ボルチモアに巣食うカバールの勢力を駆逐できたビアンカ達。ビンガム州知事は約束通り大統領に対する忠誠・・を確約してくれた。


 そしてこれは当初の予定にはなかった事だが、ボルチモア市長のアディソンも悪魔の洗脳から解放された後にカバールの恐ろしさが身に染みたらしく、自由党でありながら今後は大統領個人に対しては協力を約束してくれた。


 当初の任務にプラスアルファの成果も上げる事が出来たビアンカ達は、最後に少しだけ平和になったボルチモアで観光を楽しんだ後、DCへと帰還するのだった……


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