Episode7:水魔の強襲
アダムは館長のデスクに回り込んで、館長のPCに近付く。そしてカードリーダーを開けた時と同じように人差し指の小さな板状の機械を露出して、PC本体のUSBハブに機械の先端を近づける。すると指先の機械が更に
そして彼はそのまま人差し指の機械をUSBポートに接続する。脳に埋め込まれた
「……!」
アダムは目を見開いた。そして人差し指をUSBポートから抜き去った。部屋の扉に取り付けたアラーム装置が作動したのだ。部屋に誰か近付いてくる。
アダムは急いで隠し部屋のスイッチを押して元に戻すと、自身は部屋の隅で再び遮蔽モードを起動して静止状態になる。これで完全に透明になり、部屋に誰か入ってきてもすぐには気付かれないはずだ。後は隙を見て脱出すればいい。
入り口が開き1人の男性が中に入ってきた。丸眼鏡を掛けた壮年の白人男性だ。机の上に飾られていた写真と同じ顔。この水族館の館長だ。
「…………?」
館長は部屋に入ってきてすぐに
館長は目を細めたまま部屋を注意深く見渡した。そして間違いなくアダムがいる部屋の隅に注意を向けた。
「……そこに、誰かいるのか?」
「……!」
アダムは動揺を押し殺して、ひたすら静止モードに徹する。だが……
「けぇぃっ!!」
「っ!」」
館長が奇声と共に手を横薙ぎに振るうと、その手から
「ち……!」
アダムは咄嗟に遮蔽を解いて横に逸れて躱す。遮蔽は素早い動きをするとどのみち自動で解除されてしまう。突然現れた(ように見える)アダムの姿を見て館長は目を吊り上げた。
「貴様、何者だ……!? いずれにせよここに無断で侵入した以上、生かしては帰さん!」
館長は誰何の叫びを上げると先程の攻撃を再び撃ち込んできた。今度は複数だ。アダムは横っ飛びに転がりながらそれを躱す。するとその攻撃が壁に当たって弾けた。当たった場所には小さな穴が穿たれて周囲には飛び散った
(
どのような手段でか、水滴をまるで弾丸のような速度で射出しているようだ。たかが水滴と侮るなかれ。速度と圧力によっては鉛の弾より遥かに恐ろしい凶器と化す事もある。並みの人間なら身体に風穴が開いて即死だろう。
だがアダムは並みの人間ではない。
「何……!?」
館長が驚愕する。アダムは両腕で顔を庇うようにして、
やはり並の人間なら反応すら出来ずに頭が丸ごと粉砕されるような速度、威力の凶器が唸りを上げて打ち込まれるが、館長もまた人間離れした反応で跳び退ってそれを躱した。
「貴様……透明になっていた事といい、ただの人間ではないな? 大統領側の差し金か!?」
こちらを脅威と見做した館長の身体から魔力が噴き上がる。そして急速にその姿が
衣服と人間の皮膚が破れ、下からまるで魚類のような鱗に覆われたヌメヌメした体表が露出する。肘や膝、背中などに
一瞬の後には、そこに奇怪な姿の魚人間がいた。最早疑いようも無く悪魔であった。だが……
(ギルタブル……
アダムは脳内のデータを素早く照合して眼前の悪魔の種類を特定する。
『殺ス! 我々ノ邪魔ヲスル者ハ、全テ抹殺シテヤル!』
館長――ギルタブルが耳障りな濁声で叫ぶ。ビブロスを始めとした下級悪魔達は完全な使い魔に過ぎないが、中級悪魔になるとある程度の自由意思を持っているのが特徴だ。自分の判断で独自に動き、喋り、ただの使い魔というよりはカバールの構成員達の側近的な位置づけの者が多い。
因みに中級悪魔には他にヴァンゲルフなどもいる。
ギルタブルが両手を挟み込むように振り抜いた。再び複数の水弾が射出される。だが……
「……!!」
その大きさ、速度、威力ともに先程までとは桁違いだ。目測を誤ったアダムは水弾をまともにくらって吹き飛ばされた。あの隠し扉があった壁に激突し、盛大に扉をぶち破って瓦礫と共に隠し部屋に転がり込んだ。
『オ前モコノ部屋デ死ヌガイイ!』
ギルタブルが更なる水弾で追撃してくる。アダムは素早く身を起こして、転がるようにして水弾を躱した。そして転がりながらも左腕をギルタブルの方に向けた。すると左腕が
『……ッ!?』
ギルタブルがその魚じみた目を見開く暇もあればこそ、アダムの左腕の銃から連続して光が迸った。
『ヌガッ! 貴様……!』
悪魔は意外なほど素早い動きで回避するが、完全には回避しきれずに光線が直撃する。だがその瞬間ギルタブルの周囲に薄い
アダムはこのまま畳み掛けるべく銃撃を加えようとするが、ギルタブルもそのままやられてはいない。
『シャアアァァァッ!!』
「……!」
奇声と共に大きく口を開けたギルタブル。その口から大量の水が
水弾でも相当の威力だったのに、それが連続した水流となるとどうなるか。消防用の放水車から放たれる水流より更に高密度の圧縮された水鉄砲は、咄嗟に躱したアダムの後ろにある壁を恐ろしい勢いで削り取っていく。木製ではない、頑丈なコンクリート製の壁が、である。
アダムが躱した後も水流のジェット噴射は継続していて、それどころかギルタブルが身体の向きを変えて水流を当てようと追尾してくる。これをまともに喰らったらアダムの身体は比喩ではなく上半身と下半身が泣き別れになるだろう。
「……!」
アダムは決心すると、その場でまるで床に這いつくばるような形で大胆に身を屈めた。そんな彼のすぐ真上を死の水流が通過する。
ギルタブルが水流の向きを変える前に、アダムは這いつくばっていた姿勢から反動を付けて一気に飛び出して、ギルタブルに向けて突進した。この悪魔は遠距離攻撃の方が得意なようなので、距離がある状態だと厄介だと判断したのだ。
『……ッ!』
案の定ギルタブルは水流を止めて、慌てて後方に跳び退ろうとする。だが逃がしはしない。アダムが今度は右手を掲げると、同じように右腕が縦に割れて展開し、その中から鋭利な
そして背中側の両腰の辺りから小さな筒状の機構が飛び出す。それは簡易的な
『オワッ!?』
ギルタブルが驚愕した時にはもう遅い。奴とすれ違うようにして右腕のブレードを一閃。ギルタブルの身体をその水の膜ごと斬断した。
『アマ……ト様……』
「……!」
逆に自分の方が上半身と下半身が泣き別れになって床に転がるギルタブル。自らの主らしき存在の名を口にしたが、それを聞き取る前に蒸発して空気に溶け込むように消えてしまった。
敵の消滅を見届けたアダムは、武装を収納して一息ついた。予定外の道草を食ってしまったが、ここで得られる情報は既に手に入った。ビアンカも心配しているだろうから早々に戻らねばならない。
水族館の館長が
アダムは再度嘆息すると再び遮蔽モードを起動して、酷い有様となった館長室を後にするのだった。
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