Episode6:潜入調査
「ここだ。死体が発見されたのはこの休憩スペースだ」
アダムが指し示すのは、水族館の奥まった位置にあるこじんまりとした休憩スペース。何台かのテーブルセットと自動販売機が設置されている。死体が発見された場所ではあるが、既に普通に使用できるようにはなっていた。
「既に日にちが経っているし、警察によればここで調べられる手掛かりは全て調べ終えたという事で封鎖が解かれているのだろう」
尤も仮に封鎖が解かれていても、直近で異常な死体が見つかった場所で休憩したいなどという人間はそうはいないだろう。この周囲だけ不自然に人気がなかった。
「警察によれば、ね。でもボルチモア市警は悪魔の存在を認識していないのよね?」
「ああ。なのでこちらの調査に支障はないだろう」
現場に残された痕跡、容疑者の絞り込み。犯人が悪魔という前提があるのとないのとでは、それらの調査の仕方が根底から異なってくるという訳だ。
とはいえビアンカは普通の人間であり、悪魔の魔力を感知したりする能力は無い。ユリシーズならそういう能力もあったかも知れないが。彼女は傍らのアダムを仰ぎ見た。
「あなたはどう? 何か解る?」
「安心しろ。俺にはそういった目に見えない魔力や霊力などを感知する
そう言うとアダムの左目が、人間の目から何か機械のレンズのような物に
アダムの『目』から赤い光が瞬いた。彼はそのまま数秒の間、事件現場となったスペースを注視していたが、やがて得心したように頷いた。
「ふむ……魔力の痕跡はあるが、どこかに続いているな。どうもここには死体を遺棄しただけで、実際の
「……!」
たった数秒見ただけでそんなことまで解るのか。ビアンカは改めてアダムの持つテクノロジーに驚嘆の念を抱いた。
「どうする? 痕跡を辿ってみるか?」
「え、ええ、お願い」
アダムはスキャンを継続しながら魔力の痕跡を辿っていく。ビアンカはその後を付いて行くだけだ。やがて2人は一般の来館者が通常立ち寄らないスペース……従業員用のスペースに差し掛かった。魔力の痕跡はこの先に続いているらしい。しかし……
「ここから先は流石に見咎められる可能性があるな。
「え……?」
ビアンカが呆気に取られている間にアダムは、彼の言う所の『遮蔽モード』をオンにした。すると彼の巨体が徐々に周囲の背景と同化して、やがて完全に透明になってしまった!
「ア、アダム……そこにいるの?」
彼の姿が完全に見えなくなってしまい、自信がなくなったビアンカが呼び掛ける。
「ああ。遮蔽モード中は静止している間はほぼ完全にステルスが可能だ。動いている間は流石に違和感が出るがな」
「……!!」
姿の視えないアダムが急に声を発したのでビアンカは反射的にビクッと震えた。だが彼が腕を振って僅かに身体を動かすと、確かに透明な輪郭がやや揺らいでそこに何かがいると解った。
スキャン機能や遮蔽機能。戦闘能力だけでない多彩な機能を見せられ、ビアンカは先程から驚きっぱなしであった。
「ユリシーズの『結界』と違って他者にまで効果を及ぼす利便性はない。なので君はここで待っていてくれ」
「わ、解ったわ。気を付けて」
ビアンカには見送る事しかできない。頷いた(らしい)アダムは透明な輪郭を揺らめかせながら、水族館の従業員用のスペースに侵入していった。
「…………」
アダムは遮蔽モードで透明になった状態で、音を立てずに慎重に廊下を進んでいく。周囲への索敵と警戒を
勿論最初はその可憐な外見に目を惹かれたのは事実だ。しかし実際に接してみて、ただ可憐なだけではなく苛烈な激情も併せ持っている事を知った。そしてカバールの恐ろしさを知りながら友を殺された怒りから、むしろ自分の方から奴等に戦いを挑もうと一歩も引かずに大統領と渡り合う度胸と気概に心を打たれた。
軍や大統領の命令だから、任務だから、ではない。いつしか彼自身の意思でビアンカを守りたいと思うようになっていた。
先程の水族館
そして何より……彼が軍の耐久試験の話をした時に、彼女は
アダムは実際にはビアンカが何に対して怒っているのかちゃんと理解していた。ただ軍人としての立場上、それを表に出す事が出来ないので解っていない振りをしただけだ。
(不思議な女性だ。このような感覚は
彼女を護ってその力になれる事に喜びを感じていた。彼は自分がそんな感情を抱くようになった事が不思議であった。ビアンカには彼にそう思わせてしまうような不思議な魅力というか、カリスマ性のような物がある。アダムはそれを確信していた。
尤もそれはまだ彼女の実の両親には遠く及ばず、発芽したばかりの特性ではあるようだったが。
アダムの外部警戒機構はオートで発動しているので、彼がそんなとりとめのない思考をしている間にも、水族館の従業員が通りかかると自動的にその歩みを止めて完全な透明になる事でやり過ごしていた。
そうして魔力の痕跡を辿っていたアダムは最終的にとある場所に到達していた。
(ここは……
そこはこの水族館の館長の執務室であり、様々な業者や
外から熱源探知で部屋の内部をスキャンするが、現在室内には誰も居ないようであった。
「…………」
アダムはしばし逡巡したが、ここまで来て手ぶらで帰る訳にも行かない。部屋はカード式のオートロックになっていた。何かの軍事施設や研究施設ではあるまいし、水族館の館長室にこのようなセキュリティが必要だろうか。不審を感じたアダムはこの部屋に侵入して調査する事に決めた。
彼は右手の人差し指をカードリーダーに近付ける。すると人差し指が
その機械をカードリーダーに近付ける事、数秒。カードリーダーが認証する磁気を
素早く部屋に侵入して扉を元通りに閉める。念の為扉の外側に、やはり別の指先から出した簡易的なアラーム装置を取り付けておく。廊下の先に動く人間の姿を認識するとアダムに
「…………」
館長室は応接セットとそこそこ高価な調度品、水族館に関連した写真が壁に飾られ、奥には館長の物と思われるデスクがある。至って普通の執務室兼応接間という間取りだ。
だが部屋の中をスキャンしたアダムは、魔力の痕跡が壁に掛けられた額入りの大きなパノラマ写真を
パノラマ写真の額をズラすと、その裏に隠れていた
予想通りその壁がスライドして奥の
「……!」
アダムは顔を顰めた。そこは一面が無機質な壁に覆われた殺風景な部屋で、調度品と呼べる物は中央に置かれたまるで電気椅子のような形状の大きな椅子だけだ。そしてこの部屋には濃密な魔力の残滓が凝り固まっていた。
間違いなく殺人はこの部屋で行われたのだ。どうやらこの水族館の館長もカバールとグルらしい。あるいは館長自身もカバールの構成員なのか。
アダムは館長室に戻ると、素早く部屋中の調度品や書類などをスキャンした。犯人は館長自身かあるいは当初の容疑者の誰かか。ここには必ず有力な手掛かりが残されているはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます