Episode5:水族館デート?
「でも直接調べるって言っても何をすればいいのかしら?」
ビアンカは刑事という訳ではない。捜査のノウハウなど持っていないし、正直どこから手を付けていいのか皆目見当が付かない。聞き込みをしようにも、警察でもない彼女があれこれ聞いて回ってもただの不審者だ。
アダムは肩を竦めた。
「そう難しく考える必要はない。ここは既に奴等のテリトリーだ。別に警察のような捜査をする必要もない。とりあえず判明している殺害現場に行ってみるか?」
「ええ、そうね。出来る事からやっていきましょうか」
という訳で彼女達は現在、殺害現場の1つであるナショナル水族館にやって来ていた。
産業の衰退などによって一時は凋落しかけたボルチモアだが、時の市長が大改革に乗り出し、特にインハーバーを中心に海運業や造船業などに力を入れて関連した様々な企業を誘致して税収を増やし、再び街を発展させる事に成功した。
尤も発展したのはボルチモア港を中心とした海沿いの地域だけであり、肝心の都市部では空洞化が進み治安の悪化が止まらないなどの問題も未だに抱えてはいるようであったが。
ナショナル水族館はそんな発展したインハーバーを象徴しているような施設であり、全米から観光客が訪れるこの街の目玉施設と言っても過言ではない。海洋貿易とそれに携わる企業群からの法人税を除けば、その観光収入によって街の財政に最も寄与している施設とも言えた。
だが普段は盛況な水族館も現在は閑散としており、来館者もまばらにしかいなかった。それも当然の話だ。この水族館の中で人の死体が……それも最近になってこの街で多発している謎の老衰死亡事件の被害者が発見されたとなれば、皆気味悪がって近寄らなくなるだろう。水族館としては大打撃だ。
「ナショナル水族館か。フィラデルフィアに住んでたのに、ここには一度も来た事なかったのよね。いつか行ってみたいとは思ってたんだけど、まさかこういう形で訪れる事になるなんてね」
お金を払って施設に入場したビアンカは、今の自分の境遇を思って苦笑した。こんな立場、こんな未来を予想出来るはずもない。
「折角金を払って入ったんだ。どうせなら少し見て回っていくか? 調査は一分一秒を争う類いの物でもなし。最終的には
アダムが意外にもそんな提案をしてくる。確かに普段は人でごった返しているだろう施設も今は閑散としていて、観覧に回るにはもってこいではあるが。ビアンカは少し驚いた目で彼を見る。
「あら、意外ね? てっきり『遊んでる時間など無い』『任務が最優先だ』とか言いそうな感じなのに」
ビアンカはわざとステレオタイプの寡黙な軍人の真似をして揶揄する。アダムがちょっと顔を顰めた。
「君は俺の事を何だと思ってるんだ? まあ世間一般の軍人のイメージはそんな感じなのかも知れんが」
彼はそう嘆息すると、僅かに言いづらそうに顔を逸らした。
「ただ……君は
「アダム……」
彼がそういう考え方をしてくれていたというのもこれまた意外だった。ビアンカは思わず目を瞠った。アダムが不器用に頬を掻いた。
「尤も俺は見ての通り余り気が利かん性質なので、同伴者としてはあのユリシーズと比べたら少々物足りんかも知れんが」
「そんな事ないわよ。それにユリシーズが何ですって? あんながさつで無礼で失礼な男といたって全然楽しくなんかないわ」
「そうなのか? 君達は楽しんであのやり取りをしているものと思っていたが」
真顔でそう言われて思わずつんのめりそうになった。彼もどこか感性がズレているのかも知れない。
「そんな訳ないでしょ! 彼が失礼な事ばかり言うから思わず反論しちゃうだけよ!」
「そ、そうなのか。それは済まなかった」
ビアンカが突っ込むとアダムは面目なさそうに再び頬を掻いた。2メートル近い巨体で筋骨隆々の彼がそうして困ったように縮こまっている様が妙にユーモラスで、ビアンカは小さく微笑んだ。
「ふふ、でもそれならお言葉に甘えて、少し水族館
「……っ!」
ビアンカがそう言ってアダムの太い腕に自分の腕を絡ませると、彼の巨体が僅かに硬直して緊張するのが解った。どうやら超人的な強さのサイボーグ兵士は、意外と(むしろイメージ通り?)女性に対して初心であるらしかった。
「ふふ、ほら、行きましょ! 私、一度サメをじっくり見てみたかったのよね!」
ユリシーズとは全く違った彼の反応に気を良くしたビアンカは、上機嫌でむしろ彼を引っ張ってリードしながら『水族館デート』に出発するのだった。
*****
「ふぅ……意外としっかり見て回っちゃったわね」
その後結局2時間近くかけて水族館を見て回り、すっかり『水族館デート』を楽しんでしまったビアンカは、施設内にあるフードコートでケチャップとマスタードをたっぷりと乗せたフランクフルトを齧りながら、座ったまま伸びをした。対面に座るアダムはフードコートの簡易的な席が如何にも窮屈そうで、それが妙に可笑しくて笑いを誘った。
彼も大きなフライドチキンを齧りながら炭酸飲料を飲んでいた。それを見てビアンカはふと疑問が浮かんだ。
「そう言えばあなたが食事してる姿を初めて見るけど、飲食なんかは普通にできるのね?」
アダムは見かけは筋骨隆々の黒人男性だが、その中身はサイボーグである。実際にビアンカも彼の腕が割れて中から光線銃が出現するのを見ているので、そんな彼が生身の人間のように飲食しているのが不思議であったのだ。
悪意のない純粋な疑問に対してアダムは苦笑した。
「確かに俺はサイボーグと言っていいが、映画に出てくるような骨組みまで全身機械のロボットという訳ではない。基本的には人間と同じ方法での栄養補給が可能だ。排泄なども同様だ」
「へえ、そうなのね。どういう仕組みになってるのかしら?」
彼は以前に自分の事を軍事機密の塊だと言っていた。それはつまり彼の内部にある機械があの腕の光線銃だけではない事を示している。なのに普通の人間のように食事や排泄ができるというのは何とも不思議な話であった。
「仕組みに関しては機密もあるので詳細は話せん。だがその両方とも意図的に
「……!」
ビアンカは息を呑んだ。何か不穏な単語を聞いた気がした。
「え……ま、待って? 耐久試験? 機能の低下、ですって?」
「戦闘能力に対する
「――ち、違うでしょ! そうじゃないでしょ!? な、何なのよ、それ? 耐久性? 性能テストですって? そんな……まるで武器か兵器の実験みたいに……。あなたはそんな扱いに疑問を感じないの!?」
ビアンカが義憤から眦を吊り上げるが、アダムには彼女が何故怒っているのかよく解らないようだ。
「実際に局地型の兵器のような物だからな。何も問題はないだろう?」
「……っ」
ビアンカは絶句してしまう。根っからの軍人気質なのか、自分が兵器であるという自覚をもって割り切っているのか判然としなかったが、どちらにせよビアンカにとっては異常な価値観ではあった。
ここで彼に同情したり、義憤で軍を非難する事は簡単だ。しかしそれはその場だけの薄っぺらい一時の感情による物であり、到底彼の価値観を変えられるような根本的な解決にはならないだろう。余計に困らせてしまうだけだ。
(……だったらせめて私といる時だけでも、
カバールとの戦いがどれくらい続くものなのかは彼女にも解らなかったが、今日明日に終わるものでもないだろう。アダムは自分の
だったらその間だけでも彼にまともな生活を送ってもらおうと心に決めた。
(……尤も悪魔に狙われる私の警護が、他の任務と比べて過酷じゃないのかは心許ないけど)
ふとそんな風にも自嘲してしまうビアンカであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます