Episode27:エンジェルハート

「まあいいわ。そういう事なら早速本題に入りましょうか。ユリシーズからカバールの事は聞いているわね?」


「ええ、いわゆるディープステートという奴等ですね?」


「まあ必ずしもそれだけじゃないけど、連中ディープステートがメインである事は確かね。カバールと自由党との関係については?」


 矢継ぎ早に質問というか確認が飛んでくる。ビアンカはこれ以上ダイアンに対して弱みを見せたくないので、平静を装って何でも無い事のように頷いた。


「ええ、ある程度なら。実際にフィラデルフィアで私を襲ったハンター市長はカバールの一員でしたが、彼は自由党の所属でもありますよね? その事実からおおよその推測は出来ます。でも実際には自由党はどれくらい奴等に毒されているんですか?」


 ビジネスライクでやっていくと決めたのだ。こちらからも気になっている事を確認していく。


「実際に奴等・・に会ったなら解ると思うけど、奴等は極めて巧妙に自分の正体を隠しているわ。だから正確な所は私にも断言は出来ないけど……連邦議会の特に上院議員達はかなりの割合で奴等と契約したクズ共が紛れているでしょうね。そして各州の州知事や市長、裁判官なども自由党所属の者はほぼクロ・・と見ていいでしょうね」


「……!」


 想像以上に事態は深刻なようだ。


「奴等は基本的に利己主義で富や快楽をなるべく自らが独占したがる傾向があるから、仲間・・同志・・を増やす事にそれほど積極的でないのは不幸中の幸いという所だけど」


「でもあいつらは麾下の下級悪魔を人間と入れ替わらせる事ができるようでした。国民党の人達は大丈夫なんですか?」


 ビアンカはフィラデルフィアで襲われたパーセルや他の警官達を思い出した。自由党にとってダイアンやその麾下の閣僚達、国民党の議員達などは邪魔な存在であり、ああいう風に殺して手下の悪魔と入れ替えてしまった方が都合が良いはずだ。


「ああ、その懸念は尤もね。でもその点に関しては大丈夫なのよ」


「大丈夫、ですか?」


 ビアンカが問い返すとダイアンは何故かやや歯切れの悪そうな調子となる。


「アルマンが作ってくれる護符・・があるからね。私は勿論、このホワイトハウスのスタッフやシークレットサービス、閣僚や国民党の議員達には大体行き渡っているから乗っ取られたりする心配はとりあえず無いと思っていいわ」


「アルマン?」


 初めて聞く名前だ。護符とは一種の魔除けのようなものだろうか。ダイアンの口ぶりからして実際に効果があるようだが、あのカバールの悪魔達の侵害を防げるのなら、その力は本物という事か。一体何者だろうか。



「……LC(アメリカ議会図書館)の現館長ライブラリアンだ。大統領がローマ教皇庁・・・・・・から呼び寄せた司教で、一級の退魔師・・・でもある」



「え、た、退魔師!? ローマ教皇庁の!?」


 何故か歯切れが悪いダイアンに変わって後ろに控えるユリシーズが説明してくれる。だがその回答自体、彼女の想定の埒外であった。まさかここでローマ教皇庁だの退魔師だのという言葉を聞くとは思わなかった。


 だが考えてみれば敵は悪魔・・なので、ある意味では最も相応しいとも言えるのか。しかし一体どういう繋がりでローマ教皇庁から退魔師などを呼ぶ事が出来たのだろうか。


「……お前の親父・・だ」


「え……?」


 一瞬何を言われたのか解らないという風にユリシーズを振り返った。ダイアンは相変わらず苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「勘違いするなよ。アルマンがお前の親父だと言ってる訳じゃない。あいつは……お前の親父の弟子・・みたいな物なんだ。その繋がりでアルマンをこの国に呼び寄せてライブラリアンに据える事が出来たのさ。そしてあいつの法力によってカバール共の調略・・を防げているのは紛れもない事実だ」


「で、弟子!? 教皇庁の司教が? という事は私の父親って……」


 ローマ教皇庁の人間という事だろうか。当たり前だが教皇庁の組織に詳しくないので、どういう立場の人間だったのかは分からないだろうが……




「ああ、そうだな。現ローマ教皇・・・・・マクシミリアン4世だ」




 ……現実は想像の遥か上を行っていた。


「は…………?」


 ビアンカは今度こそ自分の聞き間違いだろうと、唖然としてユリシーズを見やった。ついでに横のアダムの顔も見た。彼等は2人とも真剣な表情のままで、冗談を言っている雰囲気ではなかった。


「え、えーと……。え? 私の聞き間違いよね? 何だかローマ教皇って聞こえた気がするけど……」


 それでもユリシーズがまた自分をからかっているのだろうと確認するが、今度はアダムがかぶりを振った。


「……聞き間違いではない。あなたの実父は現ローマ教皇マクシミリアン4世その人だ」


「…………」


 それでもビアンカは信じられずに、ダイアンの方に向き直る。彼女の実母の方に。するとダイアンは更に盛大に顔をしかめながらも否定しなかった。


「は……はあぁぁぁぁぁっ!?」


 思わず素っ頓狂な大声を上げて、限界まで目を見開く。ある意味で大統領が実母だと言われた時以上の驚愕だったかも知れない。 



(え……な、何? 実の母親がアメリカ大統領で……? 実の父親が、ロ、ローマ教皇!? そんな、う、嘘でしょ……?)



 それこそ一体何の冗談かと思う。映画やドラマだってこんな設定のキャラクターなど出てこない。すぐに信じろという方が不可能だった。だが……


「……若気の至りというやつね。当時はお互いこんな立場になるとは思っていなかったのだけど」


 顔をしかめたまま溜息を吐くダイアンの姿に、それが事実なのだと認めざるを得なかった。


「い、一体どんな経緯で……」


 アメリカ大統領とローマ教皇(当時は違うが)が出会って、子供まで作る事になったのだろうか。



「彼は当時はダンテという名の司祭で、腕利きの退魔師だったのよ。悪魔祓いのスペシャリストとして世界中を回っていたの。そしてアメリカでの仕事中・・・に、当時まだ下院議員になりたてだった私と出会ったのよ。そこで悪魔の存在を初めて知ったのだけど、あの時はまだお互いに若かったから、ね……」


 アメリカの女性議員と世界中を巡る退魔師が付き合って上手く行く訳がない。男女関係にはなったが、結局価値観が合わずに破局したという所だろう。そして2人が付き合っていた時にビアンカが出来たという事か。


 マクシミリアン4世はまだ若い教皇で、確か今年で50前後だったはず。ダイアンとは年代的にも合致する。合致はするが……いくら何でもこれはない。それが素直な感想であった。



「彼はその当時から超一流の退魔師として名を馳せていてね。その理由が、彼が内包する膨大な霊力にあったの。彼は500年に1人と言われる……『神の心臓ゴッドハート』の持ち主だったのよ」



「神の心臓?」


 その単語を聞いて何となくビアンカは意識を引かれた。そう言えば悪魔達は彼女の事を『天使の心臓エンジェルハート』と呼んでいたが……


 ダイアンが頷いた。


「そう。彼の『神の心臓』は、無限の霊力を彼に提供する霊力発生装置のような物だった。そしてどうやらあなたにも、彼の『神の心臓』の特性の一部・・が受け継がれていたようなの」


「……! じゃあ私にも霊力が?」


 それなら彼女も退魔師のように霊力とやらを用いて悪魔と戦う事が出来るのではないか。そう思ったのだがダイアンはかぶりを振った。


「一部と言ったでしょう? ダンテによるとあなたの『天使の心臓』は、霊力の貯蔵庫・・・としては『神の心臓』と同じくらい優れているらしいけど、肝心のその霊力を出力・・する機能が無いらしいのよ」


「しゅ、出力できない? それじゃあ……」


「そう。現状では宝の持ち腐れ・・・・・・という事ね。どれだけ膨大な霊力を持っていてもそれを自分の意思では使えないのだから。でもあなたの『天使の心臓』に溜め込まれた霊力は、悪魔達にとっては最上級のご馳走・・・であるらしいわね」


「そ、そんな……」


 ビアンカは苦悩に呻吟する。自分の役には立たないのに、命を狙われる要因にはなり続ける。現状『天使の心臓』は彼女にとってデメリットしかないという事になる。


 ただ悪魔達に命を狙われるばかりで、奴等と戦う術はないのか。戦いはユリシーズ達に任せて自分は隠れて守られているしかないのか。自分でエイミーの仇を討つ為に戦う事も出来ないのか。


 彼女は無意識の内に唇を噛み締め、拳を強く握っていた。

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