Episode25:アダム・グラント


「……終わったな」


 敵の殲滅と増援がない事を確認した黒人男性が、腕から生えた銃口を収納・・する。すると開いていた腕が閉じて元通りにピッタリと接合した。あんな風に開いていたのが嘘のように何の痕跡も残っていなかった。


 彼がビアンカの方に向き直ると、彼女は何とはなしにビクッとした。どうも味方ではあるらしいが、それでも全く初対面で威圧感のある風貌の男性で、尚且つあんな人間離れした戦闘能力と腕から銃を生やす光景を見せられては無理からぬ反応であった。


「おい、それ以上近付くんじゃない。お前一体何者だ? まず身分と名前を明かせ」


 ユリシーズも自然とビアンカを後ろに庇うような位置取りで、警戒した目線と声を投げかける。男性もそれは解っているのか特に気を悪くした様子も無く頷いた。



「そう警戒するな。俺は敵ではない。国防総省、陸軍所属のアダム・グラント中尉だ。このたび国防総省の意向によって、そちらのファーストレディーの警護・・に当たる事となった」



 黒人男性――アダムが、相変わらずビアンカに視線を固定したまま名乗った。それを聞いたユリシーズが眉を吊り上げる。


「何……国防総省ペンタゴンの意向だと!? ふざけるな! 彼女の警護は俺が大統領から直接請け負った任務だぞ!? 軍人の出る幕じゃない。すっこんでろ!」


「その大統領と国防長官の間で決まった事だ。不平があるなら大統領に直接言うんだな」


「……っ! ああ……そうさせてもらうぜ」


 ユリシーズが目を眇めて僅かに声を震わせる。納得できない怒りのような物が感じられた。自分が信用されていないと思ったのだろうか。


 それを見てアダムが微妙に口の端を吊り上げた。それは軍人らしい抑制された印象の彼が初めて見せた、ある意味では人間らしい感情の表れであった。


「ふ……大方、お前だけでは頼りないと思われたのだろうな。先の様子を見る限り、大統領の懸念は当たっていたようだ」


「……何だと、てめぇ」


 アダムの挑発にユリシーズの雰囲気が剣呑な物に変わる。超人的な戦闘能力を持つ2人の男が、一触即発の状態で睨み合う。慌てたのはビアンカだ。



「ちょ、ちょっと、2人とも止めてよ、こんな所で! 落ち着いてよ、ユリシーズ!」


「……!!」


 彼女が間に割り込んだ事で、ユリシーズが正気に戻ったように目を瞬かせた。そして彼女はアダムの方に向き直った。


「ミスター・グラント。助けてくれた事には感謝してるけど、ユリシーズに対する侮辱は許さないわ。彼はフィラデルフィアで何度も私を助けてくれた。あのカバールの巣窟の中で、たった1人で私を守り抜いてくれたのよ。私は彼を信頼しているわ。もし彼が不当な評価を受けるような事があれば、私はお母様・・・を一生許さないわ」


「ビ、ビアンカ……」


 彼女の後ろでユリシーズが再び僅かに声を震わせる。ただし今度は怒りによる物では無さそうだ。しかしビアンカはアダムから視線を外さず、高い位置にある彼の顔を睨むように見上げていた。 



 アダムは彼女の強い視線を受けて少し驚いたように目を瞬かせた。ビアンカはこうやって間近で向き合う事で初めて、アダムが最初の印象よりも意外と若い事に気付いた。黒人は外見による年齢が少し分かりにくいが、少なくとも30は越えてないように見える。


「む……確かに、その通りだな。……言葉が過ぎた事は謝罪しよう。誰でも1人で出来る事には限界がある」


 そしてこれまた意外と素直に謝罪してきた。ユリシーズが毒気を抜かれたように唖然とする。ビアンカはその脇腹を肘で小突いた。


「ほら、あなたも……!」


「あ、ああ、解ってるよ! 小突くな! ……あー、俺の方も済まなかったな。少なくともさっきはアンタが来てくれた事で助かったのは事実だ」


 少し決まり悪そうに頬を掻きながら認めるユリシーズ。ビアンカはにっこりと笑って2人の手を取ると強引に近づけさせた。



「ほら、2人とも。こういう場合にやる事は決まってるわよね?」



「ぬ……」


「おい、別にそんな事しなくても……」


 2人とも消極的な様子で渋るが、ビアンカが再度にっこりと微笑むと、超人的な強さを誇るはずの2人の男が何故か謎の圧力を感じたように僅かに怯んだ。


 そしてその圧力に押されたように、非常に渋々とではあるがユリシーズとアダムは……握手を交わした。



「よし、これで一件落着ね」


 ビアンカが満足げに頷く。その様子にアダムが不思議そうに彼女を見やる。


「……あなたは俺が恐ろしくないのか? 先程自分の力の一端・・を見せた。俺が普通の人間でない事は既に解っているはずだが」


 問われたビアンカは肩を竦めた。


「そりゃ最初だけは流石にちょっと吃驚したけど、よく考えたら既に悪魔とか沢山見ちゃってるし、人間離れしてるって意味ならユリシーズだってそうだし、今更な話じゃない?」


「……! む……そうか。そういう考え方もできるのか」


 アダムは意表を突かれたように少し目を見開いた。



「そうよ。でもそれとは別に、確かにあなたが一体何者なのかは正直気になるわね。腕から光線銃が出てきたり……。あれかしら、サイボーグってやつ?」


「まあ……そんなような物だな。俺の身体は軍事機密の塊のような物なので詳細を明かす事は出来んが、大統領や国防長官が許可したなら明かせる日も来るだろう」


「そう……。じゃあその時を楽しみにしているわ」


 ビアンカがそう言って笑うと、アダムは夜にも関わらず少し眩し気な表情で彼女の顔を見た。


「あなたは不思議な人だな、ファーストレディ。確かにあの大統領の血を継いでいるのかも知れん」



「会った事も無い母親なんて知らないわ。だからそのファーストレディって呼び方もやめてよね。ビアンカで良いわ」



 自分が大統領の娘などと言われても未だに実感がないのだ。ファーストレディなどと呼ばれても違和感しか感じないし、むず痒くなるだけだ。自分はそんな呼び方をされるような御大層な人間ではない。


「ふむ、確かに実感はないだろうな。……了解した、ビアンカ・・・・。では俺の事もアダムと呼んでくれて構わない」


「解ったわ。ありがとう、アダム。これから宜しくね? ……と言ってもこれからどうなるのか全然分からないけど」


 ビアンカは苦笑しながら自身もアダムと握手を交わした。



「おい、何だ。俺の時とはえらく態度が違うじゃないか。そんなしおらしくなかっただろ」


 その時、横から面白くなさそうな口調でユリシーズが口を挟んでくる。フィラデルフィアで彼と会ったばかりの時の事を言っているのか、それともストーカーだと思っていた頃の対応の話をしているのか。いずれにせよ大差はない。


「それは仕方ないでしょ。状況も状況だったし、あなたはアダムと違って失礼な事ばっかり言うし。アダムを見習ってもうちょっと紳士的になったらどうなの?」


「んだと!? 失礼な事ばかり言うのはお前の方だろが! お前こそもうちょっとお淑やかなら俺だってなぁ……!」


「はぁ!? 何ですって……!?」


 お互い売り言葉に買い言葉でヒートアップしていく。このままだとまたフィラデルフィアにいた時のように不毛な言い合いになりかねなかったが、今は第三者がいる。



「おほん! そこまでにしておけ。ここはまだ安全ではない。自己紹介は必要だったが、これ以上長居は出来ん。ビアンカをホワイトハウスに無事連れて行く事は最優先任務だ。今はそれを優先すべきだな」


「ぬ……!」


 アダムに仲裁されてユリシーズがバツが悪そうに押し黙った。ビアンカも同様に黙ったが、内心では素直になれずについ憎まれ口を叩いてしまう自分に嘆息していた。


「さあ、向こうに俺が乗ってきた車がある。軍用のハンヴィーだから乗り心地は保証できんが、頑丈さなら天下一品だ。後はあれで一気にDCまで突っ切るぞ」


「え、ええ、お願い、アダム」


 アダムに促されて、離れた場所に停車してあったモスグリーンのゴツい車両に3人で乗り込む。確かに見るからに頑丈そうだ。軍用というのも頷ける。これなら少々悪魔の攻撃を受けても持ち堪えられそうだ。



「よし、乗ったな? では行くぞ!」


 運転席に座ってエンジンをかけたアダムが、2人が乗車した事を確認してから一気にアクセルを踏み込んだ。ハンヴィーはタイヤから摩擦熱を上げながら猛スピードで走り出し、一路ワシントンDCを目指して南下していった……

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