Episode24:謎の助っ人

 首都ワシントンDCに続く街道。なるべく巻き添え・・・・を避けるべく人気のないルートを迂回して、それでもメリーランド州に入りウェストミンスターを抜けて後もう少しでDCに着くというタイミングで、2人の乗る車は再びカバールの追っ手による襲撃を受けてしまっていた。


「ちょっと! 左からまた来るわよ! 何とかしてっ!」


「言われんでも解ってる! くそ、しつこい奴等だ!」


 2人が乗る車は、やはり大勢の飛行型の悪魔達に包囲され追走されていた。前回と同じくビブロスやムルカスの他、巨大なトンボのような姿の悪魔や、ミツバチと人間が掛け合わさったような姿の悪魔も混じっている。


 数も前回より更に多く、斃した傍から次々と補充・・されて目に見えて減っている気がしない。今度は前回の反省を経て最初からビアンカが運転して、ユリシーズは迎撃に専念しているというのにだ。


 そして、そうこうしている内に大量の悪魔の攻撃に耐え切れなくなった車が、再び限界を迎えた。


「ちぃ! 脱出するぞ!」


「あ……!!」


 ユリシーズは咄嗟にビアンカを引っ張って抱きかかえると、躊躇う事無く疾走する車上から飛び出した。その直後に悪魔たちの攻撃で車が派手に爆発炎上した。間一髪であった。



「ち……こいつらのはエメリッヒと同じで、お前を死体にしてでも自分が『エンジェルハート』を独占しようってクチらしいな」


 ビアンカを庇って無事着地したユリシーズが呟く。どうやらカバールの中にも派閥のような物があるらしい。だがそれが解った所で現状では何の役にも立たない。


 悪魔達の数は優に10体以上はいる。だが所詮は使役されている雑魚悪魔なのでユリシーズなら単身でも撃破可能だろう。彼が1人・・であれば。


 敵の目的は彼ではなくビアンカだ。彼女を守りながらとなると少々話は変わってくる。彼が何体かの敵に対応している間に、他の悪魔達が容易くビアンカに到達するだろう。敵の数が多いとこういう場合に極めて厄介だ。


(私が……もっと強ければ!)


 ビアンカは己の不甲斐なさに、内心で強く怒りを感じていた。ヴィクターの事もある。せめて自分の身は自分で守れるようになりたい。そうすればユリシーズにもこれ以上迷惑を掛けずに済む。ただの足手まといのお姫様に甘んじる事は彼女の矜持が許さなかった。


 だが現実として今の彼女ではビブロスの1体にすら勝てない。ユリシーズ1人では彼女を守りきる事は難しく、つまりはかなりまずい状況という事だ。ユリシーズの表情も自然、厳しいものになる。


 逆に自分達の優位を確信した悪魔達が大胆に包囲を狭めてくる。一触即発。僅かな切欠で悪魔たちは堰を切ったように殺到してくるだろう。緊張が限界まで高まった時――




「……!?」


 何か・・がビアンカ達の傍を横切って、悪魔達の先頭にいたビブロスの1体に着弾・・。次の瞬間には派手な破裂音と共にそのビブロスの身体が爆散・・した!


「な…………」


 ビアンカ達は反射的にそれが撃ち込まれた方角……つまり自分達の後方・・に振り向いていた。そして2人共が目を瞠った。



「……最優先保護対象のファーストレディ・・・・・・・・を確認。これより任務の遂行を開始する」



 広い道の真ん中に、1人の人間が立っていた。かなり(恐らくユリシーズよりも)大柄で筋肉質な体型の黒人男性であった。その引き締められたいかめしい表情と短く刈り込まれた髪が、どことなく軍人を思わせる風貌だ。


 だが……周囲には他に誰もおらず、今ビブロスを斃したナパーム弾か何かの攻撃はこの男性が撃った物と思われるが、不思議な事に彼はそういった重火器を持っておらず無手であった。横に放り捨てられたりもしていない。となると今の砲撃・・はどこから撃たれたものなのだろうか。



 だがそんなビアンカの疑問を他所に、事態は急速に進行していく。


 思わぬ乱入者の奇襲を受けた悪魔たちが動揺する所に、その黒人男性がやはり人間離れした速度で一気に踏み込んで距離を詰める。そしてミツバチ型の悪魔の顔面に強烈なストレートを叩き込んだ。


 へヴィ級のボクサーすら児戯に思えるようなそのパンチは腕の先が消えたかと錯覚する程の拳速で、一撃でミツバチ悪魔の頭を地面に落とした西瓜のように粉砕してしまった。


「っ!?」


 ビアンカは勿論、ユリシーズすら再び唖然としてしまう。人間よりは遥かに強靭であろう悪魔の肉体を一撃であのように破壊してしまう威力。人間離れした踏み込みの速さといい、この黒人男性も明らかに常人ではないように思われた。



「何を案山子みたいに突っ立っている。やはりSPなど当てにならん。大統領はこの件を最初から我々国防総省ペンタゴンに任せるべきだった」


「……っ! てめぇ、やはり軍人せんそうやかよ! ふざけんな! 人の獲物を横取りしてんじゃねぇ!」


 男性に挑発されたユリシーズは激昂し、猛然と悪魔達に攻撃を仕掛ける。ビアンカにはよく解らないがこの黒人男性は味方のようだ。彼が加勢してくれたお陰でユリシーズもビアンカの守りから解放され、悪魔達に積極的な攻勢を仕掛ける事が出来るようになったのだ。


 2人は恐ろしい程の身体能力と格闘技術を発揮して、悪魔達の反撃を物ともせずに次々とその数を減らしていく。驚いた事に黒人男性の肉弾戦能力はユリシーズとほぼ互角に見えた。


 悪魔の力を有し、人間離れした強さを誇るはずのユリシーズと。彼は一体何者なのだろうか。



 生き残った何体かの悪魔達が堪らんとばかりに空中に飛び上がった。そして2人の手の届かない上空からビブロスは火球や電撃、ムルカスは圧縮空気弾、そしてトンボ悪魔は口から溶解液のような物を放って攻撃してくる。 


 2人共驚異的な身のこなしでそれらの攻撃を全て躱すが、相手は上空にいるので格闘戦では届かない。だがユリシーズには相手が遠距離でも攻撃できる『魔術』がある。


『קוׄקוּשִׁידָן』


 そのうちの1つ、恐らく彼が使う魔術で最もポピュラーと思われる黒火球を発生させると、それを手近なビブロス相手に撃ち込む。凄まじい速度で撃ち込まれた黒火球は、ビブロスを一瞬で炎に包んで焼き尽くしてしまう。



「はっ! お前には出来ない芸当だろ、軍人! 後は俺に任せて、お前はそこで指咥えて――」


 勝ち誇っていたユリシーズの言葉がそこで止まる。黒人男性が上空にいる悪魔達に向けて片手を掲げていた。何をする気かと訝しむ暇もあればこそ、目の前で信じられない光景が展開された。


 何と彼の腕の上腕部の辺りが縦に割れて・・・、そのままスッと両開きに横に開いた。そして開いた腕の中から何か筒状の機械が出現し、一瞬で形を変えた。それはビアンカの目には大きな口径の銃口・・のように見えた。


 次の瞬間その腕から生えた・・・銃口から強烈な光が迸った!


 光は一条の光線となってムルカスの胴体を貫通した。そのまま男性の腕から連続して光線が発射され、ムルカスは一瞬にして蜂の巣になって地面に落ちた。



「お、お前、それは……?」


「指を咥えて見ているのはお前の方だな」


 男性はそう挑発し返すと、残りの悪魔達にも銃口を向けた。一瞬呆然としていたユリシーズだが、それを見て正気に戻ると負けじと黒火球を連発した。


 2人が競い合って遠距離攻撃に勤しんだ結果、程なくして襲ってきた悪魔達は残らず殲滅されていた。

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