Episode23:救出完了!
ビアンカはもどかしげに身を捩じらせる。彼女に出来る事は、磔のまま見守る事だけだった。
そんな彼女の見下ろす先、床に倒れ付したユリシーズは何とか立ち上がろうとするが、ダメージが大きくすぐには動けない様子だ。
『くふふ……いい様だねぇ? 私はエメリッヒ君のように詰めが甘くはない。あの謎の力を発現される前に、確実に止めを刺してあげよう』
決着を悟ったヴァプラが含み笑いを漏らしつつ、両腕を戻した『ウィリアム・ペン』を前進させる。あの巨像にユリシーズを踏み潰させる気だ。それが解っていてもビアンカには見ている事しかできない。
『ウィリアム・ペン』が間近まで近づいてきた時も、ユリシーズはようやく上体を起こした所であった。とても相手の攻撃をかわせる余裕はなさそうだ。
だというのに……ユリシーズの口元は笑みに吊り上っていた。
『恐怖や絶望で気でも触れたかな? まあいずれにせよ君はここで踏み潰されて無残な死を遂げるのだがね!』
ヴァプラの哄笑と共に『ウィリアム・ペン』が片脚を大きく振り上げる。だがここでユリシーズも動いた。巨像に向かって手を翳したのだ。
『何の――』
「……詰めが甘いのはお前も同じだよ。俺を倒すのに
『……ッ!!』
ヴァプラが警戒した時にはもう遅かった。ユリシーズは迫り来る『ウィリアム・ペン』の足に向けて自らが練り上げた魔力を解放する。
『פריקה גדולה』
呪文と同時に……彼の翳した掌から強烈な
太い電光の束が無数に分かれて拡散し、まるで一本一本の電光が意思を持っているかのようにのたうち、暴れ狂う。凄まじい雷音と目を灼く閃光にビアンカは、とても直視していられず顔を逸らした。同じ電撃でもビブロスが放つような電撃は、これに比べたら一瞬で消える儚い火花のようなものだ。
豪雷は『ウィリアム・ペン』に接触すると例によって防護膜に弾かれて、激しいスパークを発生させる。『ウィリアム・ペン』の防御力は他の美術品に比べても強いようで、ユリシーズの放った凄まじい豪雷をも寄せ付けずに弾いてしまう。
『ふ……はは! 残念だったな! とっておきの上級魔術も、私の魔力の方が上だったようだね! こやつには傷一つ付かん! このまま強引に踏み潰してやるわ!』
ヴァプラが勝ち誇って、電撃を物ともせずに巨像を前進させる。だがユリシーズの表情に焦りはない。
「ああ……確かに
『何ぃ…………いぎゃあっ!?』
ヴァプラが突然悲鳴をあげる。そこでビアンカも気付いた。ユリシーズの電撃が……『ウィリアム・ペン』の
「こいつは伝導性の高さが売りでな。お前は最初、俺の放った火球をその像に防がせたな? 自慢の防護膜に包まれてるのがお前自身じゃなかった事が仇になったな!」
『うぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
ヴァプラはユリシーズの言葉を聞く余裕もなく、おぞましい絶叫を上げながら『ウィリアム・ペン』の巨体から剥がれて地面に墜落した。
ユリシーズはそのチャンスを逃さずダメージを押して立ち上がると、電撃を消して代わりにその手に黒炎剣を作り出した。そして地面に落ちたヴァプラの元まで一直線に突進する。
『ひっ……!? ま、待て――』
「――って言われて待つ馬鹿がいるかよ!」
言葉と態度、そしてその剣でヴァプラを文字通り一刀両断にするユリシーズ。ヴァプラは自身には戦闘能力がないタイプらしく、その奇怪な身体を黒炎剣で縦に分断された。
『わ、私の……快楽、が……』
断末魔の代わりに呟きを漏らして、『狂乱の錬金術師』ヴァプラは炎に焼き尽くされて消滅していった。
同時に支配が解けた『ウィリアム・ペン』……いや、ウィリアム・ペンの像が派手な轟音と共に横倒しになる。大量の粉塵が舞った。
「ふぅ……手こずらせてくれたぜ。しっかし酷い有様だな、こりゃ。明日のニュースを見るのが怖いぜ」
まるで戦争でも起きたかのような惨状を呈する美術館を見回して、ユリシーズが嘆息する。多数の収蔵品が失われ、しかも極めつけはホールに横たわる巨大なウィリアム・ペンの像だ。
ユリシーズでなくとも、これがどう報じられるかを考えると頭が痛くなるのは当然だろう。それは解る。解るのだが……
「ねぇ、ちょっと! 私はいつまでこうしてればいいのよ!? 早く降ろしてよ!」
ヴァプラは無事斃したのだから、早く解放して欲しいというのが本音だった。彼女の声にユリシーズはこちらを見上げた。そして人の悪そうな笑みを浮かべる。
「何だ、もう降りたいのか。囚われのお姫様って感じでよく似合ってるぜ。どうせならもうしばらくそのままでいたらどうだ? そうすりゃもうちょっとお淑やかになるんじゃないか?」
「な、何ですって!? この……ふざけてないで早く降ろしなさいよ!」
暗にお前はお淑やかじゃないと言われてビアンカは目を吊り上げるが、当たらずとも遠からずではあったし、何よりも今はそれどころではないので再び強い調子で身体を捩りながら怒鳴った。ユリシーズが肩を竦めた。
「……ったく。相変わらず人に物を頼む態度がなっちゃいないぜ。だからお淑やかじゃないってんだ。だがまあ流石にこの街中でこれだけ騒ぎが大きくなったら、マスコミを含めた野次馬どもが押し寄せてくるのは時間の問題だな」
ユリシーズは愚痴っぽく呟くと、人間離れした跳躍力でビアンカが磔にされている十字架部分に掴まってぶら下がった。
「……っ。は、早く助けてよ」
急に彼の顔が間近にきた事で動揺したビアンカは顔を赤らめて、それを隠すようにそっぽを向いて呟いた。
「へいへい、少々お待ちを、お姫様」
ユリシーズは苦笑して肩を竦めつつ、その膂力と握力でビアンカを十字架に拘束している枷を強引に引き千切る。すると当然、重力に引っ張られて下に落ちそうになるが……
「おっと」
「……っ!」
ユリシーズは咄嗟にビアンカを抱きかかえて、危なげなく着地する。それだけでも心臓の鼓動が跳ね上がったが、よりにもよって彼はビアンカを身体の前で、両手で横抱きにしていた。つまりはたまに映画や結婚式などでも見る
「あ、ありがと。でも自分で歩けるわ! 降ろして頂戴!」
動揺から顔を真っ赤にして、全身で突っ張って降りようとする。だが彼はかぶりを振った。
「いや、もう野次馬どもが集まってくる頃合いだ。お前の足に合わせてると、誰にお前の顔を見られるか解らん。お前は一応
「……!」
そう言われると確かにその通りではある。ユリシーズの身体能力で強引に突っ切ってしまった方が、見咎められるリスクは格段に低い。となれば今は我慢する他ない。
我慢といっても、別に彼に抱きかかえられるのが嫌な訳ではない。むしろその
(うぅ……! 顔の熱が引かない。心臓の鼓動が収まらない……! 彼に気付かれちゃう……!)
「ビアンカ、どうした? どこか怪我をしていたのか?」
「な、何でもないわ! 私なら大丈夫だから、早く行って!」
いつぞやと同じようなやり取りを繰り返す2人。ユリシーズは肩を竦めた。
「? まあ大丈夫ならいいさ。それじゃ行くぞ。モタモタしてると野次馬だけじゃなく、カバールの新手も出てこないとは限らんからな。舌噛むなよ?」
そういって彼はビアンカを抱えたまま相変わらずの超人的な身体能力を駆使して、美術館の周囲に集まりつつあった人込みを抜けて、再び夜の闇の中へと没していった。
今度こそ、ビアンカにとってはこのフィラデルフィアの街との別れとなる。彼女はユリシーズに抱えられたまま、徐々に小さくなっていく街の灯りと喧騒をいつまでも見つめていた……
*****
大きな被害を受けたフィラデルフィア美術館。その騒ぎを聞きつけて続々と集まってくる野次馬や報道関係者。そしてそれを押し留める警察官。「突然の崩落」による被害者がいないかどうか捜索する消防隊。
深夜の大都市は俄かに騒々しくなっていた。そしてそんな人だかりの中を……誰にも気付かれないような身のこなしで駆け抜けて、喧騒から逆に遠ざかるように消えていく一つの影。いや、正確には
ほとんどの人間が美術館の惨状に気を取られてその影に気付かなかった。しかし……美術館の周辺に建ち並ぶビルの一つ。その屋上から二つの影をはっきりと認識して、それを見送る1人の人物がいた。
「……あぁ、ビアンカ。無事に脱出できたみたいだね。まずはおめでとうと言っておこうかな」
ビアンカの
「ああ、勿論わかっているさ、
ヴィクターは唐突に、姿の見えない何者かと語り合って頷く。彼に語りかける何らかの
その存在に促されたヴィクターは、この場を離れるべく踵を返す。その前にもう一度だけビアンカ達の方を振り返った。
「ビアンカ……君は
それだけ呟くと、後は振り返らずにビルから飛び降りて、彼自身も再び夜の闇の中へと消えていった。
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