Episode22:『ウィリアム・ペン』

「さぁて、兵隊は皆片付けたぞ? 今度はてめぇの番だな」


 ユリシーズはヴァプラの方に向き直って拳を鳴らす。だが彼は、そしてビアンカも先程まで取り乱していたヴァプラが妙に静かなのに気付いた。


「何だ、降参でもする気になったのか? それをするにはちょいと遅かったな」



『ふ……ふふ……。私の市庁舎に被害を及ぼしたくはなかったのだが……こうなっては仕方あるまい』



「何だと…………っ!? これは……?」


 追い詰められているはずのヴァプラが不気味な笑いを漏らす。それに不審を抱いたユリシーズだが、急に何かに気付いたように美術館の正面入口の方に視線を向ける。そしてすぐ後にビアンカも気付いた。


(な、何……地震!?)


 轟音が響くと共に地響きで建物全体が微かに震動する。その地響きは等間隔で鳴り響き、しかも揺れの強さからして、どんどんこの場所に近づいて・・・・きているようだった。


 ここに至ってこれが地震などでは無いことがビアンカにも解った。


(何か、来る!!)


「ちぃ……!」


 同じ事を感じたらしいユリシーズが舌打ちしつつ、ヴァプラにあの黒炎剣で斬りかかる。何が起きているかは解らないが、ヴァプラが起こしているのは間違いないようなので、その前に本体を倒してしまえばいいという訳だ。


『くはは! 今更遅いわ!』


 だがヴァプラは意外なほど敏捷な動きでそれを回避して、その異様に肥大した腕を利用して大きく跳び退った。勿論ユリシーズは即座に追撃しようとするが、次の瞬間美術館の壁が派手にぶち破られて・・・・・・追撃を中断せざるを得なくなった。


「な……!?」


 咄嗟に飛散する瓦礫から身を庇ったユリシーズは、改めて視線を戻すと壁を破って現れたモノ・・を見て愕然とする。


「う、嘘でしょ……」


 そしてそれは磔にされているビアンカも同様であった。彼女は自分の目を疑った。現れたのは今までの美術品とは比較にならない、10メートルほどはある巨大な銅像であった。


 中世の貴族のようなテールコート。頭にはやはり貴族が被るような装飾付き帽子を被り、そこから緩やかな長髪を垂らしている。そしてその顔は……


 彼女が自分の目を疑ったのは、ソレ・・が単に巨大だからではない。ソレはこのフィラデルフィアの街に住む誰もが、一度は必ず目にした事があるだろう特徴的な彫像であった。



『くははは! 市長である私を相手取るという事は、この街そのもの・・・・・を相手取るという事なのだよ! この街の創設者・・・に果たして勝てるかな!?』



「……!」


 創設者。そう……目の前に聳える巨人は、本来であればフィラデルフィア市庁舎の尖塔の天辺に設置されているはずの、偉人ウィリアム・ペンの像であった!



「おいおいおい……! これは流石に冗談キツ過ぎだぜ!」


 『ウィリアム・ペン』がその巨大な手で掴もうとしてくるのから逃れながら、ユリシーズが毒づく。彼はカウンターにその手を黒炎剣で斬り付けるが、またあの防護膜が発動してその斬撃を弾いてしまった。


「ち……!」


『無駄だ、無駄だ! こいつは今までの奴等とは違うぞ! 私の魔力の全てを注ぎ込んである特別製・・・なのだよ!』


 ヴァプラが哄笑しながら跳躍して『ウィリアム・ペン』に取り付くと、その腕で器用に巨像の身体を駆け上って頭頂部の帽子の辺りにへばり付いた。それはまるでこの『ウィリアム・ペン』を直接操縦・・している、奇怪な寄生生物にも見えた。


 ユリシーズはそのヴァプラ目掛けて何発もの黒火球を撃ち込むが、『ウィリアム・ペン』が手を翳して連射を全て遮ってしまう。その巨体からは考えられないような速度だ。


 『ウィリアム・ペン』がもう一方の腕を振り上げて、一気に叩きつけてきた。物凄い速度だ。その質量も相まって、まともに受けたらユリシーズは一発で原型を留めない挽肉に変わるだろう。


 ユリシーズは当然大きく跳び退ってそれをかわすが、巨拳はそのまま床に叩きつけられた。


「……!!」


 轟音。飛散。衝撃。そして震動。


 かわしたはずのユリシーズが思わず体勢を崩して吹き飛ばされた。そこに『ウィリアム・ペン』がすかさず追撃。今度は巨大な脚を振り上げて踏みつけてくる。当然その体重・・で踏みつけられたら一溜まりもない。


 あの像はメンテナンスの為に中が空洞になっていると聞いた事があるが、地響きを立てる『ウィリアム・ペン』にその様子はない。恐らくヴァプラの魔力による強化の影響か。


 ユリシーズは横転するようにして踏み付けをかわす。そして反撃に黒火球を撃ち込んでいくが、やはり像の表面を覆う防護膜に弾かれてしまう。



『くはは! そんな豆鉄砲、いくら撃っても効かぬわ! とはいえちょこまか逃げ回られるのも面倒だ。こやつが特別製・・・たる所以を教えてやろう』


 ヴァプラがユリシーズの抵抗を嘲笑いつつ、『ウィリアム・ペン』に何らかの指令を送る。するとその銅で出来ているはずの両目が怪しい光を放った。次の瞬間、『ウィリアム・ペン』の両目からビーム・・・のような光線が射出された!


「何……っ!?」


 ユリシーズがギョッとして慌てて横に飛び退って回避する。二条の怪光線は彼が直前までいた場所に打ち込まれ、派手な爆発を起こした。


 目からビームを飛ばすなど、まるで一昔前のチープなSF映画に出てくる巨大ロボットか何かのようだ。


「ふざけんな! 出来の悪いSF映画か!」


 ビアンカと全く同じ事を考えたらしいユリシーズが、悪態を吐きながらも必死にビームから逃げ回る。彼の動きに合わせて次々とビームが撃ち込まれその都度爆発が起きるので、最早美術館は空爆にでも遭ったかのような有様だ。



『ええい、うろちょろ逃げ回るな、この鼠が!』


 苛立たしげに叫んだヴァプラが再び『ウィリアム・ペン』に何らかの指令を送る。すると巨像は今度はその両手を握り拳にして前に突き出した。何をするつもりかと注視すると…………何とその両腕が肘の部分から切り離され・・・・・、独自の意思を持っているかのように飛行しながらユリシーズを追尾してきたのだ!



「ふ、ふざけんなぁぁぁっ!! ロケットパンチ・・・・・・・だとぉぉぉ!?」



 ユリシーズが悲鳴なのか突っ込みなのか解らない叫び声を上げて、迫り来る巨大な飛行拳ロケットパンチから逃げ惑う。飛行拳はかなりの速さで追尾してくる。しかも2体・・いる為、その追撃をかわすだけでも精一杯だ。だがそこに再び『ウィリアム・ペン』の両目からビームが撃ちこまれた。


「……っ!」


 追尾して迫る両腕に対処していたユリシーズは、ビームにまでは対応できなかった。いや、咄嗟に制動をつけてビームをかわす事は出来たのだが、それによって迫り来る巨拳を避けられなくなった。


「ちぃっ!」


 ユリシーズは舌打ちして両手を突き出すと、あの黒い半透明の『膜』を張り巡らせた。先程騎士の吶喊を止めたのとほぼ同じ規模の防壁だ。


 空飛ぶ巨拳がユリシーズの防壁と衝突する。彼はやはり全身で踏ん張るような体勢で巨拳を受け止める。攻撃の威力に押されて滑るように何メートルか後退しながら、それでも辛うじて巨拳を止める事ができた。だが……


「……!」


 側面から迫る巨大な質量。そう。両腕なので拳はもう一つ・・・・あるのだ。正面からの攻撃を受け止めた直後のユリシーズにそれを回避する手段はない。


「――がふぁっ!!」


 当然の帰結として、ロケットパンチをまともに食らったユリシーズは、血反吐を吐きながら優に10メートルは吹き飛んで壁に激突した。



「ユ、ユリシーズ!?」


 ビアンカが目を剥く。彼を信じると決めたが、それでも大ダメージを免れないだろう状況に動揺してしまう。だが今の戦闘中でもビアンカの周りだけは破壊が及んでおらず、彼女を磔にしている十字架もそのままであり、その拘束から逃れる事はできなかった。

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