Episode16:暗黒騎士
『ふん、無駄に手こずらせおって……。さて、と……待たせたな、『エンジェルハート』。それでは私と一緒に警察署に戻ろうか?』
「……っ!」
プルフラスが異形の姿のまま彼女の方に振り向いて近付いてくる。ビアンカは後ずさろうとして、足がもつれてその場に尻餅を着いてしまう。腰が抜けていた。それ以前に逃げたり抗ったりする気力が無くなっていた。
彼女の目は怪物の向こう側……ユリシーズの
信じられなかった。何となくだが、彼は絶対に死なない。必ず自分を守ってくれる。そんな一見根拠も無いような謎の安心感があった。
短い……時間にして1日程度の付き合いのはずだが、何故か彼女は心の奥底では彼を信頼していた。それは理屈ではなかった。
「嘘よ……」
『んん?』
彼女の漏らした呟きにプルフラスが反応する。だが彼女は怪物の方など見ていなかった。
「嘘だと言ってよ! 私を守るって言ったじゃないっ!! アレは嘘だったの!? 何とか言いなさいよ、
無意識ではあるが、恐らく初めて彼の名前を呼んでいた。いや、叫んでいたと言ってもいい。
『ふぁはは、愚かな。まだ現実を受け入れられんか。お前のナイトはご覧の通り二度と……』
嘲笑混じりのプルフラスの耳障りな声が途中で尻すぼみになる。何故なら……奴が指差した先、地面にうつ伏せに倒れ伏していたユリシーズの身体から、恐ろしい程の圧力を伴う
『な……な……?』
プルフラスの驚愕と戸惑い。完全に手ごたえを以って殺したはずの相手が起き上がって来れば、流石の悪魔も驚愕を禁じ得ないのか。
そして当然ながら驚いているのはビアンカも同じであった。ただしそれはユリシーズが起き上がった事そのものにではない。
(あ、あれは……何!?)
ユリシーズの身体はゆっくりと起き上がりながら、明らかな
筋肉が肥大して服が破れる。その下から黒っぽい色合いに変化した
身体だけでなく顔を含めた頭部も甲殻のような皮膚に覆われていく。手足の先には鋭い鉤爪を備え、頭からは3本の角のような突起が生える。
そして最も顕著な変化として、背中からやはり黒い色をした一対の『翼』が飛び出した。片方の翼長だけで彼の身長くらいはある巨大な翼だ。一見鳥の翼のようにも見えるが、よく見るとその『羽毛』も硬質化しているようだった。
――漆黒の翼と鎧を纏った黒騎士。それがビアンカが抱いた第一印象であった。
『黒騎士』は完全に立ち上がると、気だるげな様子で手を当てながら首を回した。因みに胸の傷は完全に塞がっていた。
『ああ……やっと
『黒騎士』が喋った。変身の影響だろうかその声は大きく変質していたが、それだけでなく……
(
この『黒騎士』はユリシーズであってユリシーズではない。それをビアンカは理屈ではなく本能的な部分で悟っていた。
『黒騎士』がこちらを振り向いた。その明らかに人間ではない双眸に射抜かれてビアンカは恐怖に震える。
『子爵級風情の雑魚が……随分好き勝手やってくれたなぁ? 言っておくが俺は
『……! き、貴様……何者だ!? この魔力……あり得ん!』
『黒騎士』の威容に明らかにプルフラスが慄いた様子になる。ビアンカにはそこまでの違いが分からないが、『黒騎士』の魔力はプルフラスより圧倒的に強いようだ。
『俺が何者かを一々お前に説明する義理はねぇな。とりあえず邪魔だからさっさと退場しろや』
『……ッ! ふ、ふざけるなぁ!! 何者か知らんが、誰であろうと我が『
『黒騎士』の態度に激昂したプルフラスは、その長い両腕を大きく広げると一気に内側に向かって振り抜いた。両腕から同時に発せられた不可視の刃が『黒騎士』に迫る。
『黒騎士』は一切回避行動を取らなかった。不可視の刃は確かに『黒騎士』に衝突し……そして跡形も無く霧散してしまった。
『んなぁっ!?』
『どうした? 何でも斬れるんじゃなかったのか?』
平然と歩を進めてくる『黒騎士』。焦ったプルフラスは狂ったように不可視の刃を連発する。
『あり得ん! あり得ん! 死ね! 死ね死ね死ね死――』
『――残念。ゲームオーバーだ』
無数の刃を浴びながら平然と近付いてきた『黒騎士』は、振り回されるプルフラスの腕の片方を掴み取った。
『……!! ギッ!? ギャアアアアアアァッ!!!』
そして凄まじいまでの握力であっさりとその腕を握り潰してしまう。大きく怯んだプルフラスの口から絶叫が漏れる。
『うるせぇな。耳障りな叫び声を聞かせるんじゃない』
『黒騎士』が腕を振り上げる。その腕には黒いオーラのような物が纏わりついていた。
『……ッ! や、やめろ、やめろ、化け物ぉぉぉぉっ!!』
プルフラスは今度はユリシーズを貫いた尻尾で再び突き刺そうとしてくるが、尻尾の先端は『黒騎士』の
『……!!』
『じゃあな。地獄に帰ったら
『黒騎士』はオーラに包まれた腕を振り下ろす。それは一切の抵抗なくプルフラスの身体を頭頂から股間までズタズタに引き裂いて真っ二つにしてしまった。
二つに引き裂かれたプルフラスの身体が左右に分かれて倒れる。如何に悪魔でも即死は免れなかったらしく、彼が使役していた下級悪魔達と同じように空気に溶け込むようにして消滅していった。
「ひ……あ……あぁ……」
これでとりあえずビアンカは
腰が抜けたままで、尻餅をついた姿勢から立ち上がれなかった。歯の根が合わずにカチカチと鳴る。
『さぁて、ようやく邪魔者が消えたな? これで『エンジェルハート』を俺様の物に出来るって訳だ』
「……っ!」
『黒騎士』がこちらに向ける目は、その言葉を聞くまでもなくカバールの連中と全く同質の物である事が明らかだった。この『黒騎士』は敵だ。それを悟った彼女だが、蛇に睨まれた蛙のように身体が動かない。
『……しかし中々良い女だな。宝を頂く前に少し楽しませてもらうか。何せ久しぶりに表に出て来れたんだからな』
「ひっ……!?」
ビアンカが本能的に
「ひ……い、いや……いやぁ……! や、やめてよ! お願い、正気に戻って! ユリシーズッ!」
『はっ! あいつに期待したって無駄だぜ!? そもそも本来は俺様こそが
「……っ!?」
ビアンカは目を見開くが、それは『黒騎士』こそが本来の人格だと聞いたからではない。
(ち、父親……!? それって、私の
言われてみればユリシーズはウォーカー大統領が彼女の実の母親だとは言ったが、実の父親については何も言っていなかった。コールマン夫妻が養父母であった以上、父親だって別にいるはずなのだ。
だが『黒騎士』の手がビアンカの服にかかったのでそれどころではなくなった。ビアンカは無駄と知りながらも全力で突っ張って抵抗する。
「や、止めてェェェェェェェェッ!!!」
『はははは――――っ!?』
突っ張った際に彼女の両手が『黒騎士』の胸の部分に触れる。勿論容易く手折られる儚い抵抗に過ぎない。だが彼女の手が触れた瞬間、『黒騎士』の哄笑が止まった。
『お……おぉ……お?』
『黒騎士』は自分の胸に手を当てて、戸惑ったようにビアンカから離れる。ビアンカは慌てて這いずるように距離を取るが『黒騎士』はそれも目に入っていないようで、戸惑いが次第に苦痛と
『ぐ、がぁ……!! く、クソが……! やっぱりお前は、父親の力、を受け継いで……!?』
『黒騎士』はビアンカを睨みつけながらも苦しそうに悶える。彼女は訳が分からない状況にただ呆然としているしかない。
『クソ……やめろ! お前はお呼びじゃねぇんだ! 俺は……俺は、まだ……!! く……グガアァァァァァァァッ!!!』
『黒騎士』が天に向かって絶叫する。次の瞬間、その身体から目も眩むような強烈な光の爆発が巻き起こり、ビアンカは思わず目を背けて腕で顔を庇った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます