Episode15:視えざる刃
「さて、今度はこちらの番だな?」
次の瞬間、エメリッヒの姿が
だがそれでもユリシーズには辛うじて見切れていたらしい。エメリッヒが鉤爪を薙ぎ払うが素早く身を屈めてそれを回避した。
エメリッヒは全く動きを止める事無く追撃を仕掛ける。黒火球を斬り払った時と同じように恐ろしい速度で鉤爪が連続して振るわれる。その攻撃の余波だけで、周囲にあった木や大きめの岩などが一切の抵抗なく綺麗に切断される。当たったらユリシーズの身体もあのように輪切りにされるだろう。
だがユリシーズもいつまでも防戦一方ではない。エメリッヒの攻撃の隙を突いて一旦距離を取ると、あの黒い炎の剣を作り出して今度は自分から相手に斬り掛かる。
エメリッヒの鉤爪とユリシーズの黒炎剣がぶつかり合う。
「「……っ!」」
互いの武器が接触した事で、不可視の魔力のようなインパルスが放散される。少し離れた場所で見ているビアンカにも感じ取れるほどの衝撃であった。至近で戦っている2人も思わず体勢を崩して、どちらともなく互いに距離を取った。
「ぬぅ、貴様……その力は?」
「はっ、どうした? 自慢の鉤爪で何でも斬れるんじゃなかったのか?」
激しい戦闘に流石のユリシーズも若干息を荒げている様子であったが、それでも尚不敵に笑って挑発する彼の姿にエメリッヒは不快気に眉を顰める。
「小僧が、調子に乗りおって……。貴様如きに我が
エメリッヒは苦虫を噛み潰したような顔のまま呟くと、天に向かって手を掲げた。それと同時に凄まじい風圧がエメリッヒを中心に発生し、不可視の障壁となる。
「我が契約者、『
「……ッ!」
風が爆発した。そうとしか形容できない程の突風が巻き起こり、離れた場所にいるビアンカも思わず顔を腕で庇って全身で踏ん張らねばならなかった。そして突風が収まり、ビアンカが顔を庇っていた腕を下ろすと……
「な…………」
ビアンカは目を瞠った。彼女が視線を向ける先、そこには一体の異形の存在が佇んでいた。まず目に付くのは異様に長い腕と脚。そしてその手足より更に長い尻尾が伸びている。ヴァンゲルフとは違って痩身であり、全体的なシルエットは猿に近い。
ただしそれでも身長は優に2メートルはあり、腕だけでなく全身があの筋肉が露出したような赤黒い表皮で覆われていた。そして顔は後頭部が突き出て面長になり、より怪物じみた印象となっていた。
その頭部の形状といい、痩身で四肢が長いシルエットといい、猿というよりは……
(エ、
有名なSF映画シリーズに登場するクリーチャーを連想させる造形であった。ただし表皮は赤黒く筋肉が剥き出しになっているという違いはあったが。
その身体から発散される目に見えない圧力はヴァンゲルフの比ではなく、ビアンカは魔力を感じ取れないはずなのに、本能的に足の震えが止まらなくなる。
『フシュゥゥゥゥゥ…………。小僧、覚悟しろよ? 我がプルフラスの力を全開にする以上、貴様に待つのは確実で無残な死のみだ』
エメリッヒ――プルフラスが奇怪に変貌した声で宣言する。それは人間にとってみればまさに悪魔の宣告に等しい、確実なる死の予告だ。だが……
「プルフラス……。『
何とユリシーズはこの本物の悪魔を目の前にして尚、そのような不敵な挑発姿勢を崩さない。ただしその言葉ほど表情に余裕は無さそうではあったが。
それも当然だ。こんな形のある災害のような存在を前にして余裕でいられる訳がない。それを見て取ったのかプルフラスが嗤う。
『小僧、その強がりがどこまで続くか見ものだな?』
プルフラスがその長い腕を振るった。ユリシーズとは距離が離れているにも関わらずだ。すると驚くべき現象が起きた。
「ぐっ!?」
何故かユリシーズが咄嗟に身を躱す。しかし完全には間に合わなかったらしく、その肩口が裂けて血が噴き出す。
「あっ……!?」
彼が負傷したところも初めて見たビアンカは、思わず両手で口元を押さえて悲鳴を押し殺した。今までは直接攻撃していたのに、あの姿になると遠距離からでも相手を切り裂く事ができるらしい。
『ほう、いい反応だ。だがこの視えざる刃をいつまで躱しきれるかな?』
プルフラスはその場から一歩も動く事無く両手を様々な方向に振り回す。ユリシーズは必要以上に大きく飛び退りながら不可視の刃を回避し続ける。だがやはり視えない攻撃を完全には躱しきる事が出来ずに、その身体に次々と切り傷が刻まれ血が噴き出していく。
「ひっ……あ……あぁ……!」
彼が傷つく度にビアンカが引き攣った悲鳴を漏らす。勿論最初に言ったように彼が負けたら自分も確実に攫われて殺される事になるので彼に負けてもらう訳には行かないのだが、今のビアンカにはその事は頭に無かった。
ただ純粋にユリシーズが傷ついて血を流す姿を見るのが辛く、まるで自分自身も傷を負っているような感覚に陥っているのだ。自分の心の動きが理解できないビアンカであった。
『くはは、どうした小僧? 蛙のように飛び跳ねるだけか!?』
「ち……!!」
プルフラスの嘲笑に舌打ちすると、ユリシーズは右手にあの黒炎剣を作り出し、左手にはいつぞや警察署で使った半透明の『膜』のような物を作り出す。
『馬鹿め!』
プルフラスはすぐに腕を引き戻し、向かってくるユリシーズに対して不可視の刃を叩きつける。ユリシーズは素早く『盾』を掲げる。二つの超常の力がぶつかり合い……
『……!』
エネルギーの奔流と共にユリシーズの『盾』は砕け散ったが、プルフラスの刃もまた消滅した。相殺に成功したのだ!
「うおおぉぉぉっ!!」
ユリシーズが気合の咆哮と共に黒炎剣を引き絞り、まるで跳び上がるようにしてプルフラス目掛けて突き出した。
――ドシュッ!!!
肉を貫く音。ビアンカは視線の先の光景を信じられない思いで見つめていた。
「あ……?」
『馬鹿め、私の攻撃手段が視えざる刃だけだと思ったか?』
ユリシーズの口から、ゴフッ! と大量の血液が溢れ出る。彼は不思議な物でも見るような目で……自分の
プルフラスの尻尾は先端が錐のように尖っており、そして鞭のように撓る柔軟性と強靭性を兼ね備えていた。その尻尾を凶器としてユリシーズの胸に突き刺したのだ。
プルフラスが尻尾を引き抜く。すると胸の傷口からも大量の血液が零れ落ち、ユリシーズがその場に両膝を落とす。そして……ゆっくりとうつ伏せに地面に倒れ伏した。起き上がる事は……ない。動き出す事も、なかった。
当然だ。あんな太い凶器で胸を刺し貫かれて生きていられる者などいない。
「え……え……?」
(な、何が……え……? う、嘘、でしょ……? え……?)
ビアンカには何が起きたのかよく理解できなかった。いや、頭では解っていたが、感情が理解を拒否していた。
ユリシーズが死んだ。その事実を脳が理解する事を拒否したのだ。
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