Episode14:切り裂く者
「……ふぅ。とりあえずは片付いたな。怪我は無いか?」
「え、ええ……あ、ありがとう」
相変わらず彼女を抱きかかえたまま腕の中のビアンカに問い掛ける。ビアンカは素直に礼を言う。実際彼が抱えて守ってくれなければ彼女は大怪我をしていた可能性が高い。
だが自分の無事と、とりあえず目先の脅威が居なくなった事で、彼女は急速に
即ち、狭いスペースの中で彼と極限まで密着した状態で抱きしめられているという状態を。
「おい、どうした? 顔が赤いし呼吸と動悸が荒いぞ。やはりどこか怪我してるのか?」
「……っ!! う、うるさいわね! とりあえず安全なら早く離れなさいよ! ここから出してっ!」
彼女は自身の動揺を隠すために乱暴に怒鳴る。
「こら、狭い所で暴れるな! ……ったく! 我儘なお姫様だな!」
ユリシーズは悪態を吐きながらも、ビアンカが怪我をしないように細心の注意を払いながら車から這い出る。当然ながら車は完全に大破していて動かす事は不可能だ。
「……もう少しでこの街から出られるって所でこれか。仕方ない。次の足を見つけるまではしばらく歩きだ。早くしろ。急いでここから離れるぞ」
「え、ええ……」
ユリシーズに促されて、ビアンカも溜息を吐きつつ動き出す。ヒッチハイクやタクシーは無関係の運転手を巻き込む事になるので使えない。バスや飛行機などを使えないのも同様の理由だ。しかももっと多くの人間が巻き込まれる危険性が高い。
そうなると空いている車を見つけて『拝借』するしかないのだが、こんな郊外ではそれも中々難しい。因みに今自分達が乗り潰した車も、街中からユリシーズが『拝借』した物であった。彼はそういった
ビアンカは心の中で車の持ち主に謝罪した。そしてユリシーズに連れられて急いでこの場から離れようとするが、いくらも進まない内に……
「……!」
街の方角から一台の車が走って近付いてくるのが解った。かなりのスピードだ。ユリシーズは咄嗟にビアンカを引っ張って、近くに建っていた大きな広告塔の陰に身を潜める。
2人が息を詰めて見守る先で、やってきた車が事故現場の前で停車した。運転先のドアが開いて一人の男が外に降りてきた。
(……! あいつは……)
ビアンカはその男の顔に見覚えがあった。忘れるはずがない。つい昨日彼女を直接殺そうとした男であったのだから。
その男……フィラデルフィア警察の本部長エメリッヒは、反転して大破した車を見つめて何かに納得して頷いたかと思うと、ゆっくりと周囲を見渡した。
「魔力の痕跡が新しいな。……出てこい。近くに隠れているのは解っているぞ。そこかな?」
「……!」
ビアンカ達が隠れている広告塔の方に目を向ける。ビアンカは息を呑んだ。
「ち……魔力を消しても、流石にカバールの構成員の目は誤魔化しきれないか」
ユリシーズが諦めたように嘆息して広告塔の陰から姿を現した。ビアンカも一緒だ。他に手下がいる可能性もあるので、ここで下手に離れない方がいい。
ビアンカの姿を見たエメリッヒが破顔した。そして両手を広げて歓迎するようなポーズを取る。
「おお、会いたかったぞ、我が愛しの『
「エンジェルハート?」
エメリッヒの態度もさる事ながら、初めて聞く単語にビアンカは眉を顰める。どうも自分の事を言っているらしいが。
「くく、聞きたいかね? だが話はその邪魔な男を片付けてからにしようか。一度ならず私の邪魔をした男だ。ここで確実に始末しておきたいんでね」
そう嗤ったエメリッヒの身体から圧力を伴うような何らかの力が噴出した。それと同時にビアンカは何か違和感のようなものを覚えた。空気の質が変わったとでもいうような妙な感覚だ。
「落ち着け。『結界』だ。俺が張っていたものと原理は同じだ。ただ大きさはこの周囲一帯を覆うほどの面積のようだがな」
「……!!」
ユリシーズの言う結界とは、他人に自分達の存在を認識できなくさせる術のような物のはずだ。それをこの辺り一帯に張ったという事は……
「夜中とはいえ、余計な奴が通り掛からんとも限らんからな。
エメリッヒが補足すると、ユリシーズも不敵に笑った。
「確かにな。お気遣いどうも。これで遠慮なく存分に貴様をぶちのめせるって訳だ」
彼の身体からも魔力が噴き上がる。これだけ間近で何度も感じていると、ビアンカにもこれが彼の『力』なのだと認識できた。
「悪いがほんのちょっとだけ下がっててくれるか? ただし余り離れすぎるな。どこに奴の手下が潜んでるか解らんからな」
「わ、解ったわ。……き、気を付けてね?」
ビアンカが少し口ごもりながらもそう言うと、ユリシーズは若干眉を上げて興味深そうな表情になる。
「ほぅ、意外なお言葉だな? こりゃ明日は雹でも降るかな」
「……っ! か、勘違いしないで! あなたに死なれでもしたら私だって只じゃ済まないでしょ。自分の命を守る為よ」
「はっ! そういう事にしといてやるよ」
ビアンカが顔を赤らめて怒鳴ると、ユリシーズは苦笑して肩を竦めた。そしてビアンカから距離を離してエメリッヒと向き合う。
「わざわざ待っててくれるとは律儀だな? 別に攻撃して来ても良かったんだぜ?」
「……小僧が。私を今までの雑魚共と同じだと思うなよ。貴様如きに不意打ちの必要などない。正面から捻り潰してくれるわ」
「ふっ! 大きく出たな!」
ユリシーズが先制攻撃を仕掛ける。あの黒火球を作り出して素早く撃ち込む。エメリッヒは避けない。黒火球が彼に直撃する寸前……
「……!」
エメリッヒが腕を一振りすると、ビブロスを一撃で消滅させたあの黒火球が真っ二つに
「どうした、まさか今ので終わりか?」
「はっ! それこそまさかだな。お次は連続で行くぜ!」
ユリシーズは両手を掲げると、その言葉通り掌の先に次々と黒火球を生み出して連続して撃ち込んでいく。黒火球はそれぞれ異なる軌道で放物線を描きながらエメリッヒに殺到する。
その黒い集中砲火に対してエメリッヒはやはりその場から動く事無く、その代わりにビアンカには全く見えないような速度で腕を縦横無尽に振り回す。
するとエメリッヒに殺到していた黒火球が、彼に近付いた傍から次々と切り裂かれて消滅していく。優に数十発は撃ち込んだはずなのに、エメリッヒは一度たりとも被弾する事無く全ての黒火球を斬り払ってしまった。
「……!!」
流石にユリシーズが僅かに目を見開いた。ビアンカは彼が僅かとはいえ驚愕した所を初めて見た。
「無駄だ。このようなもの何百発撃とうが、私の『
そう嗤うエメリッヒの腕が
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