3.アイはこんな人
放課後に何か予定があるわけでもなく、かと言って帰りたいわけでもない。そんな私の足は勝手にゆるふわ部の部室へと向かっていた。
なんかわかんないんだけど、私の性格に合ってるんだよなあ……。
部室にいったら部長が相手になってくれるわけだし。平和だし。
今日もゆるふわ部の部室の扉を開ける。
「こんにちはー」
「あら、こんにちは」
扉の向こうには知らない人がいた。
「……すみません、どなたでしょうか?」
ショートヘアの私と違って長く伸びた綺麗な髪、黒い瞳。背が高く、スタイルもめちゃくちゃ良い。それになんか見たことある気がする。
「まあまあ。とりあえず入って?」
「あ、はい……」
謎の女子に促されて、部室に入る。
向かい合わせになるように座って、とりあえず話す態勢は取ろう。
いやでも本当に誰……?
「あなたがカレンさん?」
座るなり向こうから話を始めた。
「え、どうして私の名前を……?」
一度も名乗ってないんだけど。
「ユズカから話は聞いてるよー」
よく見るとリボンの色が部長と同じだった。先輩だ。
「あ、そうだったんですね。湊華恋です。よろしくお願いします」
「あらあら。丁寧にありがとう。あ、まだ自己紹介してなかったね。
「よろしくお願いします……。ってあれ? ヒメジマアイ……?」
「私の名前に何かあった?」
キョトンとしているけど……。この人絶対に見たことある。この顔、この声。間違いない。私の大好きな歌手のアイじゃん。普通にCDとかいっぱいだしてて有名な人じゃない?
「歌とか歌ってます……?」
「あ、バレちゃった?」
やっぱりそうじゃん! ヤバい! 「どなたですか?」とかめっちゃ失礼な事言っちゃった! 画面越しに見るのと全く変わんないじゃん! どうして気づかなかったんだ私!
「ファンです! CD持ってます!」
「え、本当に? 嬉しいな」
「私からしたらこうやって会話できることがもう幸せなんですけど」
こんな事あるんだ! 同じ高校に大好きな歌手が、それも目の前に!
「ふふ、ありがとう。でもね――」
そう言ってアイ先輩は少し視線を下に遣った。
「でも……?」
「でもね、ここにいる間は歌手のアイじゃなくて、高校生の姫島愛として接して欲しいかな」
アイ先輩はとても悲しげな表情をしていた。
「……あ! ごめんなさい! 私、配慮が足りなかったですよね……」
ああ、こういうのって良くないんだ。
「いや、いいの。ただ、わたしはこれからカレンちゃんのただの先輩だから。いいね?」
「は、はい!」
許してもらえたらしい。良かった。これから気をつけないとね。
「あ、そうだ。話変わるんだけど、カレンちゃんに聞きたいことがあって」
「どうしました?」
私に聞きたいこと?
「ユズカはちゃんとやってる?」
部長の事か。
「ちゃんと?」
「うん。部長らしくできてるのかなって」
「まだ数日ですけど、優しくて良い部長だと思いますよ?」
「それなら良かった!」
アイ先輩は顔をパッと明るくさせた。人の心配をしたり、その人の良い噂を聞いて安心したり。まるでお母さんみたいだ。
「本当はわたしも初日から部活に参加したかったんだけどね……ちょっと色々あってー……」
多分仕事かな。言わないけど。
「これからはブ活に来てくれるんですか?」
「できるだけね。ほら、体調不良とかあるからさ」
アイ先輩は「体調不良」という言葉を強く言った。多分仕事なんだろうなぁ……。言わないけどね!
「何も無ければ来てくれるっていう事ですね!」
「うん。これからよろしくね」
「はい!」
ゆるふわ部の放課後ラブリーデイズ!!! 時雨澪 @shimotsuki0723
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