1.ゆるふわ部って何だろうね……
部屋に入ると、教室でもよく見る机が四つ、向かい合わせに置かれていた。ただ、それだけではなく、南京錠のかかった棚に大きめのテレビ、長めのソファーと、普通の部活ではまるで使わなさそうなものが大量に置いてある。
「改めまして、ゆるふわ部にようこそ! アタシが部長の羽衣柚香! よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします」
「もう、そんな緊張しなくていいのに。ほら、好きなところに座っていいよ。ゆっくりくつろいでね」
「わかりました」
部長がそう言うので、入口から一番近い机の椅子に座ることにした。
「荷物重かったでしょ?」
「え?」
部長は私の荷物を軽々と持って、私から少し離れた所に置いた。もう逃げられない。
「アタシも座ろっと」
部長は私の真向かいに座る。綺麗な瞳が私を真っ直ぐ見つめてくる。窓から入るそよ風でポニーテールがさらさらと揺れる。
部長はただ私を見ている。時々ふと視線を外したかと思うと、また見てくる。
何されるんだろう。何させられるんだろう。身構えてはいるけど、何も無いまま時間だけが過ぎていく。
「あの……何も話さないんですか?」
「えっ?」
「いや、あの、ずっとこっち見てるから……」
「ああ、ごめんごめん。えっと、ほら、見学とはいえ、こうやって新しい子はどうやって接したらいいのかわかんなくて」
部長は目をぐるぐるさせてあたふたしていた。
「え、えっと。私別に珍獣とかじゃ無いですよ。普通に人相応の対応をしていただければそれで別に……」
「お、お茶とか出したほうが良い?」
「いやーそこまでは……。お気遣いなく」
ここは茶道部では無いよね?
「え、じゃあ何しよう」
新入生に対するレパートリーがお茶オンリーなの尖ってるなあ。
「あ、あの。とりあえずゆるふわ部がどういう部活動なのかっていうのを聞きたいんですけど……」
「あー、確かに!」
部活説明すら頭から抜け落ちてたの?!
「えーっと、ゆるふわ部は毎日放課後にここの部室で活動しているの」
――それだけ?
「えっと、他には?」
「他? 何か言う事あるかな……。ユズカちゃんは何が聞きたい?」
「え? そうですねー活動内容とかですかね」
まさか逆に聞かれるとは思わなかった。
「活動内容かー」
部長は腕を組んで悩んだ。どうして? そんなに難しい事聞いたかな。
「うん。『特に無し』かな」
部長はそう言い切った。
「え?」
特に無し? 部活なのに?
「何もしないんですか?」
「いや、そういう訳では無いの」
部長は首を振る。
「じゃあ活動内容が無いのは……」
「一貫した活動が無いみたいな?」
「一貫した活動がない?」
部活ってそういうのだったっけ。
「活動内容はその日のノリというか、気分というか……とりあえず決まってないんだよね」
「ああー……」
ゆるふわって活動内容がゆるくてふわふわって事? いや違うよね。
「ねえ、カレンちゃんお菓子食べる?」
謎の部活に困惑していると、部長が唐突にどこからかポテチの袋を取り出して、思い切り開けてしまった。
「えっ?」
私の困惑など関係ないのか、そのままポテチを一枚食べてしまった。
そんないきなりお菓子食べ始めることある?
「あ、もしかしてポテチ好きじゃない?」
「お菓子なら何でも好きですけど」
袋の口がこちらを向いていたので、ありがたく一枚もらった。
「お、カレンちゃんはゆるふわ部に対する素質があるねえ」
「素質?」
今の所素質が必要な部分は感じられないけど。
「そう、素質。こうやってなんでもその場の流れに身を任せられる素質」
「そうですかね……」
お菓子食べただけで過剰評価されちゃった。
「ゆるふわ部にぴったりだと思うよ?」
「これがぴったりなんてこの部活はいつも何してるんですか」
「お菓子食べたりお喋りしたりゲームしたり……」
やっぱり活動内容がゆるくてふわふわじゃん。
「ゆるふわ部って何の部活なんですか?」
「ゆるふわ部って何だろうね……」
「えっ?」
部長は軽く答えた。活動内容はそんなに重要じゃないのかな。
いやいや、部長が答えられないんじゃダメでしょ。
「一応、『社会に出たときに人間関係の円滑な構築』的なことを言えって先輩からアドバイスを貰った記憶があるような気がする」
部長の視線が空を泳ぐ。
それはもう何も言われていないに等しいんじゃないかな。
「ちょっ、そんな顔しないでよ。確かに怪しく見えるかもしれないけど、アタシは本当にカレンちゃんに入部してほしいの!」
部長は机から身を乗り出す。
こんなに入って欲しいって言われると悪い気はしないんだよね……。
「その気持ちは嬉しいんですけど……」
「けど?」
「この部活、大丈夫かなって」
活動内容といい、パンフレットに載ってないところといい、少し怪しいところはある。
「あー、部活としてって事?」
「はい」
「その点なら大丈夫だよ」
部長は自信満々な顔をしている。
「大丈夫なんですか?」
「うん。だってパンフレットに載ってないのは、アタシが顧問の先生に載せないでってお願いしたからね」
「そ、そうなんですか?」
顧問の先生居るんだ。意外。
「うん。名前が名前だし、活動内容も定まってないからね。なんというか……沢山の人に来てもらうというより、こっちから勧誘して少数で活動するほうが良いかなって」
「そうなんですね。……ん? どうして私が誘われたんですか?」
部長はキョトンとした。
「え、言ったじゃん。可愛いねって」
「……え、それだけですか?」
可愛いってだけで誘われたの? そもそも私、自分にそんな自信無いけど……。
「それだけって、可愛さだって大事な要素だよ?」
「そうですかね」
「絶対大事だよ!」
そっか……。
「どう? 入る気になった? というか入って?」
部長は上目遣いで言ってくる。
「ちょっ、ちょっと考えさせてください」
ここで迷っちゃう辺りやっぱり優柔不断なのかな。いやいや、部活決めだから。慎重になって当然でしょ。
「じゃあ仮入部って事で!」
部長は笑顔でそう言った。結構部長はグイグイくるタイプなのかもしれない。
「仮入部?」
「そう、仮入部。カレンちゃんがこの部活に入って一週間くらい様子見してみるの。それで雰囲気を見て、入るか決めれば良いんじゃないかな?」
なるほど。そういうのがあるんだ。
「じゃあそうしようかな……」
「よし、決まり! アタシ、カレンちゃんの仮入部の間に、ゆるふわ部が無いと生きていけない体にしてあげる!」
え、こわ……。
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