第3話 腹黒王子は可愛い悪役令嬢に夢中

◇◇◇


 ミレーユはアンリの怖い笑顔に怯えつつたどたどしい言葉で今までのことを白状した。ここが乙女ゲームの世界であること。ヒロインが別にいてアンリはそのヒロインの攻略対象者であること。どのルートを選んだとしてもミレーユが邪魔者としてアンリに殺されてしまうことを。


「ふーん?面白い話だね」


  前世の話を意外とすんなり受け入れられてどこか気が抜けた。もっと、夢や妄言だと思われるかと思っていたからだ。だから、ずっと気になっていたヒロインの話を思いきって聞いてみることにした。


「えっと、もうヒロインさんはアンリにーさまと出会ってるはずなんです」


「名前は?」


「バレン男爵家の庶子として16歳で引き取られた……」


  ミレーユが言い終わらないうちに、アンリはある人物を思い出した。


「ああ、あの女か」


「ご、ご存知ですか?」


「ああ知ってる。最近学園内でやけに目につくとは思ってた」


  目につくと言う言葉にびくりと体が震える。このゲームのヒロインは誰もが愛さずにいられない絶世の美少女だからだ。


「やっ、やっぱりその人に心を奪われてっ」


  顔色を変えたミレーユにアンリは思わず苦笑する。


「違う違う、頭が空っぽで下品な女だよ。あんなの好きになるなんて有り得ない」


「え、可愛らしい人では?」


「全然?」


(どういうことなの……)


  頭を抱えるミレーユをアンリはそっと抱き締めた。


「ミレーユはなにも心配しなくていいんだよ?」


「アンリにーさま……」


 ♢♢♢


 アンリはミレーユを優しく抱きしめながらこれからのことを考えていた。まずはミレーユを不安にさせるあの女の存在をミレーユが学園に入学する前に消さなければならない。


 ずいぶん男好きな女のようだから適当な男をあてがって亡命させればいいだろう。この国には二度と立ち入れないように入国禁止処分にしよう。


 アンリはミレーユを幼いときから愛していた。乙女ゲームの悪役令嬢であるミレーユはテンプレどうりなら鼻持ちならない傲慢女だが、中身が変われば性格も変わる。


 転生したミレーユは完璧な外見をもちながら明るく素直で優しい少女だった。ちょっとドジでおっちょこちょいなところも微笑ましくて可愛い。公爵令嬢でありながら屋敷に侵入してきた子猫を内緒で飼ったり、街で見かけた孤児の子供を何人も公爵家で保護したりしていることも知っている。


 先日は転んで頭を打ったと聞いて慌てて駆けつけたら、散歩中年老いた庭師が重い肥料の袋を持っているのを見て、思わず自分が持とうとして手を出したらしい。いざ持とうとしてあまりの重さに転んでしまったとか。


 こうしたエピソードのひとつひとつがアンリにとって実にツボだった。おばか可愛い婚約者は見ていて可愛いし飽きない。小さい頃から猫可愛がりするアンリのことを「アンリにーさま」と呼ぶのも可愛い。結婚後自分が優しい兄の殻を脱ぎ捨て、本能のままに愛したとき、どれほど驚き戸惑うだろうと想像するのもまた楽しかった。


 それなのにだ。「アンリ様」と初めて呼ばれたその日に婚約破棄を申し出られるとは夢にも思わなかった。計画がだいなしである。ミレーユには自分なしではいられないほど時間をかけてじっくり落としてきたというのに。


「僕はミレーユを心から愛しているよ。だから婚約破棄なんて言わないでおくれ。ショックでどうにかなってしまいそうだ」


「ひっ……」


「わかったね?」


「は、はい……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る