第2話 思い出した前世の記憶
◇◇◇
ミレーユは先日庭で転けて頭を打った拍子に前世の記憶を思い出した。そして今生きている世界が、前世プレイしたことのある乙女ゲームの世界であることを知ったのだ。
アルサイト公爵令嬢ミレーユ=ド=ラ=アルサイト。この乙女ゲームの悪役令嬢にして、バッドエンドしかない可哀想な当て馬令嬢。それが転生したミレーユの役どころだ。
そしてこのまま婚約を続行すれば、本来結婚式をあげる予定だった18才の誕生日に、ミレーユは死んでしまう。理由は簡単。ヒロインに心を奪われたアンリから結婚式直前に教会のてっぺんから突き落とされるのだ。
そう、ここはげに恐ろしきヤンデレ系乙女ゲームの世界。自分の恋のためには他人を蹴落とすことはおろか、命を奪うことさえなんとも思っていないような
この乙女ゲームに転生したと知ったとき、ミレーユは泣いた。プレイしたことある数ある乙女ゲームのなかでなぜよりにもよってこのゲームに転生したのかと。
普通の乙女ゲームに飽きて手を出した完全なる色物物件。ああでも、これが今のミレーユの現実世界なのだ。
アンリとは、アンリ5歳、ミレーユが3歳のときに婚約を結んだ。幼いうちはまだお互いに婚約者などわかるわけもなく、実の兄と妹のように仲むつまじく過ごしてきた。
14歳になった今では、大好きな兄的存在であり、初恋の相手であり、将来の結婚相手として疑うこともなく純粋な愛情を捧げていた。
正直、アンリから殺されるなんて想像もつかない。でも、だからこそ恐ろしい。
「アンリ様、アンリにーさまは、私のことをいつかきっと邪魔に思うときがくるからです」
本当は優しいアンリがそんなことするなんて信じたくない。だが、ゲームを題材にした転生ものには強制力があると聞く。いつその強制力が働くかわからないのだ。
「僕が?ミレーユを?有り得ないね」
今は優しくても。その優しさはヒロインのものなのだ。
「有り得るのですっ!他に好きな人ができたら、私のことをゴミみたいに捨てるんです!」
想像するだけで泣けてくる。
「ミレーユには僕がそんな男に見えるの?」
それでも悲しそうな顔をするアンリを前にすると、罪悪感で胸がはちきれそうになる。でも、これはアンリのためでもあるのだ。このまま婚約を続けてしまえば、アンリは殺人者になってしまうのだから。
「アンリにーさまは私を殺したいくらい憎むんです!」
そう言い切ると、ミレーユはアンリをキッと睨み付ける。しかし、次の瞬間死ぬほど後悔した。
「……そうだね?殺したいくらい憎むかもしれないね?」
やっぱり!やっぱり殺す気だったんだっ!
「ひっ……」
思わず逃げ出そうとしたミレーユだが、
「だって、こんなにミレーユのことを愛してるのに僕を捨てるんでしょ?」
続いた言葉はミレーユへの愛の言葉だった。
「ち、ちがっ、アンリにーさまが私のことを捨てるんです」
断じてミレーユが捨てるのではない。だがアンリも譲らなかった。
「そんなこと有り得ないって言ってる」
「で、でもっ!」
なおもいいつのるミレーユに、アンリの中で辛うじて保っている細い糸がプツリと切れた。そして、にっこり微笑むと信じられないような台詞を口にした。
「じゃあ、今すぐ選んで?今僕を捨てて殺されるのと将来僕に殺されるのとどっちがいい?」
「どっちも死ぬじゃないですかっ!」
間髪いれずに言い返すミレーユ。
「ミレーユの言うとおりだったらそうなるね?でも僕はこの先ミレーユのことを殺す気なんてないよ?愛してるからね」
アンリがゆっくりとミレーユの手を握る。真剣な眼差しは嘘を付いているようには見えない。
「ほ、ほ、本当に?」
思わず声が震える。
「本当に」
「私のこと愛してる?」
「愛してるよ」
もう、それだけでいいと思った。今こんなに愛されているのなら。いつか塔のてっぺんから落とされたって。だってミレーユもアンリが好きだから。
「アンリにーさまぁぁぁ!」
「よしよし。ミレーユはおばかで本当に可愛いね?」
「ば、ばか……」
「馬鹿だよ。だって僕は君以外を愛すことなんてないからね。でも、君が僕を拒むなら……」
「こ、こ、拒みませんっ!私はアンリにーさまを愛してます!」
「そう。愛してるよミレーユ。ところでさっきの話、もっと詳しく教えてくれる?なんで突然あんなことを言い出したのかな?」
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