第5話 逃亡

「30分経ったぞ」


 オレイユが叫ぶ。


「よく分かったな。俺には分からないぞ」


「えっ?時計が見えるだろ?」


「何を言っているんだ。時計なんて屋敷の中か、指揮官の馬車にしかないだろ?もしかしてくすねていたのか?」


「皆には見えないのか。その話は後にしよう。それよりも今はこの場を離脱しよう。足止めをしたとはいえ、奴らが来るのは時間の問題だからね。兎に角命ぜられた時間は間違いなく過ぎたから、もう俺達の兵役は終わったんだ。兵役紋も消えてるしな」


「で、これからどうすんだよ?」


 駆け足で進みながら喋っていた。


「おい、ランバート、君は貴族か王族だろ?」


「オレイユ、君は流石に聡いね。そうだよ僕は第6皇位継承者だよ。まず間違いなく兄達の誰かが僕を始末させる為に兵役に就かせていたんだよ。因みにロンは僕の従者だよ。」


 ある程度進みながら必要な話をしていた。木を見掛けるとオレイユは歩みを止め、ウインドカッターで切り倒して道を塞いで行く。今は命令ではなく、自らの命を賭けて逃げているからなりふり構ってはいられないのだ。


 先ずは国境を目指す事になった。オレイユはランバートに任せるしかなかった。地理や情勢に疎いのと、そういった事を知る機会が無かったからだ。


 今いる所は3つの国が絡み合い、3つの国の国境がすぐ近くにあるような所だと言う。但し今は戦争中の敵国である帝国領にいる。もう一つの国は自由貿易の国で、基本的に中立の国だ。


 選択肢は2つだ。一つは共和国に帰る。もう一つは自由貿易国に向かう。この国に留まり潜伏する気は全くない。敵国の兵士だったとバレルと厄介だ。




 共和国に戻るのはリスキーだ。ランバートがボソッと言った事に有る。政争に否応なしに巻き込まれる可能性が高いからだ。例えば恋人が出来た場合、愛し合っている時につい喋ったり、寝言、訛りや仕草からバレ兼ねないと言っていたのだ。


 自由貿易国については魔法国家でもあり、オレイユはランバートに予め兵役が終わった後に行く事を勧められていた。


 オレイユが魔法を使え、異世界から来たらしいと分かった時に言われていたのだ。

 恐らく異世界から来た時の影響から記憶を亡くしているから、記憶を取り戻す手掛かりがあるとしたらそこだろうとなったのだ。少なくとも何かしらの助言を得られるだろうと。


 行く宛もないし、売られたあの街の領主には会いたくもない。また、兵役が終わっているにも関わらず、生存している事を知られると刺客を差し向けられ兼ねないからだ。


 それはともかくとして、今は撤退戦の最中だったが1時間位駆けた所に分岐路に辿り着いた。

 自由貿易国に向かう道が有るのだ。

 まずはそちらに入り、追撃を躱す事にした。


 そして国境を超えてから身の振り方を考える必要が有った。


 分岐路を進んで10分で一度茂みに入り、皆装備を外した。

 兵士の身分を隠す為には、特に支給されている鎖帷子が邪魔だった。歩兵への標準支給品で、冒険者ですと言っても鎖帷子で身元がバレる可能性が高いのだ。


 普通の服や皮鎧に急ぎ着替え、装備はオレイユの収納に入れた。


 4人は驚き、言葉を無くしていた。


 急ぎ自分が異世界からの迷い人としか思えないと話し、収納持ちの為まず間違いないとランバートが付け足していた。


 剣は仕方が無かったが、防具から兵士だとは分からなくした。


 正式に国境を越えるのには身分証が無く、通過させて貰うのは困難を極める。その為に危険を承知で山を越え、密入国をする事にしたのだ。困難ではなく、ランバートは絶対に通してくれないと言い切っていた。また、追手に追いつかれるリスクが高すぎるからとの選択でもあった。


 着替えをしている間に呼び名を皆が伝えあっていた。全員本名を名乗ったのだ。兵役時の名前は苦痛でしかないからだ。


 また、4人組も兜を脱いだので顔が分かった。実は鎧には小隊の番号及び小隊内での番号が刻まれていて、上官はその番号で呼んでいたのだ。


 一気にこの人数のフルネームを覚えるのは難しいとなり、ファミリーネームは落ち着いてからとなった。


 隊での名前・本名の順になる。


 オレイユ・フォルクス

 ロン・バイエル

 リュック・べソン

 ランバート・ジャニス


 4人組

 ビンセント 4人のリーダーでスキンヘッド


 ロバート 元冒険者で何もかも平均的


 ハイラン フォルクスよりは小さいが、170cmとこの世界では長身な猪突猛進型

 バルド 小柄で慎重タイプ。刈り上げで敏捷性に長ける。


 因みにべソンは一言べソンとしか言わず、相変わらず喋らない奴だったが、フォルクスと一番仲の良いのが無口なべソンだ。


 そして練習用の皮鎧に着替え終わると、収納から出した食料をかじり腹を満たした。少しの休憩の後、街道を外れ魔物が闊歩する山道に入るのであった。


 街道を外れ道なき道を征く。

 先頭はフォルクス、殿をべソンが努めていた。


 森の中を駆けていたが、長剣だと木が邪魔で思うように戦えない為、短剣を手にして進む。兵士への標準支給品はロングソードだ。


 森に入る事10分、早速魔物が現れた。


 フォルクス以外は魔物がどういう奴等なのかを分かっていたが、フォルクスは知らなかった。そう初めて見たのだ。今回出た魔物は角の生えた獣だった。

 単純な強さはフォルクスの方が上だった。魔法であっさりと切り裂いたからだ。


 そしてロバートが死体から何やら石のような物を取り出していた。


 そうやって危険地域を進む。道なき道を征く為、歩みが遅い。


 道中一度だったが、野営をする為に野営に適した平坦な所を探し出し、テントを張り野営の準備をした。野営自体は訓練で経験済みであり、特に問題はなかった。


 軍隊仕様のテントには魔物が嫌う匂い袋が用意されていて、匂いを我慢すれば問題はない。


 見張りの順番を決め、二人一組で見張りをした。フォルクスは一番最初だ。今はフォルクスの魔法が頼りなので一番楽な最初に見張りをして貰う事になった。


 魔法頼みになって行ったのは、皆が持つ軍の標準品の剣では強度が足りず、刃こぼれが激しかったからだ。ストックにも限りが有り、何度も戦えないからだ。


 魔物避けのストックはまだ2日分位は有るが、どうしても偶然の遭遇戦が有る。実際オークと呼ばれる二足歩行をする豚顔の魔物の群れと遭遇してしまい、乱戦になった。どうやら群れのリーダーに上位種であるナイトかジェネラル級がいたようだ。フォルクスが相手をしたが、剣ではまるで歯が立たなかった。剣で戦っている最中に剣を折られてしまい、その時に額に傷を貰ったが、辛うじて魔法で倒した。


 やはり皆で魔石を抜き取っていた。この時は上位種は手を付けず、丸々収納に入れておいた。また、野営した時は倒したオークの肉を捌いて焼き肉をした。まんま豚肉の味なのでフォルクスは驚いていた。魔石を抜いた後は死体を収納に入れ、街に着いたら売る事にしていた。肉は美味しく需要が高いそうだ。


 また、上位種の持っていた剣は業物で、戦利品としてしっかり回収し、フォルクスが使う事にした。所謂ブロードソードの一種で、ロングソードより少し短いが、冒険者が好む長さだそうだ。フォルクスの愛剣は上位種との戦いで折られたからこの剣を帯剣する。


 額の傷は回復ポーションと、薬草によりほぼ治った。質が良くなく、薄っすらと傷跡が残ってしまった。幸い前髪を垂らせばまず見えない位置だった。


 野営中は特に何もなく、翌日の昼には目的の自由都市領に入ったのであった。魔物よけ様々だった。

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