3.おかえりなさいませ、篠式さゆり首領
気がついた瞬間、サキはおもむろにしゃがみこんだ。腰を下ろす勢いのまま大の字に寝転んだ。ああ、何という開放感、何という充足感。サキは満たされる気持ちでいっぱいだった。
とにかく、息の詰まる世界だった。頑なに規律を求めて、それを他人にも押し付けようとする。押し付けがましさを極めたような場所。
それがどうだろう、ここは何も縛るものがなかった。何をしても咎められなければ、臣下に口うるさく言われることもない。
「お帰りなさいませ、篠式さゆり首領」
ただ、使用人のふりをした管理者がいるだけだ。
「ただいま、リタ」
「サキ様、大丈夫ですか。その、今回の最期も恐ろしいものに思えたのですが」
「前の釜揚げに比べたら楽勝楽勝。確かに最初の数秒はエグい痛みだったけれど、それで終わりだったし。何より自分で覚悟を決めるわけだからね、スタンスが違う。さすが切腹」
「私にはその感覚が分からないです」
「分からなくていいことなんて山ほどあるの。それで、どうだった? 介錯はちゃんと抱き首になっていた?」
「私は見ていられなかったのでちゃんとは見ていなかったですが、首は転がらず、体が前のめりに倒れたようでした」
「そう、ならうまいことやってくれたのね。さすが『ウチで一番』のお点前」
サキはいつになく気分が良かった。いろいろなピースがきれいにはまってゆくような感覚がずっと体を巡っている。悪役人生を繰り返してこの方、初めての余韻だった。
多分、悪役としては落第点な人生だったのだろう。
腕を振りかぶりその勢いで半身を起こした。
「やっぱり、リタの表情を見る分にはあまり満足できる結果ではなかったようね」
「いえ、そのようなことは。前回があまりにもむごかったので、今回は成果なんて考えていませんでした」
「私はちゃんと悪役していたと思うけれどなあ。商売街でのし上がって国を裏から支配するところまでやったし、結局最期は切腹を許されたわけだし」
「今回の目標はサキ様が一生を全うできること。これが達せられただけで十分です」
ソファーに腰掛けるサキは、タブレットで動画配信サイトにアクセスする。
「そういう目標ならだめじゃない? 確かに歴代最高齢だったけれど、私切腹したよ」
「……私は少し迷い始めてしまっています。このままサキ様に頼っていてよいのか。本当なら私がやらなければならないことなのに、私が至らないがためにこんなお願いをしてしまって」
「今更言うのそれ? 何百年も前にその話は決着ついていたはず」
「だって、あんなのを見せられてしまったら」
サキがタブレットからリタの方へと振り返った。いつとんでもないことをしでかしてもおかしくないような表情の管理人がいた。矢面に立ってやられまくっているサキよりも先にやられてしまっているように見えた。
サキは自分の隣を叩いた。リタの目が動く。
「リタ、一緒に動画を見ようよ。しばらくはここにいていいでしょ? ほら、使用人みたいに控える必要ないから。ねえ、お願い」
「しかし」
「そうだ、お酒も用意できない? 一緒に飲んではっちゃけましょう」
「……分かりました」
リタがようやく歩き始めてくれた。
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