1.おかえりなさいませ、レイス・アン・トーパーチ公爵令嬢
部屋の内装のぼんやりとした様子を目の当たりにして、サキは今回の『首はね』が上出来だったことを理解した。
サキ――レイス・アン・トーパーチ。ある国の公爵のもとに生まれ、公爵の野望の元、あの手この手を尽くした結果、広場で首を落とされた。
はっきりと何が起きたかを記憶している上、意識を取り戻した瞬間冷静に周りを見えているということは、一瞬の内に、かつ、きれいに首が落とされたということである。
「おかえりなさいませ、レイス・アン・トーパーチ公爵令嬢」
「リタ、ただいま」
「サキ様、もうそのような返事ができるのであれば大丈夫そうですね。今回は首をはねられたんでしたっけ」
「ええ、大人の男よりも大きな斧で。よい処刑人でしたね。腕も確かだし、斧もちゃんと研いで磨いてあった」
「さながら処刑評論家のような口ぶり」
「しょうがないじゃない。嫌と言うほど処刑されてきたのだから」
サキは部屋の真ん中のソファに座るなりごろんと横たわる。スカートがめくれようとも気にかけることもなかった。どうせこの場にいるのはリタだけで、リタ以外に誰かが来ることなんてないのだから。
さて、ここはリタの所有する一室なのだが、サキがおもむろに手にしたものはこの部屋の雰囲気を完全に壊していた。どう考えても異物なそれは実際、リタのためのものではなかった。
サキのタブレット端末。リタに言わせれば『少し前時代的なインターフェース』らしいが、サキにとってはちょうどよかった。一度リタの現代的インターフェースというものを試したことがあったが、この部屋で人生が終わってしまいそうだった。サキの頭では処理しきれなかった。
サキは電子書籍のアプリをタップした。やはりタップ操作は直感的でわかりやすい。
「それで、レイスが死んでからどれだけ経ったのかしら」
「十八年です」
「だとしたら、いろいろと代替わりしているでしょう。王様もそろそろじゃないかしら」
「いえ、王バートンはトーパーチ一族を処罰した後にさっさと隠居しましたよ。どうもトーパーチ一族がつけあがった原因として責任を感じたらしくて」
「あら、それは残念。まあ、小物だったものね」
「今は息子のアルルが引き継いで、貴族間のパワーバランスを調整しているようです。良くも悪くも内戦などもありまして、軌道に乗り始めたのはつい数年前ですけれど」
「待って、アルルってあの? たしか、あの子ドレス着ていたけれど……もしかして男なのにドレス着て舞踏会に?」
「いえ、性別を変えられたそうで。サキ様の知っているアルルは間違いなく女の子でした」
「あの国、そんな秘術を隠していたのね」
サキは電子書籍の購入ページにて十冊目の購入ボタンを押そうとしていた。
口でこそ興味があるような素振りだったものの、内心はどうでもよかった。この場で関心のある電子書籍を読もうとしているサキはいわば出がらし、一旦のお勤めを終えた状態だった。二人がしているのは戦後評価のようなもの、サキの悪役ぶりで世界がどう『変化したか』を確認するものである。
と言っても、サキの仕事はすでに終わっているのである。リタに指定された転生先で世界をかき回す。ろくでもない人生の終わり方をしているなら大体オッケーという感覚だった。
むしろこの会話はリタのためのものである。サキに対する負い目がリタの説明を長くする。サキが「やーめた」と言い出すのが怖くて、必死にサキの行いが世界にどうよい変化をもたらしたかを伝えるのである。
満足な人生を送らせない代わりに、世界を管理する側の立場にさせるなんて割に合わない。次の人生に進むまでの間は好き勝手やってもよい、としてもだ。
タブレットの画面からリタの目に視線を移した。冷静を装うその顔、幾度となく目にしているサキは知っている。リタは必死だった。
視線を戻し十二冊目の購入ボタンを押した。
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