7.聖夜の奇跡

 『やっちまった』


 その時の私の想いを簡潔に言い表せば、その一言で足りるでしょう。


 長年友誼を重ねてきた友人とベッド身体を重ねてしまい──しかも、満更嫌ではないどころか、激しく突かれて思い切りよがり乱れ、何度となく快楽の頂きに連れていかれた後、彼の腕枕で満ち足りた気分に浸っていたところで、ふと我に返ったのです。


 自分が、本当は何者であるのかを自覚して。


 そう、私は、本物の久賀小夜子ではありません。

 不思議極まりないことですが、サンタクロースが娘の美代子の願いに応えた結果、一時的に小夜子の立場を与えられた、“久賀孝太郎”なのです。


 ──たとえ、そのことを自覚した今になっても、自分が男であるという実感が一向に湧いてこないとしても。

 むしろ、彼のモノを受け入れた結果、体内にその“愛の証”を放たれたことを、嬉しいとさえ感じているのです。


 嗚呼、一年間の女性暮らしで、私はすっかり女性という立場に染まりきってしまったのでしょうか?


 ──けれど、それも今夜でお終いなのです。

 サンタクロースは、期限は一年だと明言していました。

 たとえ、どれだけ彼を愛しいと感じても、夜が明ければ、私は小夜子から孝太郎の立場に戻り、ロイ──ロジャーとの関係も友人同士に戻るのですから。


 「どうしたの?」


 彼が、心配そうな視線を私に向けてきます。


 「ううん、なんでもないの」


 ならば、せめて今だけは……と、私は今度は自分から彼の胸に身を委ね、口づけをねだるのでした。


  * * *


 何度かの交わりの末、精根尽きて眠りに落ちた私が目を覚ました時、まだ辺りは薄暗く、枕元の時計は、午前5時5分前を指していました。

 傍らには、ロイが半裸のまま眠っています。


 「もしかして、立場が元に戻れば昨日の情事もなかったコトになるのでは」という私の希望的観測は、どうやら外れてしまったようです。


 (さて、彼が目を覚ましたら、どう説明したものかしら)


 私は物憂げに髪をかき上げ──それが、未だ背中を覆うほど長いことに気付きました。


 (え? どうして……)


 反射的に起き上がり、ベッド脇の鏡を見たところ、自らの外見に、昨日と変わってるところは見受けられませんでした。むしろ、思う存分可愛がられて満ち足りた女の貌を……って、それはともかく!


 もしかして、サンタが言う「1年」というのはクリスマス当日である今日も含めてのことなのでしょうか?

 もしそうなら、少しだけ嬉しく、そして残酷です。

 彼との思い出を重ねるほど、それを無くしたときの悲しみが募るでしょうから。


 しかし、その時、見覚えのあるクリスマスカードが鏡台に置かれていることに気付きました。


 「これは……」


 意を決して、再びソレを手に取ります。


 案の定、例のサンタクロースからの“メッセージ”が脳裡に聞こえてきました。


 『こんなコトは前代未聞──とは言わないまでも、百年に一度あるかないかという珍事なのじゃが……。

 厳正なる抽選の結果、お主の娘の美代子ちゃんが、今年もわしらの“プレゼント先”に選ばれた』


 ……へ?


 『無論、あの子はすでにママとしてのお前さんとの暮らしを満喫しておるのだから、今年も「ママが欲しい」と願ったわけではないぞ。今年の願いはこうじゃ。

 『サスケおじさんに、パパになってほしい』

 わしらサンタとしては、可能な限り願い事を叶えてやらんわけにはいかん』


 えっと……つまり……。


 『ああ、心配せんでも、その男性がお主に対して、そしてお主が彼に対して、抱いておる想いは本物じゃ。ソコに手を加えるほどワシらも無粋ではないからの。

 ただ……昨夜は、すこ~しだけ、その男性の自制心と、お主の欲望のタガを緩めた。なに、酒を飲ませてハメを外させるのと同程度の、軽い誘導じゃよ』


 そ、そう。それじゃあ、アレはあの人の本心で間違いないのね。


 『結論から言おう。お主の横で寝ておる男性は、目を覚ましたらお主にプロポーズをするじゃろう。

 それを受けろ、とワシらが強制するワケにはいかぬが──少なくとも美代子ちゃんは、賛成というかソレを望んでおる。じゃから……』


 だから……?


 『うむ。このまま“久賀小夜子”の立場を続けてみんかね? そして、もしお主に異論がなければ、今度は一年と言わず、一生ずっと』


 !!


 『もし、それが嫌なら、このカードを引き裂いて燃やすがエエ。しかし、そのままでいたいと願うなら、大切に保管しておくように』


 ──私は、一瞬の躊躇いもなく、タンスの奥の螺鈿細工の文箱に丁寧にそのカードを仕舞ったうえで、ベッドで眠る彼の隣に再び潜り込んだのでした。

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