6.I'm Just a Woman Fallin' Love
さて、頭の片隅でそんな追想にフケりつつも、手はキチンと動かして、私は次々にパーティー用の料理を作り上げます。
この日のために、11月頃から暇を見つけてはお料理の本などを見て、色々試行錯誤していたおかげか、幸いにして娘の友人達にも私の作った料理は好評を得ることができました。
やがて、夕方6時になり冬場で暗くなるのでパーティーはいったんお開きです。
子供達を送りだしたのと入れ違いに、今夜最後の招待客──ロジャーが我が家を訪れました。
「ほ、本日はお招きいたただき、誠に……」
こんな風に正式に“ご招待”したのは初めてなせいか、柄にもなく随分緊張しているようです。
私はクスリと微笑って、ガチガチになった彼の手から、著名なパティシエールが手掛けた、数ヵ月前から予約が必要なはずのクリスマスケーキを受け取り、リビングに招き入れました。
「あ、サスケおじさんだ! メリークリスマス!」
「あ、ああ、美代子ちゃん、メリークリスマス」
無邪気な娘のおかげで、どうやら彼も幾分いつもの調子を取り戻したようです。
ケーキを切って(さすがにこの大きさのホールを三等分するのは無謀なので、8分の1程度ですが)、シャンパン(美代子はシャンメリー)で乾杯し、しばらく談笑したところで、パーティーではしゃいだ疲れが出たのか、美代子が船を漕ぎ始めました。
起こさないように慎重に抱き上げて、娘の寝室へ運び、そのまま寝かしつけてリビングに戻ると、ロジャーがなぜかテーブルから立ちあがったまま、真面目な顔で私を待ち受けていました。
「? あら、もう帰るの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「いや、そうじゃない……その、小夜子さん、大事な話があるんだ」
「え……?」
びっくりして反射的に聞き返したものの、真剣なロジャーの目を見た瞬間、私には彼が何を話すつもりなのか、おおよそ見当がついてしまいました。
「僕は、もしかしたら、親友に対してとんでもなく卑怯な真似をしているのかもしれない。
でも、もうこの気持ちが抑えきれないんだ」
迂闊でした。
彼が──ロジャーがまさか、久賀小夜子に想いを寄せるようになるなんて!
本当は“孝太郎”である私にとっては、彼は高校時代からの一番の友人で、家族に準じるとも言える存在でした。
そして、それは小夜子にとっても同様で、夫の親友で、自分も高校時代からよく知っている、気のおけない男友達、そのはずだったのです。
──そう、孝太郎と小夜子が共に生きていた頃は。
小夜子が亡くなって以降も、“孝太郎”とロジャーの友誼に変わりが無かったため、私は勘違いしていたのです──あるいは、そのコトに気付かないフリをしていたのかもしれません。
ロジャーが、少しずつ小夜子を愛するようになっていることを。
いえ、実のところ、高校時代に出会った当初、彼が密かに小夜子に憧れていた事は、男同士の勘で薄々知っていました。
ですが、それ以前から私は小夜子とつきあいがあり、高校2年に上がった早々に告白して、正式に彼女と交際するようになりました。
そして、それ以後は、ロジャーが親友の恋人(あるいは妻)である小夜子に、不埒な視線を向けたことはない、と断言できます。
ですが──いまのこの世界の“設定”では、4年前に交通事故で亡くなったのは、小夜子ではなく孝太郎なのです!
ロジャーも最初は、気落ちする親友の妻を純粋に慰めるつもりだけだったのでしょうが、共に過ごすうちに、やはりかつての憧れの女性への想いは立ち切れなかったのかもしれません。
はてさて、いったいどうしたものか、と思い悩む私の肩を彼の手がグッと掴みます。
「小夜子さん、君のことが好き……いや、愛してるんだ!」
──きゅんっ♪
(えっ!?)
どうしたことでしょう。
今時、中学生でももうちょっと言葉を飾るだろうと思えるほど、ストレートと言うより稚拙と評してよいくらい生のままの感情をブツけてきた、彼の熱いまなざしを見た途端、胸がドキドキしてきました。
(そんな……いけないわ。私には夫が……)
な、なに、昼メロで浮気する主婦みたいなコトを脳内で口走ってるんですか、私は!
浮気──いえ、本来操を立てるべき私の伴侶は既に亡くなっていますし、ロジャーは独身なのですから、少なくとも浮気ではありませんね。
彼の事は、少なくとも友人としては嫌いではありません──というか、大変好ましい人物です。
(……ならば、「夫」としては?)
──ぽむっ!!
そう考えただけで、30代半ばのいい歳した女のクセして、恥ずかしさで脳味噌が沸騰しそうになりました。
真っ赤になって照れている私の様子に、脈ありと見たのか、ロジャーは私の肩をグイと抱き寄せます。
そしてそのまま、顔を近づけてくる彼。
反射的に私も、長身の彼を見上げるような姿勢で、目を閉じてしまいました。
(バカバカバカ、こんなのまるっきり受け入れ体勢じゃないですか!)
そう思い至った瞬間、私はロジャーに唇を奪われていました。
想いの伝わる優しくも熱い口づけに、私は自分の中の抵抗感が脆くも崩れていくのを感じました。
(ああ……ごめんなさい、アナタ……)
心の中で「誰か」にそう謝罪した後、私は彼の情熱的な抱擁に身を委ね、“お姫様抱っこ”の体勢で、寝室に運ばれていくのでした。
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