5.巡る季節

 さて、そんなこんなで、「小夜子」の立場になって以来、家の内外で、私は非常に充実した毎日を過ごすことができました。


 年末年始には短いながら休みを取って、実家(この場合は、小夜子の生家を指します)に美代子を連れて帰省しました。

 ──神社である「実家」で、まさか娘ともども巫女さんの手伝いをやらされるとは思いませんでしたけど 。


 というか、「子持ちの未亡人」が神職である巫女なんてやってもいいんでしょうか?


 「だーいじょーぶ、城島神社ウチのご祭神は安産祈願と子宝の神様だから♪」

 「月乃姉さん……そういう問題じゃないでしょう? もぅ」


 そもそも、私は、本来女ですらないのですから──私自身、夜にお風呂に入るまで失念してましたし、間違っても口外できませんけど。


 もっとも、私(正確には本物の小夜子)が子供のころに着ていたという小さな巫女装束を着せてもらった美代子は御機嫌ですし、それだけで私も「まぁ、いいかな」という気になってるのですけど。


 やがて、春が来て、美代子は4年生に進級ました。母親の欲目かもしれませんが、最近はちょっぴり大人っぽく、あるいは女らしく成長しつつある感があります。


 そしてこの頃になると、私自身、自分の本来の立場や性別を意識することは、もはやほとんどなくなっていました。


 あのカードが“告げた”通り、髭はおろか脛毛などの無駄毛は一切生えてきませんし、肌もキチンと化粧品などで手入れしているせいか、年齢の割には、柔らかさと艶のあるハリを保てていると自負してます。

 無論、お肌だけでなく、髪や爪の手入れも怠っていません。


 体型に関しても、食が細いせいか自然とウェストは以前より細くなっていますし、加えて職場が職場ですから、社販で最新の補整下着ファンデーションを格安で購入できるため、着衣状態なら、それなりに女らしい曲線を形作ることができています。


 股間に関しても、インターネットで調べた“タック”と呼ばれる方法で、殆ど目立たなくすることができました。いくら他人には見えていないとは言え、小夜子として暮らす“女”がモッコリさせているのは、自分で見てイヤですしね。


 さすがに胸に関しては、ヌーブラの助けを借りても貧乳の域を出ませんが……。

 嗚呼、バカみたいに暴飲暴食するくせに、AVモデルばりのセクシーでグラマラスな体型を保っている芙美子先輩がニクい──と嫉妬する程度には“女心”も理解できるようになってしまいました。


 外見だけではありません。一児の母として必要な、料理、洗濯、掃除に裁縫などなどのスキルも、ちゃんと発揮しています。

 働いているので専業主婦には劣るかもしれませんが、娘のメンタルケアにもキチンと心を配っているつもりです。


 実際──コレを認めるのはフクザツなのですが──“久賀孝太郎”と暮らしていた頃よりも、明らかに美代子は、活き活きしていて、笑顔を見せる機会も多い気がします。

 その分、いくらか甘えん坊になっている感もありますが……まぁ、以前がむしろ不自然に大人びていた、いえ、「大人を装わざるを得なかった」のでしょうね。


 では、娘にとって、父親が不要なのか……というと、無論そんなことはないでしょう。ただ、私が小夜子として母親役を務める一方、頻繁に我が家に訪れてくれるヒュウガくんのおかげで、美代子も男親に甘えたい欲求を多少は満たされているのかもしれません。


 そう言えば、彼がウチに来る回数が、“孝太郎”の頃より随分多いような……いえ、考え過ぎですね。きっと、父のいない美代子のことを気遣ってくれているのでしょう。

 ──もっとも、後になって思うとソレは決して私の思い過ごしではなかったことが判明するのですが。


 夏が来て、そのヒュウガくんの好意で、1週間だけ取れた夏期休暇の際には、彼の“田舎”──日本人の曾祖父の家のある、南紀白浜へと招待されました。

 流石にそこまで甘えるのは……と最初は遠慮したのですが、美代子を海辺の町に泊りがけで旅行に連れて行けるという誘惑には、結局勝てませんでした。


 彼の曾祖父は先年亡くなったそうですが、今年白寿を迎えるという曽祖母の方は未だ健在で、厚かましくも子持ちで押し掛けた“女”に、たいそう良くしてくださいました。


 滞在した5日間、美代子は現地の子らと毎日思い切り海で遊び、帰る頃には真っ黒になっていました。フフッ、思い切り日焼けできるのは、子供の特権ですよね。


 私ですか? 一応、美代子に誘われて、初日は水着姿(あまりラインの際どくない黒のワンピース+パレオ)にもなりましたが……。

 30を過ぎた女には紫外線は大敵なので、早々に退散して、残りはサンドレスとビーチサンダルという気楽な格好で過ごさせてもらいました。


 海辺の田舎町でののんびりしたバカンスを共に満喫したせいか、ロジャー(なにせ彼の祖父の家系が「日向」なので名前で呼ばないと区別つかないのです)と、私たち家族の距離が少し縮まったような気がして、なぜかソレを嬉しく感じる私なのでした。

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