第26話
電車は時刻表通りにホームへとやって来る。
聞き覚えのあるクラシックのメロディーが流れて電車のドアが開かれると、私たちは2人分空いた席へと腰掛ける。
中途半端な時間ということもあり、電車の中は
ガタンゴトンと電車が動き出してその揺れに合わせて私たちの肩は触れたり離れたりを繰り返す。私は、妙に意識してしまって気を紛らわすために沈黙を破る。
「さっきの話だけどね、昨日ショッピングモールで本を見てたら栞に声をかけられて、何故か一緒に買い物するとこになったんだけど、結局色々振り回されて疲れたけどすごく楽しかったんだ。
栞って我が儘だけど面倒見いいって感じで、なんだろう、すごく面白い人だね。」
「でしょ。あたしも最初はしおりんってギャルっぽくて近づきづらいと思ってたけど、話してみたらお人好しで色々なこと教えてくれるし、一緒にいて楽しいよね。」
萌香はまるで自分が褒められたかのように鼻高々だ。やはり、共通の話題を選んだのは正解だった。
「そうそう、それでゲームセンターに行って私初めてのプリクラを撮ったの。」
萌香が見たいと言うので、に昨日撮ったプリクラを差し出す。
「どれどれ。」
萌香は、テンション高めでプリクラを受け取る。
「ふーん。よく撮れてるね。可愛いよ。」
心なしか、萌香の声のテンションが一段落ちた気がする。
気にしないように明るく振る舞う。
「うん、ありがとう。初めてでよく分からなかったけど、デコレーションとかは栞がやってくれたんだ。」
「たまちゃんは、しおりんのことどう思ってるの?」
さっきよりも明らかに低い声で問われる。
「どうって、さっきも言ったけど面白い人だなって思ったよ。」
「そうじゃなくて、……ごめん。なんでもない。」
萌香は深刻そうな顔をして、そんなことを言う。
私は懐かしい気持ちになり、萌香の頬を引っ張る。
「ふへ、は、はひふふほははひゃん。」
「あ、ごめん。なんか懐かしくなっちゃって。前は萌香の頬をこんな風に引っ張って無理やり笑わせていたなぁって。」
小学生の頃の話だ。萌香は嫌がるかとおもって直ぐに手を離す。
「あはは。懐かしいね。お返しだくらえ。」
萌香は言いながら私の頬をつねり、ぐにぐにと動かす。
「ちょっほ、ほえはいはいよ(ちょっと、萌香痛いよ)。」
私はつねられて思うように喋れない。
「ふふふっ、あははっ。たまちゃん可愛い!」
萌香が嬉しそうに笑みを溢す。萌香の笑顔を見ると私も自然に口角が上がってしまう。
「たまちゃん嬉しそう。実はMだったりする?」
「ほんなほほはい(そんなことはない)。」
萌香の口からMなんて言葉が出るなんて思わなかったから吃驚したけど、昨日の栞の言動を思い出して納得する。でも、昔の萌香を
萌香は「何言ってるかわかんないよ。」と笑いながら言うと、満足したのか私の頬をようやく解放してくれる。
彼女に引っ張られた頬は、まだヒリヒリとした痛みを残していた。
「ちょっと、痛いじゃない。」
私がそう言うと、萌香はしゅんとしたように大人しくなる。別に本気で言ったわけではないのに、落ち込まれてしまいあたふたしてしまう。
「なんてね、全然痛くないけど。」
「ふふふっ」
「な、なに、わらってるの?」
「たまちゃん昔から何も変わってないなって思ったら、嬉しくなっちゃった。」
萌香はくすくすと笑っていて、そんな姿が昔の萌香と重なり心臓の奥がぽかぽかと温かくなる。
まるで幼い自分に戻ったみたいな、不思議な感覚になる。あの頃みたいに萌香ちゃんと呼んで抱きつきたい衝動に駆られるが、恥ずかしさが勝り微笑みかけることしか出来ない。
私はいつからこんなにも臆病になってしまったのだろうか。昔の私とは地続きで繋がっているはずなのに、まるで別人のように感じる。
「でも、たまちゃん変わったところもあるよね。」
萌香は、奥歯に物が挟まったような言い方をする。
私は責められたような気がして、繕おうとする。
「そんなことないよ。」
「ううん。凄く綺麗になった。」
「え?」
「昔はちょっと男の子っぽいところがあったけど、今は淑女って感じ。ちょっと話しかけづらいオーラがあるもん。」
「いやいや、全然そんなことないよ。私が根暗なだけ。」
顔が沸騰したかのように熱くなる。
褒められると、自分のことを自分で否定してしまうのは、きっと悪いくせなのだろうけど、肯定できるほど自分に自信は持てない。
「そんなことあるの。」
萌香は頬を膨らませて、言い寄ってくる。
顔の熱は、身体中に移っていって、背中が汗ばんでくる。どうにかして逃げないと熱さでどうにかなってしまいそうだ。
「たまちゃんは、そういうのちょっとは自覚した方がいいと思う。」
「自覚って言われても。」
萌香の匂いがふわりと漂う。
甘くて懐かしい匂いだ。なんて、変態みたいことを考えてしまう。
小さい顔に、ぱっちりと開いた瞳が光を帯びていて、見惚れてしまう。
しかし、目を合わせていると、体の熱はどんどん高まってくる。視線を彷徨わせると、ぷっくりと柔らかそうな唇が目に入る。
小学生の頃の記憶が蘇る。
初めて彼女の家に遊びに行ったときに、キスされたこと。
思い出すと、私の体温は更に上昇していく。
もう、萌香を見ていることすら出来そうにない。
「たまちゃん、顔真っ赤だよ。大丈夫?」
折角、視線を逸らしたのに、萌香は私の顔を覗き込んでくる。
「ごめん、ちょっとお手洗いにいってくる。」
私は早口で告げて、揺れる車内で転びそうになりながらトイレに逃げ込んだ。
これじゃあ、私が我慢の限界でトイレに駆け込んだと思われてしまうと気づくと、折角冷めた頭が、羞恥心でまた熱くなる。
まだ、水族館に着いてすらいないのに、私の心は疲弊しきっていた。こんな調子で今日一日持つのだろうか。
バッグに入れた萌香の誕生日プレゼントを確認して、気合を入れ直す。
「またあの頃みたいな友達にもどるんだ。」
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