第25話
プルルルルプルルルル
スマホのアラームが、まだ寒ヒリヒリとしたさの残る朝の空気に響く。
私は時間を確認する。
「まだ6時半か。」
平日はいつもこの時間に起きているので、目覚ましの設定に日曜日も入れてしまったようだ。
昨夜は、なかなか寝付けなかったからまだ眠い。
もう一眠りしようと再びベッドに潜る。
暖かい。
もう一生このままでいいかも。
そう思っていると、誰かが階段を上がってくる足音が聞こえた。
足音はそのまま私の部屋の前で止まり、ドアをノックする。
「まーちゃん。入るわよ。」
母の声だ。返事を返すのも面倒で呻いていると、ドアが開く。
「まーちゃん起きて。今日はお友達と約束があるんじゃなかったの?」
友達? 約束? なんだっけ?
意識がハッと覚醒する。
「今何時!?」
「もう8時半よ。そろそろ起きないとまずいんじゃない?」
「ヤバイ! 遅刻する。お母さんもっと早く起こしてよ。」
「いつも自分で起きてるじゃない。昨日夜更かしでもしたの?」
「ああぁぁぁ、もうヤバイ。早く着替えないと。」
「あらあら。こんなに楽しそうなまーちゃん久しぶりかも。」
もう母の相手をしている余裕は無かった。
急いで着替えて、家を出る。
「まーちゃん。車に乗って行く?」
「お母さん。お願い!!」
私は親というものの有り難さを今朝ぶりに思い出した。まだまだ親離れは出来なそうだ。
待ち合わせ場所である××駅に時間ギリギリに到着すると、そこには既に萌香がベンチに腰掛けて待っていた。
「ごめん、萌香。お待たせ。」
「ううん。全然。時間ぴったりだよ。」
そう言って萌香が立ち上がり、水色のチェックのワンピースの裾がふわりと
私は思わず見惚れてしまった。まるで、物語の中に登場するお姫様のような、質素だけど着る人の美を際立たせるような格好だ。並んで歩くのを憚れる様な美しさを前にして、私は自信を無くしてしまう。
栞のアドバイス通りの可愛らしい服を着てきたけれど、本当に着こなせる人が着るとこんなにも違うものなんだと思い知らされる。
私は自分の格好が急に惨めに感じ初めて、八つ当たりと分かっていながらも、栞を恨む。
やっぱり、いつもの自分らしく分相応な格好をしていれば良かったんだ。そうすれば、こんな恥をかかずに済んだのに。
「たまちゃん。あの、その。似合ってるよ。その服。めっちゃ可愛い。」
言い淀んでいるし、やっぱりあまり似合っていないのだろう。
「そんなことない。服は可愛いけど、可愛すぎて私に合ってないでしょう。」
「何言ってるの? たまちゃんが着てこそ輝く服だよ。たまちゃん昔はボーイッシュな格好しかしてなかったから。こういう服絶対に似合うとおもってたんだ。」
今でもそうなんだけど、余計なことは言わずにおいた。しかし、社交辞令とはいえここまで褒められると、流石に恥ずかしい。
「いや、白状するとこの服は、昨日栞に選んでもらったんだ。本当に似合ってる?」
萌香は、何故か口元を押さえて顔を赤くしながら悶えている。笑っているのだろうか。そんなに変だったかなと不安になる。
「え、そんなに変?」
「違うの、破壊力が高くて死にかけてただけ。
しおりんには後でお礼を言わないと。」
はかいりょく?おれい?萌香がの言っていることの意味が分からない。
「え、えーと。」
「ごめんね、たまちゃん。なんでもないの、こっちの話だから気にしないで。兎に角、今日のたまちゃんは最高に可愛いよ。」
「……ありがとう。」
萌香が、あまりにも真っ直ぐに褒めてくるから、私は目を合わせることが出来なかった。
萌香の目はどこまでも真っ直ぐで、目を合わせていると私の考えが全て見透かされてしまいそうな怖さがある。
今の私の気持ちを知られてはいけないと、私の心臓が警報を発している。
どくん、どくん、と高鳴る心臓は恐らくその警報装置で、私はこの場から逃げ出さなくてはならない。
「電車は何時に来るんだっけ。」
「あ、うんとね。9時34分だからそろそろホームに向かわないとだね。」
「そっか、じゃあ行こうか。」
「うん!」
萌香と学校以外で並んで歩くことが久しぶり過ぎて、とても落ち着かない。やっぱりあの頃のような友達にはなれないのかな。
自分の体が、まるで自分の体じゃないみたいにふわふわしていて、夢の中にいるみたいな非現実感に囚われる。
萌香はどうなんだろう。そればかりが気になって、霧に包まれて一寸先も見渡せない荒野で、1人きりで放り出されたような不安が押し寄せる。
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