第19話

「あ、それから、進路希望票は今日までなので忘れずに提出するように。

それでは、朝のホームルームを終わりにします。」


 担任の先生の号令で朝のホームルームは終わる。


 進路希望票、今日までだったか。

 私は、自分の偏差値にあった高校を適当に三校選んで書きていた。

 でも、それが本当に行きたい高校なのか、高校卒業後のビジョンを全く描けずにいた。


「田所さんはなんで書いたの?」


 史乃が後ろを振り返り、私に声をかける。


「えー、緑園高校かな?」


「なんで疑問形?でも、田所さんの成績なら合格間違いなしだよね。」


 緑園高校とは、普通科の県立高等学校で、私の家から最も近い高校だ。偏差値は中の上程度で今の私の学力なら射程圏内だ。


「え、たまちゃん緑園なの?」


「え、まぁ。決まったわけじゃないけど。」


 横から萌香も話に混ざってくる。


「そのっちはどこにするの?」


「私も緑園にしようと思ってたんだよね。」


「え、そうだったんだ。」


 史乃が一緒なら緑園でもいいのかなと思う。


「中根さんの志望校はどこなの?」


「萌香でいいよ。中根さんじゃあ他人行儀だし。

あたしは、百合園学院かな。私立だけど特待生ならそんなに負担にならないし。」


 百合園学院高等学校といえば、この辺では名門私立で、成績優秀かお嬢様しか入らないと言われている全寮制の高校だ。被服科などの専門科もあり人気の高校だ。


「萌香さんって頭いいんだ。」


 史乃は驚いたようにいうが、萌香は小さい頃から勉強が得意で校内でも偏差値は上位に入っている。

 私も萌香には勉強でお世話になったことが何度かある。


「たまちゃんに負けないように頑張ってたからね。」


 萌香が、私にウィンクしてくる。ドキッとしてしまうが、「今では萌香の方が勉強できるでしょ」と素っ気なく返す。


 萌香と昔した約束を思い出す。「同じの高校に行って、同じ大学に行って、同じ職場で働こう。そして、同じ家に住むの。」


 幼かった頃の戯言だ、萌香はきっと覚えていないだろうけど、今でもそう出来たら楽しいだろうなと夢想してしまう。


 現に今も、別々の進路を第一志望に掲げている。


 子供の頃に見た夢は、泡のように消えていき、残るのは海のように深い現実だけだ。


「ねぇ、たまちゃんも一緒に百合園目指さない?」


 萌香と目が合う。


 時間が止まったかと思うほどの沈黙が流れる。


 いいよ。心の中では私はそう言っていた。

 だけど、それは言葉にならず。変わりに色々な思考が私の頭を巡り、言い訳ばかり考えては消していた。


 偏差値的に厳しいし。親が許してくれるか分からないし。寮生活なんて出来るか不安だし。


 でも、


 萌香と一緒なら


 でも、萌香と一緒なら行ってみたい。


 どくんと、心臓が跳ねる。


 久しぶりだこの感じ。楽しいことが起きる予感。私のやりたいこと。




 それから、その日の授業は上の空だった。


 萌香と同じ高校に入れたら。


 そんなことを考えていると、心臓がどくん、どくんと高鳴って懐かしい感覚が蘇ってくる。遠足の前日に寝付けなかったような、ドキドキが鳴り止まなかった。


 私はその日、家に帰ってから百合園学院のホームページをずっと見ていた。


 自分のやりたいことは分からないけど。きっとこと学校へ通えば楽しいことが待っている。そんな気がした。

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