第15話
5月に入り部活動にも慣れてくると、コートの中での練習もさせて貰えるようになる。
とはいえ、サーブやレシーブの練習などの基礎練習がメインだ。
そんなある日、顧問の先生から本格的な練習に加わるように指示があった。
但し、全員というわけではない。
私を含め4人が2年生の練習に混ぜてもらえることになった。
また同時に、2年生の内の4人が3年生と共に練習をすることになる。
中学校に入り、小学生の頃より上下関係が厳しくなることは覚悟していたが、部活動や試験の成績などでは同級生の中でも優劣を付けられることになる。
私は勉強でも運動でも優の成績をつけられることが多いが、劣の成績をつけられた人のことを思うと胸が苦しくなる。
きっと、私よりも努力している人はいると思う。
それでもなお、才能や環境のせいで評価されない人達がいる。
そんなことを考えていると、目の下のあたりがじぃんと痛くなる。
だけど、こと世界は無情で私の思いも誰かの思いも無関係に平等に時間は過ぎる。
6月になると、2年生の弱い方の先輩には勝てるようになってくる。
ダブルスとペアの娘とハイタッチを交わす。
負けた先輩達のペアは悔しそうな様子を見せずにヘラヘラと笑っていた。
しかし、その先輩たちは決して不真面目であったわけではない。
毎日サボることなく部活動に参加するし、練習にも積極的に参加する。
話をしたところ、自主練習もするようだ。
それでも一年遅く始めた生徒に遅れを取ってしまう。
もう諦めているのだと先輩は言う。
でも先輩達の目は、運動神経はいいが部活をサボったり素行も不真面目な生徒達よりも爛々と輝いていた。
まるで、獲物を探し這いずり回るハイエナのようだ。
そんな獰猛な目をしていた。
「先輩、頑張ってください。」というと、余計なお世話だとか、後輩のくせに生意気だとか言われたけど、気持ちはきっと通じていたと信じている。
7月にもなると、3年生にとっての最後の大会である中学生総合体育大会、称して総体が間近に迫り部内はピリピリとした雰囲気を醸し出す。
先輩たちはいつもに増して気合を入れて練習に臨んでいるが、中でも私の目を引くのは三上先輩だった。
他の生徒より一回り小さい背を気迫と感情で補い、誰よりも走り誰よりも飛び回る。そんな先輩に私はいつしか憧れを抱くようになっていた。
「三上先輩お疲れ様です。」
休憩の時間を見計らって声をかける。
「お疲れ。どうしたのわざわざこっちのコートに来て。私のカッコよさに惚れちゃったとか?」
「……そうかもしれません。
総体頑張ってください。もう私たちの練習に付き合ってくれなくて大丈夫です。」
5月に練習に付き合ってもらって以来、私たちは度々三上先輩に練習を見てもらっていた。
でも、それが原因で練習時間を奪ってしまうことに罪悪感を感じ始めていた。
「いやだ。あたしはやりたくてやってるの。
それに、初心に返るというか結構為になることもあるの。
だから、あたしからお願い。一緒に練習させて。」
三上先輩はずるい。そんなことを言われたら断れるはずがないのだ。
「……ありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします。」
よろしい。と言って三上先輩はいつものように快活に笑う。
そして始まる総体。
三上先輩は、個人戦、団体戦ともに順調に勝ち進み地区大会への切符を手に入れる。
8月に入り暑さも厳しさを増していく。
地区大会でも、三上先輩は優勝を果たすが、団体戦は惜しくもベスト4での敗退となる。
夏休みに入るが、ほぼ毎日部活動はあるので休みという感じはしない。
そして、県大会でも三上先輩の快進撃は続き、準優勝を手に入れる。
しかし、関東大会の2回戦でシード枠の選手との対戦で敗れてしまう。
短かった夏は幕を閉じ3年生の先輩達は、そのまま引退となる。
そして、関東大会の翌日、私は三上先輩から空き教室に呼び出される。
「先輩どうしたんですか?早く部活に行かないと引退祝い始まっちゃいますよ。主役がこんなところにいていいんですか。」
「いいの。今日で最後なんだから我儘くらい聞いてよ。」
子供みたいにむくれながら言う。
2つも年上とは思えない態度に、可愛いなと思い笑ってしまう。
「いいですよ。私に出来ることならなんでもします。」
「じゃあ、抱きしめて。」
三上先輩は、両腕を大きく開いて快活に笑う。
緊張から解放されて幼児退行してしまったのだろうか。
「なんでですか。まぁ、いいですけど。」
先輩は、私よりも背が低いから腕の中にすっぽりと収まる。
先輩は、黙ったまま私の背中に手を回しギュと抱きしめる。
先輩の体温が伝わってきて、9月とはいえまだまだ暑い教室の中で汗をかき始める。
「先輩、暑いです。」
先輩は私の胸元で息を大きく吸う。
「うん。いい匂い。」
「先輩のヘンタイ。」
私は、先輩を引き離そうとしたが、強く抱き留められていてびくともしない。
「どうしたんですか。」
私からは三上先輩の顔は見えないが、息遣いや体の強張りから緊張が感じられた。
「勇気を貰ってる。」
「そうですか。」
それからどれだけ抱き合っていただろうか。
お互いの汗が、混ざり合ってしまうのではないかと思い始めた頃、先輩はよしっ、と顔を上げると私を解放する。
「茉莉、好きです。付き合ってください。」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
すき、つきあう
それはどういう意味?後輩として?友達として?テニスに?買い物に?いやどれも違うだろう。
三上先輩の目は真剣に私だけを見ていた。
その目を見ればこの告白が冗談の類ではないのは一目瞭然だ。
そうか、私は、田所茉莉は今三上先輩から告白されているのだ。
認識すると同時に、心拍数が上がる。喉が渇き、さっきまでとは違う汗が止まらない。
「ごめんなさい。お付き合いは出来ません。」
私は、三上先輩のことは好きだ。でも、それはきっと恋じゃない。
「そっか、あたしこそごめんね。
あ、フッたからって気に病んだりしないでね。
寧ろ忘れてくれていいし、今まで通り先輩として接するから。だから、そんな顔しないで。」
先輩の目元は赤く充血していて、声も震えていた。強くてかっこよかった先輩は1人の女の子で、こんなにも脆いものだったんだなと思い、私は先輩のそんな姿を見ていられなくなり、いつのまにか先輩のことを抱きしめていた。
「優しくしないでよ。そんな同情するような顔で見ないで、お願い惨めになるから。」
やっぱり、強い人だなと思いつつ強く抱きしめると、身体は柔らかく細く小さい。そんな体で頑張っている先輩を見ているのが好きだった。
私は先輩から勇気をもらったし、色々な事を教わった。だから、少しでも恩返しをしたかった。告白を断った分際でと思われるかもしれないが、私は先輩が泣き止むまでずっと小さな体を抱きしめていた。
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