第14話

 パコン、パコン。と気持ちの良い音を響かせて白いボールがコートを行ったり来たりする。

 ショートカットの小柄な先輩が、コート内を縦横無尽に駆け回り必死にボールを追いかける。

 しかし、その表情は笑っていた。

 額の汗がキラキラと光りとても綺麗だった。


 私もあんな風に……


 そう考えると、胸が高なった。




 入学式から2日後、部活動見学で私は友達に誘われソフトテニス部を見に来ていた。


 昨日はソフトボール部やサッカー部を見学に行き、小学校の子供会でもやっていたのでソフトボール部に入ろうかなと思っていたのだが、折角だから他の部活動も見ようという友達の誘いを断りきれずにのこのこやってきた訳だ。

 友達は、まだ部活動を決めかねている様だったので、体のいい口実だったのかもしれない。


 しかし、私は運命的な何かを感じてソフトテニス部に入部することに決めた。


 母からは、ソフトボールだったら道具を買い揃える必要もなかったのに。と嫌味を言われてしまったが、なんだかんだで私よりも真剣にラケットやシューズのことを調べて一緒に買い物に来てくれた。

 当人である私をそっちのけでラケットを決めてしまった時は、流石に店員さんも苦笑いしていて居た堪れない気持ちになり喧嘩になってしまった。


 道具も揃え、いざ部活動が始まると走り込みや筋トレ、素振りがメインで、ボールに触れてもバスケのドリブルのようにポコポコと地面に打ちつけたり、サッカーのリフティングのようにボールが落ちないようにラケットで弾いたりと地味な練習が続いた。


 私は部活動だけでは物足りなくなり、近所の図書館でコートを借りて友達と練習をしたりもした。


 そんなある日、私はいつものようにコートを借りる手続きをする為に図書館の開館と共にカウンターに行くと、後ろから声をかけられる。


「おはよう。今から練習?精が出るね。」


 部活動見学のときに見た小柄な先輩だった。

 名前は三上美玲みかみみれいというらしい。

 みが多くて噛みそうな名前だ。

 らしいというのは、部活動内で三上先輩や美玲と呼ばれているのを聞いて知ったからだ。


「おはようございます。三上先輩。

よかったら先にどうぞ。」


「いや、いいって。

どうせうちらは午後からやる予定だし。

早めに予約しにきただけ。」


「そうですか。

では、すいませんがお先に失礼します。」


 先輩は優しい目をして、そんなに畏まらなくていいからと笑う。


 後ろから視線を感じるなか手続を済ませると、私はなんとなくそうした方が良いのかなと思い先輩を待った。


「お待たせ。てか、待っててくれたんだ。」


「ええ、一応。」


「一応て……」


呆れたように言うが先輩は楽げだった。


「お礼に今から指導してあげよう。」


「いいんですか。是非お願いします。」


「なんて、本当は私が打ちたくなっちゃっただけなんだけどね。」


 眩しいくらいの笑顔で微笑みかけてくる。

 この先輩はいつも楽しそうにしている。

 まるで私とは違う世界が見えているかのようで、先輩と同じ世界を見てみたいと思わせる不思議な感覚におちいる。


 早速、友達に三上先輩が練習に加わることを報告する。

 勝手に決めてと怒られるかもしれないと思っていたが、皆んな先輩と練習できると知り喜んでいた。


「三上先輩と打てるなんて」と友達が言うのですごい人なの?と聞くと怒られた。

 三上先輩の素晴らしさを長々と語られたが、かいつまんで話すと小学生の頃からテニスをやっていて県内でも屈指の選手らしい。

 県内でも屈指というのが、どれほど凄いのかこの頃の私には分からなかったが、適当に相槌を打って聞いていた。


 けど、そんなにすごい人と練習できると思うと、胸が高なった。




「「先輩、宜しくお願いします。」」


「そんなに畏まられると逆に緊張するな」


 三上先輩は快活に笑うと、私たちの肩を叩いた。

 力加減が丁度良く、緊張がほどける。


 それから、先輩はまず私たちの練習を見て、フォームの崩れやラケットの握り方など基本的なことを教えてくれた。


 しかし、30分もすると自分も打ちたくて仕方がないといった感じで、一緒に打ち合いに参加する。


 私達は元々一年生4人でやっていたので、先輩含め5人になる。

 しかし、ソフトテニスのダブルスでは2対2の4人なので、ミスした人が抜けるルールで回した。


 それからの30分間で三上先輩は一度もコートを抜けることがなかった。


 コートの貸し出し時間が終わると、私は受付へ鍵を返しに向かう。


 すると、後ろから声をかけられる。


「田所。」


 声の主は三上先輩だった。


「はい。」


「才能あると思うから、頑張れよ。」


 三上先輩は頬を赤らめ恥ずかしそうに言う。

 私はなんだか嬉しくなり、胸がどくんと高鳴った。

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