第13話

「おはよう」


「おはよっ」


教室の戸を開けて挨拶をすると、満と駄弁だべっていた萌香がポニーテール揺らしながらこちらへ向かってくる。


満よりも自分を選んでくれた気がして少し嬉しい。


「たまちゃん聞いて、今朝の朝練でみっちーが……あ」


萌香が何故か途中で言葉を詰まらせる。


「ん、満がどうしたの?」


「ヒューヒュー、お二人共朝からお熱いですねー。」


満が訳のわからないことを言っている。


「た、たまちゃん……あ、あのね。あたしは嬉しいんだけど、みんな見てるし、ね。」


萌香も何だかおかしい。と思いながら意識を少し覚醒される。


すると、現状が見えてくる。


私は萌香に抱きついていた。

私よりも少し背の低い萌香の首元に手を回し、体重を少しかけもたれかかっている状況だ。

萌香は朝練の後だからか、体温が高く少し汗ばんでいた。髪の毛からは、シャンプーだろうかとても甘くて良い香りがする。


居心地がよくて、このまま眠りに付きたい欲に駆られたが、理性がなんとか持ち堪えた。


「ごめん。ちょっと寝不足で今寝てた。」


萌香を解放する。


「え、歩きながら?」


「ははは、もう限界が近くてさ。授業中は寝ちゃうかも。」


「大丈夫?保健室で寝た方がいいんじゃない?」


萌香は心配そうに私の手を握る。


「授業欠課にしたくないから。」


「居眠りしてる方が評価悪くなるんじゃないか?」


確かに、満の言う通りかもしれない。


「そうかも、やっぱり保健室で休もうかな。」


「あたし付き添うよ。今日のたまちゃん危なっかしいし。」


「萌香、ありがとう」


眠気のせいか今日は素直に言葉を発することができる。


廊下を歩いていると史乃とすれ違う。


「おはよう。田所さんどうしたの?」


「おはよう。ちょっと寝不足で保健室で少し休もうかなぁと。」


「あぁ、イッキしたのね。楽しみにしてたものね。

どうだった?」


「いや、良かったよ。

特に後半はもう怒涛の展開で結局一睡もできなかったわ。」


昨夜のことを思い出すとまた興奮が戻ってくる。


「たまちゃん。」


萌香がムッとしたような顔で私の服を引っ張る。


「あ、ごめん。

それじゃあ史乃、またね。」


「うん。また詳しく聞かせてね。」


手を振って別れると、萌香が私の手を掴み保健室へと引っ張っていく。

ピッチャーをやっているおかげで握力があるのか、私の手を掴む力が強くて痛い。


「昨日なにしてたの?」


前を歩いているせいで表情は読み取れなかったけど、言葉からは詰問するような棘が含まれていた。


当然か、私のせいで時間を取られているのに、当人は友達と話し始めてしまったのだから。


「えっと、昨日は気になってた本の発売日で、読み出したら止まらなくて、気づいたら朝になってたといいますか。」


「え、本?」


「はい。本です。」


思わず敬語になってしまう。


「そっか……。」


萌香は、呟くと黙り込んでしまう。


沈黙のまま保健室へと到着する。


萌香は、ドアを3回ノックする。


「失礼します。」


ドアを開けると、しかしそこには先生はいなかった。


「まだ、8時20分だもんね。

先生もまだ来てないのかも。」


「私は先生を待ってるから、萌香は教室に戻ってて。」


「ううん、たまちゃんは寝てて。

先生が来たら私が説明するから。」


なんだか、今日の萌香からは、えもいわれぬ迫力を感じる。

思わずうなずいてしまいそうになるが、踏みとどまる。


「でも、萌香が授業に遅れちゃうよ。」


「いいから。」


私はベッドの方へと連れて行かれると、そのまま押し倒される。


私の睡魔はもう限界だったようで、ベッドに横になると直ぐに目を開けていることすら難しくなり、そのまま深い闇の中へと落ちていく。

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