第8話 ☆

あたしは王子様に憧れていた。


王子様に助けられるお姫様ではない。


お姫様を助ける王子様になりたかった。





小学二年生の春、あたしはお姫様と出会った。





あの頃のあたしは臆病だった。


お姫様を守る王子様のような、魔王を倒す勇者のようなヒーローになりたかった。


そんな時あたしの前に1人の少女が現れた。


少女は、黒く長い髪を靡かせ公園の滑り台の上に立っていた。


夕陽を眺めて高所で黄昏ている様子は、あたしの目には宛ら助けを待つ囚われのお姫様のように見えた。


あたしは、王子様のように颯爽と駆け寄り少女に声を掛ける……とはいかなかった。


臆病なあたしは少女をただ見ているしか出来なかった。


夕日も沈みかけた頃、少女は何かを思い出したかのように辺りをキョロキョロ見渡すと滑り台を駆け下りると、公園の植え込みの裂け目に向かって一目散に走り出す。


あたしは、お姫様の様な少女の変貌ぶりに声も出せずに見ていると、少女は茂みに突っ込んでいくと、「しょーちゃんみっけ」とお姫様みたいな綺麗な声で少年の様に叫ぶ。


すると、今まで誰もいないと思っていた公園の植え込みからこんがりと日に焼けた少女が出てきて「ちぇー、うちがさいしょかよー」と悪態をつく。


お姫様のようで少年のような少女は次に凸凹の山のような遊具に颯爽と登っていき、「えいこちゃんみっけー」と叫ぶと、私の方からは見えなかったけど「山登るのはずるいよー」と少女の声が聞こえてきた。


その後も、お姫様のようで少年のような少女は次々と隠れた少女達を見つけてゆく。


まるで、魔女に隠されてしまった囚われのお姫様を救う王子様のように。


そして、すべてのお姫様が救出された後、王子様はあたしの元へ駆け寄ると「ねぇ、あなたも一緒に遊ぼう」と声を掛け手を差し出してきた。


あたしはとても嬉しくて、手をつかもうとした。

しかし、当時のあたしは素直にその手を掴めるほど素直ではなかった。


「あたし、お外で遊ぶよりおうちで遊ぶ方が好きなの。それに、もう日が暮れるからおうちに帰らないと。」


「それなら、明日あなたのお家で遊ぼう。」


「あなただけならいいわよ。

他の子はダメ」


「どうして、そんなこと言うの。」


少女は呆れたように言う。

当然だ、誘ってもらってるのに我が儘を言うようなおかしな子に見えているだろう。


少女は少しの間頭を抱え悩んだ末に、「分かったいいよ。じゃあ学校が終わったらここの公園集合ね。」といい友達の輪の中へと戻っていった。


あたしはすぐに断ろうとしたが、相手が複数いることに怯んで何もいうことができずに、仕方なく家へ帰ることにした。


後ろから「またね」と声がした気がするがあたしは振り返ることなくその場を走って逃げ出した。


走り疲れたせいか家に帰ってからも暫くは胸がドキドキとなっていた。


明日のことを、あの少女のことを考えると、顔が沸騰してしまうのではないかと思うくらい熱くなり、死んでしまうのではないかと心配になるくらい心臓が大きく波打つ。


「明日なんて来なければいいのに。」


あたしは素直になれない自分が嫌いだ。

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