さよなら風たちの日々 第5章ー3 (連載12)
狩野晃翔《かのうこうしょう》
さよなら風たちの日々 第5章ー3 (連載12)
【7】
ぼくはその言葉に、落雷に似た衝撃を覚えた。そう、それはまさに青天の霹靂だったのだ。
それはたくさんの思惑が瞬時に破裂し、噴出し、周りの空間が数秒間、時間という概念を喪失したよなうな感覚だ。もしもそれが視覚ならば、目の前のステンドグラスが突然砕け散ったことを想像すればいい。頭が真っ白になったわけではない。青天の霹靂とは、思考回路が一瞬の大容量を処理できず、フリーズしてしまうことなのだ。
今、好きだって言ったのか。ぼくのことを
そりゃあぼくだって、高校三年になる今現在まで、何人かの女の子に「好きです」とか「付き合ってください」とか言われたことはある。しかしそれは手紙でだったり、誰かを介してそう伝えられたぐらいで、面と向かって言われたのは、これが初めてだった。それだけにヒロミの言葉は衝撃的だったのだ。
「マジかよ」
そう訊ねるぼくに、ヒロミは髪をかきあげながらうなずく。
「いつからだよ」。ぼくが訊ねるとヒロミは、
身体測定のときからずうっとでしたと、ひとり言のようにつぶやく。
「体育館で初めて会ったとき、どういうわけか心臓がドキドキしちゃって」
ややあってから、
「マウスピースに一所懸命空気を入れようとしてもできなくて。だんだん息が苦しくなってきちゃって」。
そしてヒロミは視線を足元に落として、
「それで思いっきり吹いたら、あんな音が出ちゃって」。
ヒロミはそれからいったん、黙った。そして言葉を選びながら、
「もう恥ずかしくって、死にたいなんて思ったりして」と話した。
ぼくが黙っているとヒロミは、ぼくに視線を戻してから、ポツリ、ポツリと言葉を続ける。
「でもあれから、ときどき学校で会えたりするものから、それが嬉しかったんですよ」
「それから、屋上から先輩に手を振るのもが楽しみになってきちゃって」
「そうしたら突然、手紙渡されたものだから」
ヒロミはそんな言葉を途切れ途切れに、五分以上もかけて訴え続けるのだった。
それからヒロミは最後に、先輩、あの手紙、先輩からの手紙だって思ったんですよと、目をうるませ、くやしそうに唇を噛んだ。
秋葉原駅。その総武線上りホームは、いまだ喧騒の中にあった。
言葉を失ったぼくはそのホームで立ち尽くし、天井を見上げるしかなかった。
【8】
「信二のこと、どうするんだよ」
ぼくがぶっきらぼうに言うと、ややあってヒロミが答えた。
「先輩から言ってくれませんか。わたしには好きな人がいますって」
「ばか言え。そんなこと、おれの口から言えるわけないだろ」
ヒロミは何かを考える顔をして少し黙った。そしてぼくを見据え、
「じゃあ私が、手紙を書きます」。
再び会話が途切れた。ぼくたちは仕方なく、プラットホームに滑り込んでくる電車とおびただしい数の乗降客に目を泳がせ、次の会話のための言葉を探し合うのだった。
そうしてまたたく間に二人のあいだに十分以上の時間が過ぎた。
ぼくは何かを振り払うかのようにヒロミに言った。
「だめだよ。できないよ。だっておれ、信二裏切れないもの」
ヒロミの目は、何かを訴えかけるようにぼくを見た。
「それにおれ、今、女に興味ないんだ」
それはたった今思いついただけの出まかせだった。するとヒロミは、
「嘘です。そんなの嘘です」と、語気を強める。
「じゃあ先輩。どうしていつも放課後、わたしに手を振ってくてたんですか。どうして廊下でばったり会ったとき、いつもにっこり笑ってみせたんですか」
ヒロミは目をうるませ、下唇を少し突き出して、あふれそうになる涙と格闘していた。
耳鳴りだ。耳鳴りを感じた。でもそれはプラットホームを照らしている蛍光灯が、小刻みな点滅を繰り返しながら出しているノイズだった。
この喧騒の中で、どうしてその音だけが聞こえてくるのか、ぼくはそれが知りたくて天井を見た。
じれているのだろうか。いらいらしているのだろうか。それともここから君たちを見ているんだよという、蛍光灯からのメッセージなのだろうか。気がつけばそのノイズは、実は天井のいたる所からも聞こえてくるのだった。
「先輩。わたしのこと、どう思ってるんですか」
その言葉と視線がぼくの心に突き刺さり、ぼくの視線は再び何もない宙をさまよい始める。
《この物語 続きます》
さよなら風たちの日々 第5章ー3 (連載12) 狩野晃翔《かのうこうしょう》 @akeey7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。さよなら風たちの日々 第5章ー3 (連載12)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます