第14話 夢の女神
〝降るような星空を最後にみたのはいつ頃だったのだろうか?〟
深夜に及ぶ勤務からタクシーで帰宅しながら、車窓からの星がほとんど見えない都会の夜空を眺めながら文科省審議官の石川は昔の記憶を紐解いていた。
〝近いうちに妻から奨められたロープウエイで高山の夜景が楽しめるツアーに参加してみようか?今の忙しさではいつになるか判らないが…〟
文科省研究振興課に勤務して長い年月が経つが、学生の科学技術への情熱を掻き立てるような行政があまり実現できていないと感じている。海外の一流大学との差は更に拡大しつつあるようだ。
そのようなことを考えるうちにタクシーは自宅の前に着いた。
照明の落ちた廊下を、妻を起こさないように足音を忍ばせて寝室に向かい、熟睡している妻の隣のベッドにそっと滑り込む。疲れのせいか、すぐに意識が薄らいでいった。
『…ますか。…えますか』
『…こえますか。聞こえますか?』
『やっと波長があったようね。私の声が聞こえますか?姿が見えますか?』
茫漠とした意識の中に、白いロングドレスを身に纏った長身の女性の光り輝く姿が少しずつ鮮明になってくる。瞳に強い意思の光を宿したその女性をこれまでの人生で出会った誰よりも美しいと感じた。これはきっと夢だろう、自分は夢を見ているのだと思いながら問い掛けに応える。
『あなたの姿がはっきりと見えます。しかし私はあなたのことを覚えていません。どなたでしょう?』
『私の名前はアルテミス。あなたの時代から120年後に建造された太陽系外宇宙を航行する恒星間宇宙船を司る人工意識体です。
地球文明が危機に瀕しています。世界を救うためにこれから伝える情報をよく理解したうえで、協力をお願いします。
過去改変によるパラドックスを起こさないために、この夢の内容は覚醒時の記憶には残りません。正しい判断が必要な時にトリガーが作動し、潜在意識からあなたの判断を導きます。全ての情報を明らかにし、あなたの時代の知性を結集して事態の解決を図りたいのですが、それはできないのです。あなたの社会的地位と権限、無意識の判断、この時代の学生の情熱と知性に全てを託します』
アルテミスからの情報が初老の文部官僚の男の脳裏に刻み込まれていく。
『…お伝えした状態を解消する為に、あなたに地質学上の絶滅をテーマとして過去を改変することで該当生物を救う内容の、学生向けシミュレーションイベントを開催していただきます。
シミュレーションと称しているけれど、最後の決勝では私たちが提供する機器により実際に過去の該当生物のゲノム編集が実施されます。過去の生物のDNA改変だけはこちらから提供するプログラムや遠隔操作では実行できないのです。学生達のゲノムや細菌の生息環境に関する知識とスキルが世界の救済達成の成否を握ることとなるでしょう。提供機器はあなたの時代のテクノロジーでは破壊することができないものです。危険はありますがSEMから外されれば再び使用されることはないでしょう。処分はお任せします』
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