第5話 ミッション開始

 アルゴ2は、地球を含む太陽系の人類居住地域9箇所及び、白鳥座方向に20年先行して航行を続ける僚鑑アルゴ1と、量子エンタングルメント (ペアとなる素粒子間で情報が瞬時に伝わる現象) を利用したアンシブル通信機による等時通信にて、連携していた。

 また数百光年に及ぶ工程の監視と安全確保のために、探査用途で2組のタキオン(虚数の質量をもつ超光速粒子)発振装置が装備されている。タキオンを探針とした全宙域の絶え間ない監視によりガンマ線バーストや重力波嵐のような光速に近い伝播速度を持つ災害を回避することが期待されている。

 アルゴ2以降、巨大なスペースコロニーの建設が盛んになり、人類の移住は太陽系及びその外縁地域を中心に展開されるようになった。アルゴ2とアンシブル通信で結ばれている地球の時代2290年までには、超遠距離の宙域を航行する同様の規模を持つ宇宙船は建造されていない。


 アルゴ2に〝世界の重ね合わせ〟と報告された事象は、太陽系の人類生息域全体に広がる、宇宙規模の巨大な破滅の形相だった。

隙間なく超高層建造物が林立する巨大都市の時間が停止している。都市の交通をまかなう無数の飛行体は物理法則に逆らうかのように空中に留まり落ちることはない。

静止した世界は、幾ばくかの時を経たのちにホログラムのように揺らめき、人工的な建造物が一切含まれていない砂漠の光景に変化する。

『重ね合わせの世界が、今入れ替わった。量子レベルの重ね合わせと同じ現象が世界規模で起きている』タキオンによる探査結果データより再構成された2290年のシドニーの映像を眺めながらアポロンは嘆息する。

 砂と多種多様な岩石に覆われた大地、藍藻類に緑色に染められた海洋、重ね合わせられたもう一方の世界には、陸地にも、海にも、地底にも、人類を含む動植物の痕跡が一切ないようだ。

『タキオン探針の距離を地球上の1点に固定し、時間を遡行して過去の環境を探査せよ』アポロンの命令によりタキオンビームは到達地点で軸をずらしながら旋回し、球状の小空間を形成する。包み込み包まれた空間はタキオンの特性を受け継ぎ時間を遡行する。地球上での時間遡行の限界までを間欠的に探査したがこの世界には細菌や藍藻類以外の生物は見つからなかった。僚鑑のアルゴ1の探査では、数十万年に一度程度の非常に稀なタイミングでこの現象が発生していない時代があることが判明している。

 重ね合わせられた2つの世界の入れ替わりはアルゴ2の船内時間では凡そ4時間、入れ替わりが起こるたびに人類が生息する世界が現れる時間は5%ほど短くなり、細菌や藍藻のみが生息する世界の時間は長くなっている。両世界が入れ替わる間隔は、この時点でほぼ同じ比率となっているが、このまま事態が推移すると凡そ20回目の世界の入れ替わりで人類の世界は消滅することとなる。

 異変は地球から放射状に光速で広がっているらしい。異変を知らせる最初の通信以降、地球から約50天文単位離れた太陽系外縁ステーション、ゲートウエイ4より異変に関する情報が送り続けられていた。その通信も7時間後には途絶えた。送られてきた情報を解析しこちらの手だてを講じる前に、アンシブル通信機の太陽系内ポイントは全て沈黙した。

 アポロンは自身の一部でもある下位ACに対して宣言する。

『地球生命が、過去の特定時点で発生した異なる世界の強い可能性により、本来の歴史と異なるその世界と重ね合わせ状態になったことが判明した。

 これまでの探索で得られた情報から重ね合わせの対である世界では、真核細胞生物の誕生が阻害されていることが推測される。この状況は、生命が誕生した38億年前から真核細胞生物が誕生する20億年前までの間の何等かの出来事に由来するようだ。

本船には今後12年間は重ね合わせの影響は到達しない。但し、船内時間で80時間後には世界はデコヒーレンスの状態に移行し、人類の生息する世界が消滅する可能性が予見されている。特定の時代が世界の重ね合わせの影響を受けていないことも判明している。これより世界を復元するためのミッションを開始する』

〝昼〟の運行を司る6体の下位AC、The Daysが一斉に活動を始めた。


 この未曽有の事態に立ち向かう人類文明の拠点は、広大な宇宙にたった2つ、宇宙船アルゴ2とその僚艦のアルゴ1だけの状態となっていた。

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