第4話 学生たち

 冷房の効いた狭いマシンルームで二人してひたすら端末を叩いている。

「リョウ先輩。外はオリンピックですよ」

向かいの端末で作業している由美ちゃんが話しかけてきた。

「らしいね。この暑いなか、走ったり跳んだりご苦労なことだ。頑張って欲しいね」

「本当にそう思ってます? 今日はメダル取れそうな種目多いのに…スマホもPCも持ち込み禁止のこんな部屋でデータ入力なんて………不幸だわ」

「仕方ないよ。事務局の指定施設だから。

それに明日の方が面白いかもしれないよ?ぶつぶつ言わずに手を動かす」

「先輩は理系オタクでスポーツ嫌いだからこの気持ちが判らないのよ。それにしても今回のテーマ難しすぎません?」

 やっと当面の課題に目を向けてくれたかと思いつつ応える。

「確かにね。直径100キロの小惑星が衝突し、地球全体が岩石蒸気に覆われる灼熱地獄の中、対象の細菌達をどうやって生き延びさせればいいのだろう?」

「無理ですよね。それに32億年前なんて、ありえないです。そんな時代に生命っていたのですか?」

「まあ、落ち着いて考えてみよう。今回は参加チームが少なそうだから上位入賞できるかも知れないよ」

 今、二人はクリーチャー・サバイバル・レース、略称CSRの準備作業に従事している。CSRは、理系の学生の間で人気のロボコンにあやかり、文科省研究振興局の主導で三年前に開始された生物化学系学生のイベントだ。

仮想現実空間にて、地質学上の大規模絶滅をモチーフにしたイベントが発生し、割り当てられた生物種をゲノムの一定量以内の編集により生き延びさせるという競技だ。

 二人以上の大学在籍メンバーがいれば参加可能、予選は指定された施設の端末からリモデ接続にて参加、都合3回実施できるサーバ上のシミュレーションにて、目的を達成した上位8チームが本選参加資格を得る。

 本選は代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターにて、1日4チーム、2日間かけて行われる。各チームの持ち時間は2時間だ。

ステージ上の近未来の走査顕微鏡兼粒子ビーム照射装置と称した巨大なギミックの外部スクリーンに映しだされるDNA分子らしきものに、未知の粒子ビームをプローブとして照射し、分子構造を変更してゲノムを書き換える。この部分は妙にリアルだと評判になっている。

 競技のビジュアルが圧倒的に地味かつ長時間に及ぶので、競技中の観客はほとんどいない。表彰式も少数の関係者が見受けられる程度だ。

 過去2回のイベントと対象生物は、よく知られたものなので今回のシナリオの異常さが際立っている。


『第1回 白亜紀末の巨大隕石による大絶滅 

対象生物 最大の翼竜 ケツアルコアトルス

第2回 ペルム紀末の大絶滅 

対象生物 三葉虫


  今大会 32億年前 小惑星衝突

      対象生物 タウム古細菌』


 予想が大きくはずれたせいか、常連チームの多くが今年の参加を見送っていた。

我がO大も費用節約と称して、主力3チームは出場辞退し旅行やオリンピック観戦に行くようだ。Dチームで旅行の予定のなかった俺と由美ちゃんだけが参加している。こんな状態で本選の8チームは揃うのだろうか?

「タウム古細菌は確かアーキアの中では通常の環境に適応したものだったはずだけど」

「そうなんですか?

関係ないですけど、Cチームの人たちプーケットにいるらしいですよ‼」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る