第3話 哀しみのブラック・シスター

 シスター・ベルナデッタがブラック・シスターと戦うことになった、その日の夜。

 僕――盾島たてじま誠太せいたとシスター・ベルは、ブラック・シスターがさまよっているという外国人墓地にやってきた。

 しかし……夜の墓地というのは不気味なものだ。

 シスター・ベルと出会った場所も墓地だったけど、あの時は男友達とふざけ合っていたから、あまり怖くはなかったかも。

 ……いや、返り血を浴びたシスターはめっちゃ怖かったけど。

「ところでシスター・ベル。幽霊って物理攻撃は効くんですか?」

 シスター・ベルは愛用のデコボコになった金属バットを今夜も持ち歩いている。

「アァ? 普通の金属バットじゃ幽霊の身体はすり抜けちまうだろうよ」

 ガラの悪いシスターは当たり前のように吐き捨てる。

「じゃあどうするんですか?」

「心配すんな、ちゃんと準備はしてある」

 シスター・ベルは修道服のポケットから何やら紙のようなものを取り出す。

「神社に知り合いの巫女がいてな。そいつから御札をもらってきた」

 そう言いながら、シスターは金属バットにベタベタと御札を貼っていく。

「あの巫女の言う通りなら、これで幽霊にもバットが当たるはずだ」

「あくまで最終手段ですからね? 最初は説得から入ってくださいよ?」

 僕が念押しすると、シスターは鬱陶しそうに「わーった、わーった」と手をヒラヒラ振る。

 ……本来なら、動画での見映えがいいのはシスターが幽霊を撲殺する場面だろう。きっと再生数も稼げる。

 それでも……ブラック・シスターの生前の報われない話を聞いてしまうと、なんだか殴るのは可哀想な気がしてしまうのだ。

 僕はスマホのカメラを起動して、動画を撮り始めた。シスターから距離をとって、墓石の並ぶ墓地を歩きながら、シスターを追うようにカメラを回す。

「ブラック・シスター……いや、シスター・リリィはいるか? 少し話がしてえ」

 シスター・ベルが墓地の奥、街灯の光も届かぬ暗闇に声をかけると、なにか――赤い十字架のようなものがぼんやりと光って見えた。

 それが姿を現した時、僕は「ヒッ……!」と思わず声が漏れた。

 シスター・ベルと同じ、ベールをかぶり修道服に身を包んだ修道女。

 しかし、その服装はボロボロで、足が透けて地面から浮いている。そして、赤く光る十字架は、彼女の額から腹にかけて縦に、そして肩を一直線に横切るように刃物のようなもので裂かれた傷だった。

 その目も赤く光を放ち、血の涙を流している。

 それ以外は闇のように真っ黒で、顔もほとんど見えない。

「お前がシスター・リリィか?」

 シスター・ベルは全く物怖じしないで、ブラック・シスターに問いかける。

「……タチサレ……タチサレ……」

「お前の望みはなんだ? お前を自殺に追いやった男への復讐か?」

「タチサレ…………」

 虚ろなる修道女の幽霊は、『立ち去れ』の一言しか言わない。

「……はァ、ラチがあかねえ。もう殴っていいか?」

「早い早い諦めるのが早い」

 金属バットを握り直したシスター・ベルに、僕は制止のツッコミを入れる。

「マザー・オネジムからはなるべく殴るなとは言われたけどよぉ、こんなに話が通じねえ相手じゃしょうがねえだろ」

「……マザー・オネジム……? シスター……オネジム……?」

 マザー・オネジムの名前を出すと、ブラック・シスターの様子が変わった。どうやらオネジムさんとはシスター時代からの付き合いだったらしい。相当仲が良かったのだろう。

「おう、オネジムの名前は思い出せるみてえだな。アタシらはオネジムに頼まれてアンタを昇天させる手伝いをしに来たんだ。アンタの未練はなんだ?」

「……ニゲテ……」

「あ?」

 ブラック・シスターが言葉を発した途端、シスター・ベルの背後に黒い影が――別の霊が地面から湧き出てきた。

「シスター! 危ない!」

「チッ……!」

 霊が手を伸ばす前に、シスター・ベルの金属バットが霊の横っ面にめり込んだ。霊は墓石をすり抜け、墓地の奥まで何の障害もなく吹っ飛んでいく。

「おい! なんだ今の!」

「わかりません! 他に幽霊がいるなんて聞いてない!」

 僕はパニックになりながらも、カメラは止めない。

「アア……アアァアア……!」

 ブラック・シスターはもう一体の幽霊へ向かって滑るように移動する。

「オォ……リリィ……リリィイイィイイイ!」

「アァアァアアァ……!」

 ブラック・シスターと謎の霊が何故か戦闘を始める。

 シスター・ベルと僕は呆気にとられてその戦闘を眺めるしかない。

「なんだ……? 何がどうなってやがる……?」

「ブラック・シスターが……僕たちを守ってくれてる……?」

「なんだそりゃ、じゃああの霊は何なんだよ?」

 わからない。わからないけれど。

「よくわかんねえけどよ、アタシはシスター・リリィに助太刀していいんだよな?」

 シスター・ベルはニヤリと笑いながら金属バットを握りしめる。

 僕はこれから始まるであろう、幽霊撲殺ショーを撮影するため、スマホのカメラを構えた。

「シスター・ベルの怪異撲殺チャンネル、はっじまっるよォ!」

 シスター・ベルはお決まりの挨拶を叫びながら、僕たちを襲ってきた謎の霊を金属バットで思い切り殴る。

 脳天に金属バットが直撃した霊は地面にめり込んだ。

 謎の霊と戦っていたシスター・リリィは驚いたらしく、動きを止めてシスター・ベルと敵の霊の戦いを見守る姿勢だ。

「オラオラオラオラッ!」

 シスター・ベルが雄叫びを上げながら金属バットで撲殺ラッシュを決める。

 幽霊は殴っても血は噴き出さないらしく(当たり前か)、しかし髑髏のような頭はどんどんひび割れていく。

「大人しく、地獄に、還りやがれッ!」

「リ、リィ……………………」

 やがて霊体の頭蓋骨が砕け、謎の霊は砂のように消滅した。

「よっと……結局なんだったんだ、あの霊は?」

 シスター・ベルは金属バットを肩に担いでひとり呟く。

「シスター・リリィ、アンタを知ってるようだったが…………って、あ?」

 シスター・ベルがシスター・リリィを振り返って唖然とする。僕もカメラと一緒にその姿を視界に入れて驚いた。

 ブラック・シスター……いや、シスター・リリィは、あの恐ろしい姿から一変し、おそらくは生前に近い姿――清らかな修道女の姿になっていたのである。

「ありがとうございます、オネジムの娘」

 シスター・リリィは深々と頭を下げた。

「私はリリィ。地縛霊となってこの墓地に縛られていました。この墓地には――あの人がいたから」

「あの人、というと?」

 僕は恐る恐るシスター・リリィに訊ねる。

「アンタを妊娠させたっていう、くだんの男性教師か」

「……はい。あの人は死後墓地をさまよい、人を襲う悪霊と化してしまいました。私は、あの人から現世うつしよの人々を守るため、天に昇れず毎夜あの人と戦っていました」

「つまり……ブラック・シスターが墓地に踏み込んだ人を追いかけていたのは、悪霊に襲われる前に追い払うため?」

 ブラック・シスターは悪霊などではなく、むしろ人々を守る善霊だった、のか。

 霊を見た目で判断してはいけない好例である。

「あの人が地獄に落ちたことで、この身をさいなむ十字架の呪いも解けました。本当にありがとう。オネジムによろしくお伝えください」

「おう。どうかアンタの眠りが安らかでありますように」

 シスター・ベルが手で十字を切ると、シスター・リリィは微笑んで天に昇っていった――。


 後日、その動画を上げたあとの話。

「動画、賛否両論分かれてますね……『ブラック・シスターの哀しい話に感動した』って意見と、『ブラック・シスターを撲殺してほしかった』って意見。低評価もいつもより多い」

 おそらく視聴者はフィクションだと思っているので、この作り話がエンターテインメントとして面白いかどうかで判断しているのだろうが、『撲殺してほしかった』はあまりにも酷くないか。

「はっ、低評価なんてどうでもいいっつーの。アタシらが納得できたならそれでいいんだよ」

 いつもの聖堂、長椅子に座ったシスター・ベルはつまらなそうにタバコをくゆらせていた。

「それに、評価よりも再生数が物を言うのが動画サイトの世界だぜ。どうよ、今回の数字は」

「はあ、まあ結構伸びてますけど」

 僕はシスターの物言いに半ば呆れながら再生数をチェックする。今回は幽霊が相手だったから返り血も浴びてないし、グロテスク度は低いので初見向きだと思う。再生数もいつも通りといった感じだ。

「マザー・オネジムさんには伝えたんですか?」

「おう。『どうもありがとう』だけだったがな」

 シスター・リリィは霊となっても、マザー・オネジムとの友情は忘れていなかった。マザーもきっと同じだろう。今はリリィの安らかな眠りを祈るのみだ。

『ここまで見てくれてありがとな! チャンネル登録しねえとブッ殺す!』

 動画の最後には、シスター・ベルナデッタの場違いなほど明るい脅し文句が聖堂に響き渡った。


〈完〉

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シスター・ベルの怪異撲殺チャンネル 永久保セツナ @0922

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