百合、書いちゃったんですか!?

愛岡植記

1/1 話

「『山に登ると人生が変わる』

 その言葉についての真偽はわからないが、本書との出会いにより私の人生は疑いようもなく変わってしまいました。


 それまでの私は元幼馴染であるSちゃんに付いて回る、その他大勢のひとり以外の何者でもありませんでした。向こうにとってはただ家が近かったから特別相手にする機会が多かっただけなのかも知れませんが、私にとってはそれが全てでした。

 しかし彼女との関係に埋まることのない溝が出来ました。

 私に、浮いた話が全く無いがために。


 周りの、誰々が誰々と付き合っただのキスしただのは、中学生にもなると自然と耳にするようになる。しかしSちゃんは、昔からそうなのだが、ある種の世俗離れをしてるというか同世代から見て達観しているような雰囲気があった。そして学校内での私達グループの会話に一度たりとも恋愛話は上りませんでした。

 だから、確証も無くこの関係がずっと続くと安心しきっていたある日、ふたりで塾を共にした帰り道に恋の相談を受けた私は、虚を衝かれる思いをしました。


 単に聞き手が欲しかったのかも知れませんが、私としては役に立ちたかったのですが、これ以上無いってぐらいに言葉が上滑りしたのだけは記憶しています。

 そもそも人としてのデキがひとつもふたつも上のSちゃんにわからない物が、傍にいて育って同じ経験をしてきただけの私にわかるはずもない――――そういう凝り固まった考えが、決定的なまでに災いしたのかも知れません。


 彼女とは別々の高校へと進学し、疎遠になりました。

 自分に見合った自分だけの道を探すのは大変でしたが、冒頭に記した通りの出会いを果たし、そのおかげで裾野が広がったのを実感しています。


 過去の不甲斐ない私が払拭できるとは思っていませんが、いつか、Sちゃんにはきちんと謝って、私の好きも伝えたい。

 そんな勇気をくれた本書と作者さんに感謝です。              」



 * * *



 春休み課題として出された読書感想文を上記のように作文用紙2枚に認めたところ、その日の放課後に担任教師から返されてしまった。

「読書の感想を書け、読書の感想を」とのことだったが私としても一家言あるわけでして失礼ながらその場で反論させていただきました。


「読書の感想って何ですか。例えばあらすじを書いたり引用をしたりすると、それはもう読書感想の定義から外れることになると考えたことはありますか? そもそも私は過去の自治体公募で入選したものを参考にし自信を持って課題へと取り組んだのですが、あなたはNoと言うのですか、国語教師でもないあなたが。」


 私の熱意は伝わったのでしょう。無事に受理となりました。


 そして翌朝、2学年校舎の回廊に張り出された私の文章を目にした生徒たちの間にどよめきが生まれ「ア、アイツダヨ、ホラ」と後ろ指を指されて、残り2年間の高校生活中ずっっと腫物のような扱いをされる――――そんな展開が脳裏に過ったそこのあなた、残念ながら不正解です。


 掲示されて間も無いし、同学年だけで300作もの数が並ぶ。

 しかし1週間が過ぎて何の反響も、どころかとうとう5月の恒例行事であるレクリエーションの時期が来てしまい写真掲載の場を確保するために回収・返却された時になって、ようやく、私はひとつの事実へと辿りつきました。

 他人の文章なんて誰も読まないのでは? と。


 正直、私から見てもあの文は、自身の中にひけらかせる物を見つけ浮かれ勢いで書いて提出してしまった感が否めないものでした。

 せめて文学に精通するキャラとして知れ渡っていれば良かったが、今の私は残念ながらクラスの日陰物としての立ち場に甘んじていまして。それが急にの小説を持ち上げ出して更に赤裸々に過去の経験まで語り出しでもしてみなさい。奇異な目で見られること間違いないでしょう?

 現実は、それすらも無かったわけですが。




 どうして。17年生きてきてそこそこ創作物に触れて育ってきてライトなものが多めだけど文字媒体だって嗜んできた。それが今になって、Sちゃんと疎遠になってからに好きだと声を大にして言えるモノと巡り会ってしまったのかと。

 それがどうして百合で、小説なんだと。

 裾野が広がったなんて自分で表現しておいて全く実感が湧いて来ないのもさもありなん、と言った具合でした。先が見えるようになったところで進むべき道なんて稜線に沿った細いものしか無いというオチが付いてきたわけですかそうですか。


 私には過ぎた代物。

 消化できようはずも無く負担として圧し掛かるのみでしたと。

 今は遠き、健やかな生徒生活に思いを馳せつつお腹を摩りつつ私には、まだ誰も来ていない教室へと赴き、朝の作業を開始する他ありません。


 まず‟教室”入口に何故かある靴箱前で上靴へと履き替える。そして室内後方の自分の棚からその日必要な副教材等を取って代わりに前日の物を入れ置く。

 以上で用事は済んだので繰り出し、向かうは生徒指導準備室。

 そこでひとり自習をして昼食を食べ、放課のベルが鳴ったら帰ります。


『生徒指導準備室』


 名前に準備と付いているからには生徒指導室の横におまけのように存在する、畳にして9枚ほどの縦長空間。不透明なガラス仕切りによって2つに区画が分けられた手前側、廊下と生徒指導本室の両方から覗き見できる場所にL字テーブルが置かれている。それが現在の私の席、と!


 人心地付き、ついでに天井を確認。

 目に入るは吹き出し口、横文字にするとディフューザー。

 そう。この部屋には空調設備が! というのも数こそ1台しか無いもののパーソナルコンピュータ様が同じテーブルに相席する形で御座しておられ部屋の窓は開放不可となっているのです。

 だからこうしてその恩恵を――――


「ここでの生活は気に入ったか? 仁菜川」


 担任教師でした。

 私が肘掛け椅子に座ったまま入り口横の壁へと後ろ手に腕を伸ばしていたところ、ヌッと、長い黒髪がこちら顔に被さるような距離にいきなり現れ、見下ろすようなその目ともバッチリ視線が合ってしまいました。

 何とタイミングが悪いことか。現代インフラの活用は諦め、代わりに壁を押して椅子のキャスターをきゅるきゅる。姿勢を正し改めて向き合う他にありません。


「えぇ……お早うございます。先生こそ早朝にまですみません」

「いや今日は他に用事があって、ついでに顔を出しただけだ。というより仁菜川も本当にこんな時間に来ていたんだな。それの方が驚きだよ」


「父の職場がちょうど自宅と学校の延長線上にあって、不登校など許さないと強制的に連れて来られてるだけです。もしこれで普通に教室授業を受けさせられるのだったら、窓なり何なりぶち破って全力で逃げさせてもらう所存ですよ」

「フフッ。ぶっちゃけ学校側としてもそれを嫌って貴方の特別待遇を許してる面もあるんだけどね」


 ふふ、ふふふふ……と、ぶっちゃけられSHRで渡す予定だったというプリントを先に出され、空調のスイッチも(逆に)入れられました。

 忙しない様子から、早々に会話を切り上げたいのだろうと察する。


「じゃ! 朝はこれでっと、ああそうそう。今日はもうひとり、1年生の子ね。この部屋で自習する子を連れて来るから仁菜川は奥の方でお願いね。それまで冷房も好きなだけ使って良いから、ヨロシク」


 ひらひらと手を振ってきたのでこちらも返して見送り、後ろ姿が確認できなくなると同時に暖房を点けさせてもらいそのまま部屋奥の席へと移動する。

「もうひとり」の生徒が何時来るのかわからないので最低でも荷物だけでも先に除けておかねばと考えての行動なり。

 だったら聞いておけよって話ですが、先程からまたお出ましになられているお腹の痛みが私のバイタリティを全て奪っていくから仕方がない。


 先生のことは嫌いだとかそういう事はなく、むしろ私としては謝りたいぐらいなのでした。読書感想文の件で「情報教師ガー」などと明確に敵意を表してしまったことに対してを。

 私は窓際の席に座って半透明な自身の鏡像、すっかりしかめっ面が板についてしまった物を見て、思う………BOX型のこっちのスペースも悪くないな、とも。


 生徒指導室からは偶に3年の副主任も覗いてくるし、向こうの日当たりの良さそうな席の方が良いかも知れないなあなんて。

 うんうん。この調子で昼になり陽気も差すようになれば、私の陰鬱さも払われるてくれるでしょう。根拠は無いけれど――――




「――――ぁわ! いないのか仁菜川!」

「んぁ?」

 私はここにいますけど?

 言いかけ、自分が眠ってしまっていたことに気づく。

 BOXスペースの扉が開かれ、担任教師とその背後の女子生徒の姿が目に入る。


「お前なぁ……まあ良いんだが。とりあえず連れて来たからヨロシク頼むよ」

「はぁ~ひぃ」

 返事はしつつも、ヨロシクとは具体的にどうしろという疑問が残ります。


「……」


「……」


「仁菜川って、もしかして仁菜川しずさんですか?」


 確かにそれは私ですけど、そういうあなたは何なのだろう。

 1年とか言ってたが私に中学で後輩と呼べる間柄の知り合いはいないし、後輩と呼べない間柄の顔見知りに対しては話す事など無い。

 よってここはいっちょ無視と洒落込ませて頂きます~zzz。


「あの、しずさんじゃなかったら返事は結構です。ただもし当人だとしたら春の読書感想文課題、大変面白かったとだけ……」


 はぁぁぁぁああああああああああああああああああんぁあああ!!!???


 完・全・覚・醒。

 思わず驚きの声が漏れるかと。

「ちょ、ちょっと待ってて!!」


 身なりを整えなければならない衝動に駆られ少々のお時間を頂き、念のため手荷物も持って背筋も伸ばして間仕切りの扉へと手を掛ける。

 先程ちらっと見た少女の姿がありました。

 元々私に充てられていた席に座っていたその隣、から、更に近い位置に椅子を陣取って腰を下ろさせてもらう。


 相対した1年生は中肉中背である私より体躯全体が一回り小さいように見えた。

 ショートヘアで、ぷるぷると震える様はまるで子犬のようで。

「あ、ごめん。ちょっと興奮が抑え切れなくて、圧が出てしまったかも」

「いえ。声を掛けたのは僕の方ですので」


「……そう言って貰えて助かるわ。じゃあ早速本題なんだけど春休み課題のアレ、読んだってのは本当?」

「本当です」

「ふ~ん。それって偶々、私のが目に付いたって事?」

「張り出されてるのは全部読みました」

「えぇ!?」

「大部分はさらっと流し読みしただけですけど。それで仁菜川さんのが目に付いたかどうかというと、まぁ目には付きましたね。だってアレ400字詰め原稿用紙2枚分に改行無しでびっしり書いてあって、おまけに本の内容自体にはノータッチでしょ」


 はい、確かにそのように書きました。

 書きましたけれども、彼女の言葉をそのまま鵜呑みにできない自分がいました。

 彼女に何か目的があるかどうかはともかく、理解の範疇を超えているというのは過言なのでしょうか?

 ひとまず置いておくとして――――


「――――で、読んだ?」

「だから仁菜川さんのは」

「じゃなくて、これ!」

 私は鞄から4冊の新品の本の塊を出しました。例の愛読書です。


「あぁ。人生を変えたというあの表題の奴か。読んでないですね」

「どーして!?」

「どーしてと言われても、まだ読んでなかったとしか」

「それは良くない、凄く良くないわ! 現代利器は私達をその知的関心の対象へのアクセスを容易にしてくれてるというのに何故ノーベル学者が危機感を露わにしなくちゃいけないのか。正しくあなたのためじゃない!?」


 どうにかこうにか押し付けに成功。

 何か「僕が興味を持ったのは本じゃなくて~」とか口にしていたが、もう遅い。

 これはお願いではなく強制です。もちろんタダでやらせる訳にはいかないので、私が昼食用に持って来ていた栄養機能食品と人口甘味料の入っていない缶コーヒーもくれてやりました。おまけで後で代わりの昼食を買うついでにお気に入りの炭酸水も購入して付けてやるぞと。ふへへへへ。



 * * *



 隣室から男性教員が乱入してきて私がBOX部屋の中へと押し戻された後になり、名前を聞き忘れていたことに気づきました。


 飯井いいいヒロ。

 彼女は昔の私のように大人しい性格なのかアウトサイダーな生徒生活に順応する気はないのか、授業な時間は律儀に教材を開きカリカリしていたいようでした。

 そんな娘が何故こんな僻地に来てしまったのかと。

 せめて協力できる所はしてやるとか。そうすれば私が構ってもらえる時間も増えて一挙両得展開もあっただろうに、悲しいかな肝心のお勉学の方はね……。

 それに私は私の方でこの時間を無碍にはできない理由があるのです。



 飯井ヒロの印象としては、出会い頭に渡された名刺の肩書きまんまであって即ち、私のような凡人には筆舌に尽くし難い人物であった。もちろん悪い意味で言ってるわけではないのだが、まかり間違っても2度とそれを指摘しようと思わせないぐらい露骨に嫌そうな顔をされてしまったので従う他なかった。

 あと苗字についても同様で「ヒロ、と呼んでヒロと。」だそうです。


 肝心のあげた百合本だが、残念ながら「構成は凄いと思う」と私の熱量と比較すると小ヒットに留ってしまったようでした。


 その後はまぁ、共通のコンテンツを見つけては話に花を咲かせた、かな。

 ただし、この部屋におけるパワーバランスをパロメータ表示できるとしたら大して必要とされていない私の方が圧倒的に不利となっているでしょう。これが惚れた弱みというものでしょうか? いや違いますか。

 そしてその均衡のまま6月の中旬に差し掛かった頃、私の自作百合小説がヒロの目に入るという事件が起きてしまいました。



「何ですかコレ?」

 彼女が36行書きリングノートを片手に、そしてもう一方の手で口元を抑えつつ恐る恐るといった仕草でページを捲りつつ訊いてきました。

 それは、現在進行形で私が生み出している黒歴史な代物でした。


「ははは……ちょっと肌色マシマシな内容になっちゃった、かな」

「肌色を通り越してミオグロビンの色なんですがそれは」

「えへっ」

 かつて見せたような嫌そうな目を、今度はこちらの存在そのものに向けられても仕方ないだろう。誰が見たってそう思う自信がありました。


「はぁ……」と嘆息をもらすようにしながら、ヒロはノートをぱたりと。


「これがしず先輩さんのやりたかったことなんですか? あれだけ修辞主義がどうの例の本を引き合いにして熱弁してたのに、自作にはゴア表現に精を出すと」

「いや、だって……無理だし」


「でしょうね」

「はい?」

 同調してくれるとは頭の片隅にも無かった私を他所に、なにやらヒロは自分のスマホを操作し始めたようだった。

「最近流れて来たので、心理パラドクスについての雑学動画です」


 ほいと渡されたスマホ画面の中、再生のソフトキーは既に押されビデオが流れていました。タイトルは『利用可能性ヒューリティクス』。


「その動画で言ってますが、人は、自分が利用できる情報を過大に重要なものと錯覚してしまうんですよ。そしてそれは創作と評論にも当てはまっている事だと、思いませんか?」


「あ~もしかして私がミーハーだ、みたいに言ってる?」

「はい残念ながら。ただしこと創作においては僕よりも先輩の方に一日の長があるのだとも。例えば、比喩でも反復法でも何でも良いのですが、それらが創作‟技術”と言われてる意味がわかりますか? ――――」


「――――つまりですね。過大に重要だと思ってしまうということはそこに強固な繋がり・物語要素を見出していることを意味しているんだけど、創作の場合この機能が働かなくなる。まぁ当然ですよね。繋がりというべき物を完全自前で、無地のパズルの中から用意しなくてはいけないのだから。そしてその用意、引き出すという作業をする際には積み重ねがものを言う。そういうことなのでしょう」



 どうしよう。その故事成語じゃ私のフォローになってないと突っ込もうとしたら逆にたっぷりと弁舌を振るまわれて、おまけに内容についても、わかったようなわからないような感じでした。

 ただ、ヒロは至って真面目だというのは伝わった。というより、本人もそのように表明したい気持ちがあったのか何なのか。話の最中で彼女に、スマホを持っている私の右手をもう片方の手ごと一緒に取られてしまいました。


「これは?」

「あ、いやコレはえぇと、一応、逃げないようにと」

「別に逃げないでしょ。っていうかどんな人物だと思われてたんだ私は」

 えっ? と驚いてしまって、もはや半笑いになるしかなかった。


 相対する彼女の方はというと依然、真面目モード。

 目がそう言っていました。


「今から絶対に当たる予言を言います。題材を選んで背伸びなんかせず先輩自身の言葉を綴ってやるのです。さすれば必ずや良い作品ができましょう」

「絶対、ね。私が作品を完成させるまで毎日、祈祷でもしてくれるの?」

「うん。してあげるよ。祈祷じゃなくて、お手伝いだけど」


 擦れた性格の私だから出てきた売り言葉に買い言葉的な皮肉でしたが、思わぬ返答に毒気が抜ける思いをしました。


「それって本当? 今から撤回しようとしても遅いよ?」

「えぇ。しず先輩がちゃんと僕の言う通りの物を書くのが条件ですけど」

「あ~まぁ、それぐらいなら。決定、ね」

「よろしいんですか。じゃあ一緒に書きましょう。Sちゃんさんへの恋文を。」



 * * *



 7月に入り、学校祭の準備期間に入りました。

 当然ながらクラスの出し物等に携わる気がない私は一切を無視するつもりでしたが、自身が小心者であると自覚がある故に、そしていい加減、隔離授業だけでは状況が悪くなるとして教室に顔を出さなければいけなくなったがために、少しだけ貢献ポイントを稼ぐこととなりました。


 やる事はひとつ、学校祭当日に‟学科”の展示物を見張るだけ。

 私達2年生が、VBAというプログラム言語を用いた簡単なクリックゲーム。

 1年と3年が自作のGIFアニメーションとパワポによるプレゼンテーション動画。

 あわせて30の展示をパソコン教室で一般客向けに公開するのですが、まあ人間というのは何をするのかわからないもので、監視を怠るなと。


 1・3年のモニターで垂れ流すだけの物は良いとして、問題はゲームでした。

 直接パソコン操作を許す以上、勝手にゲームを終わらせて何かされてました、なんて事態があっても不思議ではない。それがソリティアならまだ良いが、パソコン内にあるソフト(授業では絶対使わないだろうに何故かある高級なものを含む)を勝手にコピーしようとする輩なんてもうね。


 ……普通に犯罪行為をする人に遭遇したとしてちゃんと注意できるのか?

 そんな不安を抱えながら迎えた当日、PC教室で席する私の隣には何故か飯井ヒロもいました。

 単位を落としそうという理由以外に、あの生徒指導準備室も他の用途に使われることもあって彼女と一緒になる機会も減ったとはいえ、よりにもよってイベント日に私達が連むのには必然性を見出せそうになかった。


「そう言わず仲良くしていましょうよ。というより僕は、先輩の晴れの日を見に来たんですからそう邪険に扱って欲しくないですね」

「全、然、晴れの日じゃないし。うちのクラス、コスプレ喫茶やってるから冷やかしならそっちにでも行ってて」


「いやいや、先輩がちゃんとパソコン科をやってるのが何ていうか新鮮で。決して冗談で言ってるんじゃないんだから、ね? ……それで今は何を? ゲームを終了しちゃって良かったんですか?」

「エラーを吐いてるんだから仕方ないでしょ」


 理由は、これらが複数回のプレイを想定して作られていないからでした。

 ここで起動してる10作品は授業時間に皆でプレイして評価、点数が高い順から選抜された物。しかし高得点だからといって展示物として適当かというとまた違って、少々問題があるのが半数もあったと。


 VBAというプログラム言語はエクセルシートによって内部数値を扱うのだが、2回目以降のプレイをする前にその数値をリセットしなくてはいけない。しかしほとんどのクラスメイトらは、その点がスッポリと頭から抜け落ちたまま製作&評価をしてしまったのだろう。

 だから私が、新たなリセットボタンを配置(例え画面が不格好になっても)してやってその挙動もプログラムしてやっている、わけでした。


「ほうほう、出すもの出した後は無関心と。そして先輩が気づかなかったらこの展示企画も半ば成り立たなかった、というか、それを学校祭当日にやらなくちゃいけないというのもおかしな話ですね」

「ふひひひひ、そうですねぇ!」


 正に指摘の通り過ぎると、ついつい気持ち悪い笑いも出るというもの。

 実は全ての得点集計をやったのは私で、しかもその私はクラスメイトらの作品自体をひとつも見ていなかったのですよと。

 だから、自分を含めた無関心によるツケを払わされているというのが現状だった。


 まあそれでも良いやと。

 どの道ここの監視のために缶詰にされるのは一緒だから、やる事を与えられてる分には祭に参加してる感も与えられるというもの。そして現に修復作業を終え、本格的にする事が無くなると後は室内後方中央の席でグデ~っとするのみでしたから。


 おそらくヒロと一緒に――――そう思っていた矢先、「あぁホラ、仁菜川さんいたよ」と室内入口の方で男の声が私の名を。

 見ると、同じ中学出身の男子生徒の姿。

 そしてその背後から、サアヤが現れたのでした。


「しず! 久しぶり!」

 挨拶の言葉とともに、ぎゅっとハグをされてしまいました。

 彼女が持つ手提げバッグやら何やらが、背中にバンバン当たってました。


「驚いた? 来ちゃったの。はいこれアンタの。ここの文化祭、招待状いらないのは良いけどやっぱ前券制みたいなのは面倒だね。昼過ぎでもう親御さん達が売ってるたこ焼きぐらいしか目ぼしいのが残ってなかったよ」


「ありがと……て、あぁもしかして飲み物買えなかったりしてる?」

「そう。そうなの。自販機も封鎖されてるとかアタシの学校だとありえないいし、一般客招き入れといて熱中症対策が全くなってないってどうなのって話よね」


「水はフリーで開放してますよ」とヒロ。

「……誰? 後輩君?」



 後輩と呼べるか微妙でしたが(学科も違うし)、とりあえずお互いの紹介はしておきました。こちら幼馴染のサアヤになりますぅ~と。

 ぎこちなさは否めないが、こういう私を中心とした三者以上の集まり自体が人生初なので許して欲しいところ。


「どちらにしろここは飲食禁止なので先輩、幼馴染さんと一緒に周ってきたらどうですか」

「本当、良いの? 実はちょっと、しずを借りられないかなと思ってたんだよね。ありがとうヒロちゃん。これ後で食べてね」


 言いながらサアヤは、PTA露店製たこ焼きのパックを出して渡していました。

 私の方はというと、不穏しか感じなかった。

 ヒロの魂胆が見え見えだったから。でも感謝はする。




 この1年でまたデカくなった? ――――

 ――――なった。しずは相変わらずチビだねぇ。


 前も言ってた気がするけど、私がチビ呼ばわりはやっぱおかしい――――

 ――――チビはチビでしょ。もっとちゃんと食いな。あ、出されたものは全部平らげるんだったっけ? 卑しいから。


 それ普通の事だから。っていうか何でうちの学祭Tシャツ着てるの――――

 ――――これね。知らない子が借してくれたの。しずの方こそ何で着てないの?



 適当に会話しつつたこ焼き食べつつ向かうのは体育館。

 そこではスケジューリングされた出し物があり、一般客が足を休める用のパイプ椅子も並べられてました。その脇の段ボール製のごみ箱に空のたこ焼きパックを入れようとしたサアヤが誰かに呼びかけられ、「じゃあ行ってくるわ」と口をモグモグそのままにステージ裏へと姿を消した。


 私は近くの椅子に座り、見守ることに。

 壇上周りには立ち客がいて、帰れコールを漫才芸を披露している男子生徒2人組に向けていました。それに注意を引かれたのか客足が伸びてきてまばらだった席も段々と埋まってきました。


 何となく、思い出す事がありました。

 風の噂でサアヤが部活を立ち上げたと耳にしていたことを。


 最初に現れたのは、学祭Tシャツを着た3人組。おそらくはうちの生徒。

 そして次がジャケットとツバ付き帽で揃えた3人組。そのうちのひとりがサアヤでした。

 その瞬間に歓声が。気のせいでなければ、彼女が現れたと同時に一際大きく反響をしていました。女性特有の黄色いあれで。


 それは、わかるものでした。

 むしろ、わかり過ぎてるぐらいで。誰が、女子高生で黒のジャケットを着こなせるのだと。仮に私が二十歳を超えてリクルートスーツに身を包んでも、無理だろうと。そして誰が1年で片手倒立が出来るようになるものだろうかと。

 

 かつての彼女と私の間に無かった人垣は、きっと来年になるともっと膨らむ。

 そういう未来しか見えなかった。

 

 やっぱり私は机上でどうこうしてるぐらいで、十分そうでした。

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