ちょっと個性が強すぎて

「た~だいま~」


私がお風呂を洗い終えてお湯を張り始めたところに、観音かのんが帰ってきた。


「いや~、今日はマジ疲れた。めっちゃくちゃお客が多くてさ~」


帰るなりそう愚痴をこぼす彼女に、私は、


「おかえり。それは大変だったね」


と穏やかに応える。すると彼女もホッとした様子で、


「あとあと、聞いて~、めちゃくちゃショックなことがあってさ~」


そう続けた。それについても、私はそのまま耳を傾ける。


「くじの景品のコースターがいっぱい残ってて、今日が最終日で、日付が変わったら撤去するから、そしたら全部買い取っていいって店長が言ってくれてたんだよ。


で、そのつもりで楽しみにしてたのに、バイト上がりの直前でさあ、残りのくじ全部買ってったお客がいたんだよ~


ひどくない? ねえ、ひどくない?」


「あ~、それは残念だったね」


「ホントだよ! ああ、でも、それがなかったら売れ残るようなのだったから、たぶん、転売目的とかじゃないだろうし、その人もきっとビリーくんの熱烈なファンだったんだろうなぁ……


そう思ったらまだ救われるよ」


「そうか。そう思えるんだったら、まだ、幸いだね」


そして、一通り愚痴を言い終えると、彼女は今度は、私に向かって、


「どう? お母さんも仕事でなにか嫌なこととかなかった?」


って訊いてくる。


そうなんだ。彼女は、自分だけが一方的に愚痴るんじゃなくて、ちゃんと、私のことも気遣ってくれるんだよ。しかも、彼女が口にしてた<愚痴>にしても、誰かを攻撃して貶めようとしてるわけじゃないのは、その口調や表情からも分かる。ただ単純に、<今の自分の気持ち>を表明してるだけに過ぎない。だから聞いてる方も、そんなに嫌な気分にならない。


本当に、いい子だよ。


ちょっと個性が強すぎて、男の子からはモテないみたいだけどね。


男の子の友達も、何人かはいたらしいけど、付き合ってるっていうのはいなかったそうだ。


<結婚願望>もない。


「ま、結婚とかするつもりは今のところないし、このままずっとお母さんと一緒に暮らしてていいかな?」


大学に通い出してからは、そんなことも言い出した。


普通ならそれを、


『パラサイトシングル宣言か!?』


みたいに受け取るところかもしれないけど、決してそういうことじゃないのを、私は知ってる。


奨学金の手続きも、保護者である私が書かなきゃいけない書類とか以外は全部自分で用意して、受験の準備も手続きも全部自分でやって、入学の手続きも全部自分でやるくらいに意欲を見せてて、真面目に勉強するために大学に通い、バイトまでやってるんだよ。


ホント、観音かのんはもう、精神的には自立してる。私はただ、名目上の<保護者><法定代理人>っていうだけなんだ。


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