第8話父と彼女

 俺の足は動かない。

 動いてはくれなかった………。

 だけど…視線も彼女と父親から外れてはくれなくて、目を反らす…なんて事すら出来なかった。


 そんな複雑な俺の感情何て……二人は知る由もなく、父は座っていた椅子から立ち上がると机の上に紙幣を置き店から出て、そんな父を彼女が慌てて追いかけるという、三流の別れる瞬間の恋人同士の様なドラマを見ている様で、もうオレは笑うことさえ出来なかった。

 笑って声をかければ良かったか?

 怒って声をかければ良かったのだろうか?

 いや、それよりも…


『なあ親父……彼女とはどういう関係なんだ?』

『葉子さん…俺の親父とはどんな関係なの?』


 そうどちらかにでも訪ねられれば良かったんだ。


 心の何処かで俺さえその気になれば何時でも彼女に問いただせるとそう思っていた、その質問が出来るのは一人だけになってしまい、彼女とは…もう夢でしか会う事が出来なくなってしまう何て、夢にも思っても見なかった。

 大切な人が何時も側にいてくれる、別れなどない、そんな日常は実は奇跡に近いのだと、母さんを亡くして痛いほど理解していた筈なのに………学習機能がぶっ壊れている俺は何度も同じ事を繰り返す。


 それから何回彼女のアパートを訪ねてもいなくて、電話をかけても彼女からの返信すらない日々が続いた。

 そんな日々に苛立ちを覚えながらも、それでも父さんには聞けずにいた。

 聞いてしまえば、父が母さんの為に偲ぶ日々すら嘘になってしまう様で…きっと俺は怖かったんだ。

 あの二人の、二人を思う関係は子供心に綺麗な物だと失くして欲しくは無くて………きっとガラス細工の扱い方で触らなければ壊してしまいそうだった。



 そんな馬鹿な俺が彼女の今を知ったのは

『俺を訪ねてきた警察官に教えらたから』、という、これがクイズの答えなら何て悪趣味なんだろうと思える答えを聞かされたからだった。

 ニュースの放送で知った…何て事は無いのは単に俺がテレビ何て見ないだけ、スマホのニュースも見ることはなかった。

 ずっと彼女の連絡先とにらめっこしていたから……その画面しか開いていなかったから、気付けずにいたんだ。

 知っていれば、この後のショッキングな出来事の防護材位にはなっていただろうに。


 警察官Aは俺に質問する。

 彼女の事を知っているか、と。

 俺は、『俺の彼女です』と答えた。

 躊躇が少しだけ自分の中にあったのは、もしかしたら俺だけがそう思っていただけかも知れないと考えたから。

 情けない俺は、俺たちの関係が俺が考えていたものとは違っていて、俺の独り善がりのものだったかも知れない、そんな事実が脳裏を掠めた。


 警察官Bはオレに訪ねた。

『失礼ですが…○○日の○○時間から○○時間までの間、貴方はどちらにいましたか?』


 その日は、悲しくも父さんと彼女を俺が目撃した日だった。


 俺は答えた。

『街でブラ付いた後は、アパートにいました。………』

 警察官Bは追撃する。

『それを証明できる人はいますか?』

 俺は答えた。

『隣の人は帰って来たあと会ったので挨拶していますが、それだけです』と。


 その後、俺は何故そんな事を聞くのか?と警察官に訪ねた。

 嫌な予感はしたが思い当たる節なんてないのだからしょうがない。

 彼らの答えに俺は衝撃の余り食ってかかった。 俺は信じられずに、思わず問いただしてしまったんだ。それは本当か!?と。それは誰かと間違えていて、彼女ではないんじゃないか!?と。

 そう…………間違いだと言ってほしかった。


 彼らは俺の様子に若干引き気味に、もしかしたら、またお伺いする事があるかも知れませんと言って帰った。


 俺は……玄関のドアも閉めること出来ずその場から動けずにいた。


 父の事を、警察官に伝える事も出来ずに、何も言えずに。



 ◇◇◇


 俺は学校に行くことも出来ずベットに仰向けに横たわったまま人形見たいに……動けずにいた。

 身体と心が誤作動を起こすと自分の身体を自分で動かす事が出来なくなるなんて思っても見なかった。


 そんな俺を心配してアパートに訪ねてきてくれたのは……斎藤だった。

 不用心にもアパートのドアの鍵すら掛かっていなかったから、斎藤はそのまま律儀にお邪魔しますと声をかけて入ってきた。


「おい、アホ、生きてるか?」


 ベットに仰向けに横たわったままの俺の顔面にドラッグストアで買ってきた食材やら栄養的なドリンクやらをドサッと袋のまま乗せられた。


「俺は………アホだったんだろうか?」


 それを


「うな事を聞いてくる事事態がアホだとは思うが、お前はお前が思うよりまともで俺にとっては、良い奴だよ」


 何て斎藤が言うから危うく俺は泣きそうになってしまった。


「てか、お前顔面に買物袋置くなよな」


「買ってきてやっただけ有り難いと思え」


「全くだな。いくらだった?」


「此位で金なんか取るかよ。そんなに俺はケチじゃない」


「お前こそ、良い奴だよ」


 と、どうしても小声で呟く様に伝えてしまう俺はやっぱりチキンだった。

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