第7話斎藤

「……で?」


小さなテーブルにコンビニで買った弁当類を広げている俺に、斎藤は頬杖を尽きながら訪ねてきた。


「……で?って何だよ…」


ちょっと悔しかった俺は斎藤に質問で返す。ホントは質問の内容など解りきっているのに、こう言う事が斎藤にガキ扱いされる原因か?


「お前がちょいちょい面倒な奴なのは知ってるが、答えろよ?」


こうなると斎藤は俺が話し出すまで、何日だって口を聞かない。

俺が話し出せば、根気強く聞いてはくれるのだが。そんなところがこいつには勝てないと思わせる要因だった。

きっと、自分本意な俺とは違いこいつと付き合える彼女は幸せになれるだろう。


「……葉子さんは………俺に何を求めているんだろう?」


俺の聞きたいことを、直接的な言い方をしたつもりだが、直球過ぎて伝わらなかった。

説明が足りなすぎた。


「……質問の意図が解らん。……好きあっているからセックスしたんだろ?まさかド素人にテクニック何て求めちゃいないだろ?」


「!!」


何も言ってないのに、何で俺が彼女と関係を持った事が解るんだ!?という俺の表情を読んでか斎藤は溜め息を尽きながらも、俺の疑問に答えてくれた。

それにしても、何故にこの男はド直球な言い方しか出来ないのか?

言うにしても言い方って物が有るだろう。


「長い付き合いだ。そんなのお前を見ていれば解る。……ってか、俺としては何故に恋い焦がれた彼女と結ばれたお前がそんなの顔をしているかって事が疑問だ(……まあ気付いているのは俺だけじゃねーけどな)」


伝えるつもりもない最後の言葉は、健に届く事はなかった。

斎藤は届けようとも思ってなかったのだろう。


「……葉子さんがさ、朝まで一緒にいられるって良いねって、そう言ったんだ」


素直に受けとれば、一緒にいたい相手とずっといられる女心とも受け取れるのだが……彼女の言い方はそんな感じじゃなかった。


「……今まで付き合っていた奴は朝まで一緒にいる事が出来ない相手だったって事か…」


「……」


斎藤は俺が皆まで言わなくても言いたいことが解ったようだ。

それは……きっと。


「……斎藤は、どう思う?」


俺が問いかけると、斎藤は箸を止めて少し間を開けて答えた。


「大河内は…バカなところがあるが、勘は悪くない。……だからきっと、お前がそう受け取ったんなら、そうなんだろうが……気になるなら、聞いてみたらどうだ?」


「出来れば苦労しない……」


バカ発言はこの際どうでもいい。


「何だ………抱き合った中の割には随分薄っぺらい関係だな」


「……」


歯に衣着せない斎藤の言葉は、切れ味が良く刺さるが、だからこそ相談する相手としては適任なんだ。


「長く付き合って行きたいと思っているなら、何に我慢して、何をぶつけ合うかは考えろよ?…俺なら、気になったなら聞くし、結果が解ってて、それでも離れたくないなら、無かった事にする。……安心しろ、骨だけは拾ってやる」


斎藤はそれだけを言うとまた弁当を食べ出してしまった。

俺はそれ以上何も言う気になれず……、結局俺も弁当を食べ出してしまい、男二人が黙ってアパートの一室で黙々と弁当を食べると言うとてもシュールな空間になってしまった。


俺は………どうしたいんだろうか。

別れたくなんて絶対に無い。それは確かだ。


でも、どうしても彼女の過去の相手が気になった。


◇◇◇

それから、何となく彼女と会う事が出来ずにいた。俺としては会いたい。

だけど、何と言って連絡すれば良いのか解らず、彼女が何の仕事をしていて、普段はどんな事をしているのか、何て俺は………何も知らないんだ。

いつも彼女からの連絡を待っているだけの受け身な自分が浮き彫りになってしまった形だった。

学校に通いながら終ると、電車に乗って、アルバイト先に行き、そしてお金を稼ぐために働く。

そんな人としては当たり前な日々に苛立ちつつも救われていた、そんな時だった。


何時もの様にアルバイト先に行こうと歩いていると彼女と待ち合わせしたカフェの近くを通った。

もしかして葉子さんがいたりして、そんな淡い期待を感じつつ視線は葉子さんを探した。

彼女を見つけ、運命の神様は俺の味方だと感謝した矢先に、一緒の席に付いている中年の男性に見覚えがあった。

座っている場所は俺と一緒に過ごしたあのテーブル。

女々しいと言われても、俺にとっては思いでのテーブルだ。

そして、その相手は…………俺の父さんだった。

何もおかしな事じゃない。

だって……二人は知り合いだと、葉子さんが言っていた。

母さんの事だって知っているって、そう言っていた。……だからおかしな事じゃない。


そう、自分自身に言い聞かせた。

必死に言い聞かせた。


でも、何で今になって?

それも、嬉しそうな葉子さんと違い父さんはどこか思い詰めた様に張り付けた表情をしていた。

俺もそこに行ってみようか?

『葉子さん、奇遇だね?…あれ、何で父さんと一緒にいるの?』って、あくまで軽く言えば良いだけじゃないか。


それなのに…………何で俺の足は動かないんだ?

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