第3話妖精の様な人

梨花に少しの懺悔こそあったが、それくらいだった。

それ以上の感情が持てなかった。

どいしようもない奴、そう俺自身思うのだが、この時の俺の頭の略全ては葉子さんが締めていた。

そんなある日の事だった。

待ちに待った彼女からの電話は、1限目が終わった時に掛かってきた。

俺は、4回目のコールで慌てて電話を取った。正確に言えばディスプレイ画面を見てから慌てたのだが、まあ同じ事だろう。


「はい、大河内です」


俺が名乗ると電話越しの葉子さんは暫し無言だったが直ぐに陽気な声で答えて来たから、鈍い俺は気付けなかったんだ。

………今なら、今なら解るのに。


「……ああ、ビックルした!!大河内先生と電話越しの声が健君そっくり何だもの。私、間違えて電話かけちゃったのかと思ったじゃない!」

「俺も大河内ですからね?」


少し不貞腐れた言葉は勿論ポーズだ。

今の俺は、嬉しい以外の感情何てない。


「ごめんね?…健君今暇かな?…私、御詫びにお昼ご飯奢っちゃう!」


勿論……暇なんてない。

これから、2限目だ。

でも、こんなチャンスは二度とないかもしれない。チャンスの女神は前髪しかふらないんだから。


「暇です!勿論、俺に用事は有りません」


待ち合わせ場所と時間を決めて電話切った俺を、冷めた目、いやバカにした目が正しいか?で見つめる斎藤くんがいた。


「やっぱ、お前、アホだろ?」


頬杖をつき、斜め上の俺を見上げるように言う斎藤は俺は言うのも何だが、様になっている。


「何だよ?止めんのか?」

「いや?…楽しんでこいよ」


普段無愛想な癖に、こんな時だけ笑うなよ。


「ああ!」


こんなところが、斎藤と長く友達でいられる所だったりするんだ。

だから俺は、もう一人、浮かれ浮わついた俺を見詰める目が有ることに気付けずにいた。

何で直ぐに電話を折り返してくれなかったの?とか色々おかしな点とか、考えれば出てくる事が沢山あった筈なのに、俺は浮かれていた。


待ち合わせ場所迄焦る気持ちを押さえきれないで、息を切らしながら町並みを走り抜ける。

何でコイツこんな走ってんの?見たいなそんな回りの視線なんてどうでも良かったけど、葉子さんにコイツ、走ってきたんだ。

何て思われたくなくて、俺は直ぐ近く迄来て立ち止まり息を整えた。


◇◇◇


「葉子さん!」


姿を見つけて声を掛ける。

彼女は、オープンテラスの端の方、比較的奥歯っていて一見すると隠れている様にも見える場所にいたが、俺は直ぐ見つける事が出来た。

彼女はシンプルに白のニットにジーンズといった装いだった。

でもそれがとても似合っていた。

ゴテゴテしたのは彼女に似合わない。

化粧っ気も無いのがより良い。

柔軟剤が薫ってる位が丁度良い。

彼女に香水は似合わない。


「健君、速かったのね?…もう少し時間が掛かるのかもと思って、人間観察していたわ」

「人間観察ですか?」

「ええ、そう。この位置は穴場なのよ。木陰になっているから外からは見えずらいけど、ここからは良く見えるの」

「ほんとだ」


確かに彼女の位置からは良く見えた。

でも、人間観察とは?


「観察するのを好きなんですか?」

「好きよ?…」

「!!」


上目遣いで言ってくるのやめて欲しい。

それも『好きよ?』だし。

俺の事ではないと解っているのに、勘違いしそうになる。


「…もう少しここで観察しますか?」

「え?…いいわよ、だってご飯ご馳走するって約束したの私なんだから」

「ここでも食べられるでしょう?」

「食べられるけど、ここ軽食しか無いのよ?」


確かに、彼女が飲んでいるのもホットコーヒーで、しかもブラックだ。

ん?…ブラックなんだ。俺、苦手何だよなあ。


「葉子さんはブラック派何ですね。…意外です。カフェオレ好きかと勝手に思ってました。」


「ああ、これ?」


葉子さんはコーヒーカップを持ち上げると、少しだけ口を付けた。


「…ある人が…ブラックしか飲まなかったから。私も何となく…」


それが誰を指していってるのか?は解らなかったけど、過去の男だろうとは予測が着いた。

年上なのだから、俺とは違った経験を積んでてもおかしくないし、俺がそれを責める権利も資格も無いことは解っていたけれど、どうしてもやるせなかった。


「…ブラック、好きじゃないならミルクを足せば良いんじゃない?」


言葉遣いがちょっと生意気になったけど、それを気にする余裕何て無い。


「慣れれば飲めるものよ?」

「でも、好きでは無いんでしょ?」

「そうね、そうかもね。…だからと言って直ぐには止めやれないし、変わらないから」


「俺には解りませんね」


そう言って俺は葉子さんの横に座った。

せっかく人間観察をしているのなら、視線を遮って邪魔したくは無かったからだ。


「優しいね、健君は」

「優しくないですよ」


俺が何故隣に座ったのかを正確に理解してそんな事を言ってくれる貴方の方が優しいです。

何て台詞を言えるほど俺は大人にはなれずに、でも子供の様に素直にも慣れなかった。

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