第2話彼女に溺れていく心

「了解、健くんね?…私は葉子。葉っぱの子供で葉子です」


驚いた。

冗談じみた事を言いそうにないのに。

と言っても、知っていると言えるほど彼女を知っている訳じゃない。

寧ろ、初めて見た時の儚そうなイメージが目の奥にこびり着いて離れない。


「葉っぱの子供の葉子さんですね?」


俺は鸚鵡返しのように答える。

そんな何気ない受け答えに、言い様のない興奮と高揚感があった。

認めたくないけど、俺は初恋って奴の手をガッチリと掴んでしまったらしい。

年齢が違うとか、そんなのはもう全然関係なくて、どうでも良かった。


「そうです、覚え易いでしょう?…まあ、忘れてくれても良いけどね」


笑う彼女に、反射で答える。


「忘れません!!」


ちょっと大きな声になってしまっていた様で、斎藤に後ろから銀のトレーで頭を叩かれた。


「仕事中だ、アホ健」


「……アホじゃねーし」


「アホじゃなければ、馬鹿だろ?…目立ってんっぞ?……すいません、コイツ普段はもう少し空気が読めるんですが、」

俺の後ろからひょっこり顔を出して斎藤が葉子さんに頭を下げた。


「いえいえ、お気になさらずに?…現役の学生さんとの会話を私も楽しんだので、同罪です」


少しおどけて見せた彼女の新たな一面に、また、俺のテンションは上がっていった。

その後は仕事に戻り、お会計の時に斎藤と何か話してるな?とは思ったけど、まさか『何話してんの?』等と仕事中に聞きにも行けずに斎藤を俺は呪った。

代わってくれても良いものなのに、友達甲のない奴だ。

仕事終わりに更衣室で、俺は斎藤に小さな抗議をした。

大々的に抗議するには、斎藤は弁が立つ。

言葉の言い合いじゃ勝てなかったのだ。

だが、案の定コテンパンに打ちのめされてしまった。


「やっぱりアホじゃねーか」


続く言葉で、『ほらよ』と言ってメモ帳切れっぱしを俺に渡してくる。


制服から私服に着替え終えた斎藤はバタンっとロッカーを閉めながら『お先、』と言って帰って行った。

俺は渡された、折り畳まれた紙を開き、その紙に綺麗な女の人の字で書かれた携帯番号と名前を少しの間ずっと眺めていた。


「これは……葉子さんの連絡先だよな?…えっ?…俺宛で間違って無いのか?…まさか斎藤に、何て」


同様し過ぎてちゃんと、連絡先で有ることと、俺宛のメッセージで有ることも理解してるのに、頭が追い付いていなかった。

その後、どうやってアパート迄戻ったのか何て覚えていない。

夕食を食べることも忘れ、ベットに腰かけた俺は貰った連絡先とスマホを交互に眺めていた。


斎藤が見たらキモイと言われそうだが、今の俺は何を言われても許せそうだ。


「これって、連絡して良いって事だよな?間違って無いよな?」


本日何度目かになる自分への問い掛けを行ってみるのは、かけたいのに怖いような、そんな複雑な感情がそうさせていたんだ。


でも、甘美な誘惑に勝てるほど、年若い俺の理性と自制心は強くない。

俺は番号を入れて、呼び出し音を今か、今かと待っていた。

すぐ出るか何て解らないのに、後からして思うと少し滑稽だけれど、この時の俺はマジだった。

マジだったんだ……。


◇◇◇


その日は葉子さんは電話にでなかった。

折り返しも無くて、手紙が斎藤のイタズラか、幻だったのかも知れないと、そんな事まで考えてしまった。

でも……ほら、たまにいるだろう?

妙に大人びている奴。斎藤はまさにそんな感じの男だった。

だから斎藤がそんな正もない事はする筈もなく、俺は再度電話を掛けるのとも出来なくて……。

とても期待していたし、緊張していたから、落胆は半端なく、2~3日は正直使い物にならなかった。


「電話、もう一度掛けてみたらどうだ?」


大学の校舎を食堂に向かって歩いているとき、隣を歩く斎藤は、そんな事を言ってきた。


「出来たら、こんなに悩んでねーし」


恨みったらしい言い方になってしまうのは、友達の近さか、俺の甘さか?


「お前、ドライに見えて、スッゲー繊細な…」

「お前、それ、誉めてねーよな?」

「当たり前だ。…これで誉めてると思うなら、病院に行ってこい」

「んだよ。…友達甲のねー奴」


俺達がそんな会話をしていたら、同じ歳の梨花がいつの間にか会話に混ざってきた。


「なーに話してんの?男同士でさ!」

バンっと背中を叩かれる。


「梨花、痛い」


何で、そんな小さくて細い手でこれ程痛いのか?と聞きたくなった。


「健君、大袈裟だよ」


「……悪かったね」


「健は人見知り激しいよな」


斎藤がまじまじと俺を見てそんな事を言うものだから、つい。


「俺は、馴れ馴れしく無いんだよ!」


何て言ってしまった。


「ごめんね、私、馴れ馴れしかったね」


慌てて梨花が謝ってきた。

違う。そんな事を言いたかったんじゃないけど、俺は上手い言い訳が思い付かなかった。


「違っ、そんな事言いたかったんじゃ……」


俺が言い切るより早く、梨花は走っていってしまった。

こんなこと、男同士じゃ絶対に無いのに、葉子さんとも無かったのに……女の子って、面倒くさい。

そう、思ってしまった。

葉子さんと連絡が取れていないイライラも若干有ったと、俺は誰ともなく懺悔した。

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