南極

(九)



 そして、出航から九日目の朝。マーヴェリックの航海は、いよいよ佳境に入った。南極のマクマリーン基地までは、もう目と鼻の先という所までやって来たのだ。

 気温が大幅に下がってきたため、乗組員クルーたちはふねに備え付けの防寒具を着用していた。


「長かったけど、着いてみれば意外とあっけなかったよね」


 アニスは、コンソールの航海図上に描き出された南極・マクマリーン研究基地の表示を見ながら言った。


「これからあたしたち、どうするの?」


「マノンを親父さんに会わせて、このふねを研究所の人間に引き渡す。あとは、軍に連絡すれば作戦任務終了ミッション・コンプリートだな。チョロいもんだぜ」


 ジオは、いつもの自信たっぷりな調子でそう答えた。


「で、でも僕ら、後で軍の人たちから怒られたりしないかな……」


 フリッツが、心配そうにつぶやく。


「そうだね……。勝手に極秘の原潜に乗り込んだり、軍の潜水艦相手に魚雷を撃ったり、僕ら今までけっこう好き放題にやっちゃったからなあ」


 バーニィの言葉に、ジオは振り返って言った。


「そんなの、気にすることねえよ。俺たちがこのふねに乗ったのは不可抗力だし、魚雷を撃ったのも正当防衛! まったく問題ナッシング!」


(そうかな……)


 むしろ問題は大アリのような気がしないでもないが、クリフはそれについては黙っていることにした。

 発令所の中は、旅の終わりを前に楽しげな雰囲気に包まれていた。乗組員クルーの誰もが、目的地への無事の到着を確信していた。

 いつもは機関室に詰めているハンスも、特別にこの部屋の一角に座って、彼らとともに航海終了の時を待っていた。




 そんな中、クリフが立ち上がって、乗組員クルーたちに言った。


「みんな、ちょっといいかな?」


「クリフ……」


 そばにいたバーニィはさえぎろうとしたが、クリフはそのまま話しはじめた。


「マクマリーン基地に着く前に、マノンに聞いておきたいことがあるんだ」


 その真剣な様子に、静まりかえる乗組員クルーたち。


「実は、僕はずっと前から疑問に思っていたことがある」


「疑問って?」


 アニスがたずねる。


「マノン、僕らがタマスの整備ドックでマーヴェリックに入り込んだとき、君はすでに艦内にいたはずだよね。しかしそもそも、どうやって君はこのふねに侵入することができたんだい?」


「それは……」


 その問いかけに、マノンは言葉を詰まらせた。


「そもそも、港で整備中の潜水艦が勝手に出航したり、南極に向かうプログラムが実行されていたり、何もかも不思議なことだらけなんだ。まるで、この航海が最初から何者かに仕組まれていたみたいな……」


 クリフはそう続けた。


「そういや、そうだな」


 ジオも、クリフの疑問に同調する。


「マノン、お前、何か俺たちに隠してることがあるのか?」


 ジオの声に、完全にうつむいてしまうマノン。


「そんな言い方やめなよ、かわいそうじゃない!」


 ジオに問い詰められて下を向くマノンの様子に、アニスは語気を強めてかばった。

 だがマノンは、立ち上がってゆっくりと話しはじめる。


「ごめんなさい。……私、みんなに秘密にしてきたことがあるの」


「マノン……」


 バーニィが心配そうに声をかける。マノンはうなずくと、話を続けた。


「私、最初からある人に、このふねを南極に運ぶように命令されていたの。マーヴェリックは、それに従うようにコントロールされていただけ」


 その言葉に、乗組員クルーの誰もが驚きの声を上げた。いつもは無口なハンスも、前髪をかき上げながらつぶやいた。


「なんてこった……。それじゃつまり、この航海に連れられていたのはマノンじゃなくって、俺たちの方だったっていうわけか」


「ホントかよ! ……まったく、ふざけた話だぜ」


 それを聞いて、あきれたようにジオは言い放った。


「ねえマノン、それを君に命令したのは、スペンサー博士だね」


 クリフの言葉に、マノンはうなずいた。


「スペンサー博士って?」


 アニスが聞くと、バーニィが代わりに答える。


「タマスの基地まで、マノンを連れてきたヤツさ。このマーヴェリックの制御コンピュータを完成させた科学者なんだ」


「それじゃ、この航海は全部、そのスペンサー博士っていう人が計画したってこと?」


 アニスのその言葉に、マノンがうなずく。


「言うことを聞けば、お父さんに会わせてやるからって。だから私……」



 そのとき、マーヴェリックのレーダーから警告音が鳴り響いた。エミリアはあわてて席に着き、ヘッドセットを装着する。


「何かがこのふねに接近してる……。大変、海上を囲まれたわ!」




 エミリアの報告に、乗組員クルーの間に緊張が走る。だが、バーニィが命令を下す前に、ロックされているはずの通信パネルから音声が流れ出した。


「マーヴェリックの乗組員クルーの諸君、君たちはすでに包囲されている。速やかに緊急浮上し、こちらの指示を待て。抵抗は許されない」


 その声に、乗組員クルーの誰もが動揺した。


「どうするの、バーニィ?」


 アニスが心配そうにたずねる。バーニィは少しうつむいて考えをめぐらせた後、操縦席のジオに向かって命じた。


「……しょうがない。ジオ、言うとおりにしよう。メインタンク、オールブロー。本艦は、これより緊急浮上する」


「チッ……」


 ジオは唇を噛みしめながら、黙ってバーニィの命令に応じた。




 南極の海に浮上したマーヴェリックは、いくつもの武装した船に囲まれていた。しかしそれは、どう見てもアメルリア海軍所属のものではなかった。

 マーヴェリックは、艦橋セイルのハッチを開けるよう命じられた。マーヴェリックのコンピュータは、何の抵抗もすることなく、出入り口を開放する。

 やがて、何十人もの武装した兵士たちがマーヴェリックの艦内に乗り込んできた。その先頭にいたのは、見覚えのあるあの人物だった。


「やあ、マーヴェリックの諸君。長い航海、ご苦労だった」


「スペンサー博士!」


 その男の顔を見て、バーニィとクリフは驚きの声を上げる。兵士たちは乗組員クルーに銃を向け、彼らの動きを牽制した。


「君はこのふねの艦長、バーナード・キャプリス君。そして隣にいるのは、副長のクリフ・パーキンス君かな?」


 スペンサー博士はふたりに向かって話しかけた。


「どうして、僕らのことを……」


 バーニィの言葉に、スペンサー博士はマノンを見ながら言った。


「君たちのことは、すべて彼女から報告を受けているよ」


 スペンサー博士はそう言うと、兵士たちに命じてバーニィらを拘束しはじめた。


「キャッ!」


「ちょ、ナニすんだよ! 放しやがれ、この……」


「ぐあっ!」


 兵士たちは、手際よく少年たちの自由を奪っていく。腕っぷしには自信のあるジオですら、彼らにあらがうことは叶わなかった。


「お願い、乱暴なことはやめて!」


 マノンは、乗組員クルーたちが強引に捕まる姿を見かねて、そう叫んだ。スペンサー博士は、その声に冷酷な声で答える。


「黙っていろ。お前の父親に会わせないぞ」


 だがその言葉に、クリフが叫び声を上げる。


「ウソだ! マノン、本当は橘博士は、三ヶ月前に事故で亡くなっているんだ!」


 その言葉に、顔面蒼白になったマノンは、スペンサー博士に向かって問いただす。


「そんな……。私をだましたの?」


 そう言って、彼のもとに駆け寄ろうとするマノンの頬を、スペンサー博士は無言のまま平手で殴りつけた。


「キャアァッ!」


 その場に倒れ込んだマノンは、乗組員クルーたちと同様に確保されてしまう。


「おい、こいつらを連れて行け」


 スペンサー博士は兵士たちに命じた。バーニィら七人の少年たちは、マノンを残してマーヴェリックの外へと連行されていった。


「マノン!」


 力尽くでもがきながら、バーニィは叫んでいた。




「さて、お嬢さん。いよいよ、君の最後の仕事だ」


 マノンを艦内のコンピュータルームへと連れてくると、スペンサー博士は冷たい声で言った。


「いや、その手を離して!」


 抵抗を続けるマノン。彼女はやがて目を閉じると、意識を集中させた。


「……!」


 すると、マノンを取り巻いていた兵士たちが、次々と頭を押さえて倒れ込んでゆく。


「ぐあっ! うわああぁ……」


「耳がっ……くうっ……」


「ううぅ……」


 やがて、マノンはゆっくりと目を開ける。だが、目の前のスペンサー博士だけが、薄笑いを浮かべながら平気で立っていることに、彼女は驚きの表情を見せた。


「どうして……あなただけ……?」


 次の瞬間、スペンサー博士はマノンの服の襟元をつかむと、彼女を引き寄せて言った。


「ふふ、残念だったね。君のその能力ちからには、すでに対策済みだ」


 彼は、自分の耳を指さしてそう言った。スペンサー博士は、特殊な素材でできた耳栓を装着していたのだ。


「そんな……」


 その姿に、愕然とするマノン。


「超音波攻撃か……。まったく、君には驚かされるよ、『実験体エクスペリメント・ディー』」


 スペンサー博士はマノンの体をしっかりとつかんだまま、コンピュータルームのシャッターの前に立った。


「さあ、シャッターを開くんだ。なにしろここを開けられるのは、君だけなのだからな」


「どうするつもりなの、スペンサー博士」


 マノンの問いに、博士は満面の笑みを浮かべて答えた。


「ククク……。今から私が、この汚れきった世界に、天の裁きを下すのだ」


「まさか、あなたは……」


「早くしたまえ、ディー。そうすれば、最期の時だけはあの子どもたちといっしょに過ごさせてやる」


 マノンはあきらめたように、胸のブローチを外すと扉の前にかざした。


「開けて、マーヴェリック」


《了解しました、マノン様》


 ゆっくりと音を立て、シャッターが開いていく。それを見て、恍惚の表情を浮かべながらスペンサー博士は言った。


「おお、ついに私の願いが叶うときが来た……。ここに、力のすべてがある!」


 幾重にも積み重ねられた人工知能の基盤と、だいじやの群のように複雑に絡み合ったケーブル。それらから発せられる、とてつもない熱風と重低音のノイズが、薄暗いコンピュータルームの心臓部にまがまがしく渦巻いていた。




続く


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