秘密
(十)
バーニィら七人の少年たちは、古い漁船とおぼしき小さな船の倉庫に閉じ込められた。兵士たちは扉の鍵を厳重にかけ、警備を固めた。
「チクショウ! アイツら、何者なんだ?」
ジオは、拳を扉に叩きつけながら言った。訳もわからぬまま、マーヴェリックを乗っ取られたあげく、ボロ船に監禁されてしまったことに、彼は大いに怒りを覚えていた。
「おそらく、彼らは『
クリフが、みんなに話しはじめた。
「
「マノンも、あの人たちの仲間なの?」
エミリアがたずねる。クリフは、かぶりを振って答えた。
「彼女は、自分の父親が亡くなっていることを知らなかった。おそらく、あのスペンサー博士にだまされて、計画の片棒を担がされたんだろう」
「ねえ、マノンのお父さんがもう死んじゃってるっていうのは本当?」
続いて、アニスが質問を重ねた。
「うん、軍のデータベースで調べた。おそらく間違いないね」
「そんな……。せっかくここまで来たのに、マノンがかわいそう……」
アニスは、いっしょに旅を続けてきた少女のことを思いやって、悲しい気持ちになった。
「……ところでそのナンチャラ計画って、あのスペンサーって野郎はいったい何をするつもりなんだよ」
沈黙を破り、再びジオが問いかける。
「それは僕にもわからない。軍の最新鋭艦、それもコンピュータ制御の原子力潜水艦を使って、スペンサー博士は何を企んでいるんだろう……?」
腕を組み、目を閉じて考えはじめるクリフ。
「……僕ら、これからどうなっちゃうのかな……」
フリッツが、心細い声でつぶやいた。
マノンのことやスペンサー博士の計画もさることながら、自分たちの行く末も、彼らにとって重要な案件だった。しかし、その問いには誰も答えることはできなかった。
漁船の倉庫に監禁されてから、小一時間ほど経っただろうか。再びやってきた兵士たちは扉を開けると、連れてきたマノンを少年たちのいる倉庫の中に放り込んだ。
「マノン!」
少年たちは、心配して彼女のもとへと駆け寄る。マノンは、先ほどよりもかなり憔悴しているようだった。
「大丈夫? マノン、しっかりして!」
エミリアは彼女を抱きかかえると、声をかけて反応を確かめる。まもなく、マノンはゆっくりと目を開けた。
「エミリア、みんな……」
「よかった、マノン」
エミリアは、マノンの体を抱きしめてつぶやいた。
マノンは起き上がると、壁を背にして座った。
「ごめんなさい。私、みんなにもうひとつ言わなかったことがあるの……」
そう言って、マノンは少年たちに話しはじめた。
「私、橘博士の本当の娘じゃない。橘博士の娘さんは、生まれてすぐに脳の障害がもとで死んでしまったの」
その言葉に、彼らは大きな驚きを表した。
「どういうことなの、マノン? それじゃあなたは……」
そう言うエミリアの方を向くと、マノンは話を続けた。
「エミリア、私この前、お父さんが海洋生物の脳の仕組みを研究をしてるってことを言ったでしょう? 橘博士は亡くなった娘のために、自分の研究を利用したの」
少年たちは、
「橘博士は、自分が研究していたある一頭のイルカの脳を特殊な方法で培養して、自分の娘の体に移植したの。移植手術は成功して、そのまま成長した娘は、『
「そんな、そんなことって……」
バーニィは、そう言ったまま言葉を詰まらせた。それは、彼だけでなく、ここにいる全員にとってまさに衝撃の告白だった。目の前にいる可憐な少女が、なんとイルカの脳を移植された人間だというのだ。
「私の正体は、人間の体にイルカの脳を移植された実験体。でも
「マノン……」
その言葉が事実であることを、バーニィは確信していた。マノンにとって一番大切な、守りたいもの。それが彼女の父親であることを、バーニィは知っていたからだ。
「でもある日、お父さんは大学での教え子であるスペンサー博士に脅されたの。イルカの脳を人間に、それも自分の娘に移植したなんてことが世間に知られたら、とんでもないスキャンダルになって、学会で生きていくことはできなくなるって」
「そんな……。なんて卑怯なヤツなの!」
それを聞いたアニスは、たまらず怒りの声を上げた。
「お父さんはスペンサー博士に言われるままに、これまでに積み上げてきた研究の成果を彼に渡したわ。マーヴェリックの制御コンピュータは、その研究をもとに開発されたの」
「そうか。軍のデータベースには、人工知能の開発者にふたりの名前が記されていたけど、それにはそんないきさつがあったんだな」
クリフはそう言った。
「でもマーヴェリックが完成した後、私はお父さんのもとから無理矢理引き離されたの。それから一年間くらい、いろいろな検査を受けたり、訓練を受けたりしたわ」
「それも、スペンサー博士のしわざなのかい?」
バーニィが聞くと、マノンはうなずいた。
「実はスペンサー博士は、『
「それは、いったいどんな計画なんだ?」
話が核心に迫り、たまらずジオがたずねる。
「マーヴェリックの人工知能だけが行える、ある特殊なネットワーク侵入方法を使って、アメルリア国内の核ミサイル発射施設を自由に操ろうとしているのよ」
「なんだって、それは本当かい、マノン!」
驚いた声で、クリフが問いただした。
「お父さんの開発した人工知能は、世界中のどんなプロトコルにも依存しない、独自のネットワークをインターネット上に構築するの。マーヴェリックのコンピュータルームから直接行ったハッキングには、アメルリアの政府も軍も、一切干渉することはできないわ」
話が少々難しくなってきたためか、困ったようにアニスが言う。
「よくわかんないんだけれど、ようするにスペンサーは、どこかに向けて核ミサイルを撃とうっていうの?」
「彼は、南極大陸にある
「そ、そんなことになったら……僕らの家があるコーラルシティーは終わりだ……」
いままで黙って話を聞いていたフリッツが、スペンサー博士のその恐ろしい計画の意味を知って体を震わせた。
「コーラルシティーだけじゃないわ。
「マノン、それを食い止めることはできないの?」
バーニィはたずねた。
「マーヴェリックからの命令によっていちど発射されてしまった核ミサイルは、アメルリア軍には制御することはできないわ。その代わり、発射した核ミサイルを目標の棚氷に正確に命中させるためには、マーヴェリックを目標地点のそばまで運んで、そこから直接誘導する必要があったの」
「それで、わざわざマーヴェリックを南極まで運ばせたんだね」
クリフは言った。
「私さっき、マーヴェリックのコンピュータルームを開けさせられたの。あの中から、直接軍のネットワークに侵入したスペンサー博士は、すぐにでもこの海域に向けて核ミサイルを発射させるつもりよ」
「大変だ! 今すぐ何とかしないと……」
バーニィの言葉に、アニスが問い返す。
「でも、あたしたちどうすればいいの?」
すると、ハンスがゆっくりと立ち上がって、堅く閉ざされたドアに触りながら言った。
「とにかく、すぐにここを出て、マーヴェリックに戻ろう」
その言葉で、彼らの行動は決まった。
「いっせーのーでぇ……」
ドン!
「もういっちょう!」
ドン!
ジオとハンス、そしてフリッツの三人が何度も体当たりしたおかげで、ようやく倉庫のドアは壊れ、彼らは外に出ることができた。警備の兵士がいることを警戒したが、この漁船の中には兵士たちの姿はどこにも見あたらなかった。
「なぜだろう? 誰もこの船にいない……」
バーニィの言葉に、クリフが言った。
「きっと、彼らはもう核ミサイルを発射させて、ここを逃げたんだ」
「それじゃ、もうすぐココめがけて核ミサイルが落っこちてくるってこと?」
アニスの問いに、クリフはうなずく。
「それはまず間違いないね。……ハンス、この船は動きそうかい?」
操縦席を調べていたハンスは、クリフの方を向いて言った。
「ああ、何とかいけそうだ……よっと」
しばらくすると、エンジンのかかる音が響き渡る。
「やった! さすがね、ハンス」
エミリアの声に、負けじと後ろからジオが話しかけた。
「よし、じゃあ俺が操縦してやるよ」
「できるのか、ジオ?」
ハンスの問いに、ジオが答える。
「当たり前だろ、俺はマーヴェリックの操舵長サマだぜ。親父のクルーザーだって、俺ひとりで動かしたことだってあるしな」
そう言うと、ジオは漁船を発進させた。その言葉通り、かなり慣れた手さばきである。
「急ごう、ジオ。もう時間がないかも」
「ああ、……行くぜっ!」
バーニィの言葉に短く返事をして、ジオは船のスピードを全開にした。
その頃、スペンサー博士と
「同志諸君、いよいよ我々の悲願が達成されるときが来た。愚かな陸の上の市民たちを、海の底へと沈め、この星を浄化するのだ」
スペンサー博士がそう言うと、
「まもなく陸の上の市民たちの大半は、自らが作り出した殺戮兵器によって、その歴史を閉じることになる。そしてその後で新しい理想郷、『
そう宣言すると、スペンサー博士は壇上から降りた。そして、傍らの幹部たちとグラスの酒を酌み交わした。
「おめでとうございます、スペンサー博士。あなたの計画は大成功でしたね」
幹部のひとりが祝福の言葉を伝える。
「これも、潜水艦の中に偶然乗り込んだ、あの子どもたちのおかげかもしれんな。はじめは
「それにしても博士、あれだけの原子力潜水艦をアメルリアから奪っておきながら、核ミサイルの発射命令だけで使い捨ててしまうというのは、少々もったいなくはないですか? すでに軍事機密をたっぷり手に入れたとはいえ、もう少し我々の手元に置いておいてもよかったのでは……」
幹部の男の問いかけに、グラスを傾けながらスペンサー博士は答えた。
「確かに、あの戦闘力は魅力ではある。しかし、あの
「と、言いますと?」
「
「なるほど。それで、核ミサイルであの
「そうだ。まあ、この計画が成功し、地上に生き残った国々との交渉を有利に進められれば、あの程度の原潜など比べものにならないほどの力が手に入るさ」
そう言いながら、スペンサー博士は腕時計を確認する。
「さあ同志諸君! ついに南極最大の棚氷がメルトダウンするときが近づいてきた。今世紀最大のスペクタクルを、見逃さないようにしてくれたまえよ」
博士がそう言うと、壇上の巨大なスクリーンに南極の棚氷の様子が映し出される。メンバーたちは、いっそう大きなどよめきを持って、そのスクリーンに注目した。
続く
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