出航

(三)



「……ん……んん」


 どれほどの時間が経過したのだろうか。バーニィは、ようやく目を覚ましていた。彼はちょうど、発令所の方に戻ってその扉を開けようとした瞬間に、激しい揺れに襲われて気を失っていたのだった。


「ここは……?」


 はじめは、長い夢を見ていたのかと思っていたバーニィだった。しかし、頬に当たっていた冷たいリノリウム張りの床の感覚に、自分が確かに潜水艦の中にいることを思い出した。


「いったい、何があったんだ……?」


 どうにか立ち上がり、ケガをしていないことを確認すると、アニスたちの安否を確かめようとあらためて発令所のドアを開けた。

 発令所の中には、アニスのほかにエミリア、クリフ、ハンス、そしてフリッツが倒れていた。その光景を目にすると、バーニィはあわてて彼らのもとに駆け寄って声をかける。


「しっかり、アニス、目を覚まして!」


 アニスを抱き起こすと、彼女はゆっくりとまぶたを開いた。


「う……っんん……」


「よかった……。みんなも、大丈夫?」


「ああ……キャプリス、きみか……」


 続いてクリフが目を覚まし、いつもの口調でそう言った。

 どうやら、ほかの子どもたちも全員無事だったようだ。


「すごい地震だったね」


 バーニィはみんなに話しかける。それはまさに、この世の終わりかと思うような激しい揺れだったのだ。


「あれって本当に地震だったのかしら?」


 エミリアがつぶやく。


「何があったのかはわからないけど、とにかくすぐにふねの外に出よう」


 クリフがそう言うと、彼らはうなずき、艦外へ脱出するためのはしごを登りはじめる。


「あれ?」


 先頭を進んでいたバーニィが、ある異変に気づいて声を上げた。


「どうしたの、バーニィ?」


 アニスがたずねる。


「ハッチが閉まってるんだ」


「うそぉ……」


 アニスは、不安そうに返した。

 バーニィは何度もハッチを開こうとするが、そのハンドルは固く閉ざされており、渾身の力を込めてもビクともしなかった。


「ん……、やっぱりダメだ、どうしても開かないよ」


 バーニィはあきらめて、みんなにいったん下へ降りるように指示する。


「どういうこと?」


 アニスがバーニィに問いかける。


「まさかあたしたち……」


「と、閉じ込められちゃったってこと?」


 フリッツが、震える声でそうつぶやいた。その言葉に彼らは、言いようのない不安な気持ちに包まれる。


「バーニィ、どうするの……?」


「……」


 エミリアの弱々しい問いかけにも、バーニィは応えることができなかった。


「ここから、外に連絡できないかな」


 クリフが懐から携帯電話スマートフォンを取り出し、外部との連絡を試みる。


「……だめだ、やっぱり電波が通じない」


 あきらめたようにつぶやいたクリフはそのとき、携帯電話の時刻表示に気づいて驚きの声を上げた。


「あれから、もう二時間も経ってるじゃないか!」


「えっ? ……あ、本当だ」


 バーニィも同じように、自分の腕時計で確認する。

 いったい何が起こったのか、彼らにはまったく想像もつかなかった。そのとき、思い出したようにハンスが口を開いた。


「ところで、ジオはどこに行ったんだ?」


 そういえば、あまりのことに彼らは、ジオのことをすっかり忘れていた。

 この発令所にいないことは明らかだったので、バーニィたちはあらためて艦内にジオの行方を捜そうと決めた。


「きっと、もっと奥の方だよ」


「ジオ、ケガしてないかしら?」


 ひとりきりのジオを、エミリアは心配していた。


「今度ははぐれないように、みんな固まって行動しよう」


 バーニィの言葉に、少年たちはうなずいた。

 発令所の外は、さまざまな機械が備え付けられた部屋がいくつも並んでいた。ひとつひとつを開けながら呼びかけるが、ジオの姿はどこにも見あたらなかった。


「ここにもいない……」


「あっちの方はもう見た?」


「ジオーッ、どこにいるのーっ!」


 しばらく進むと、ふねの中心部分とおぼしきその奥に、もうひとつのドアがあるのがわかった。


「ここは?」


「まだ調べてないけど……」


 そのドアには、『コンピュータルーム』と書かれていた。


「きっと、ここはこのふねのすべてを管理する頭脳の部分だ」


 クリフがそうつぶやいた。サリバン中尉の言っていた、『電脳原子力潜水艦サイバネティック・サブマリン』たるこのふねの、最重要ポイントとも言うべき区画が、子どもたちの前に存在しているのだった。


「じゃ、開けるよ……」


「気をつけて、バーニィ」


 アニスは、心配そうに声をかける。

 バーニィが慎重にその扉を開けると、そこにはジオが立っていた。


「ジオ! 無事だったのか」


 バーニィが声をかけると、ジオはゆっくりと振り向いた。


「みんな……」


 なぜか、彼の顔色はひどく青ざめていた。


「サリバン中尉は?」


「いや、ここにいるのは僕らだけだよ、カートライト」


 ジオの問いに、クリフがそう答える。


大変なヤベエことになった……」


 ジオは少年たちに、衝撃の言葉を告げた。


「このふねは、今、海の中にいるんだ……」




「それって、いったいどういうこと?」


 その言葉の意味をはっきりとは把握できないまま、バーニィはジオに問いかけた。ジオは、それには答えず、そのまま後ろを向いた。

 そこは、鋼鉄製とおぼしきシャッターによって閉ざされており、その中央部分には大型の液晶スクリーンが設置されていた。


《あなたたちは、本艦の乗組員クルーの方々ですか?》


 少年たちは、そのとき部屋の中に突如響き渡った、聞いたこともないその声に、大いに動揺してしまう。

 その問いかけに、ジオが顔を上げて返答した。


「だから、俺たちはこのふねに偶然乗っちまったんだ。正規の乗組員クルーじゃない」


「ジオ、誰と話しているの? この声は……」


 心細くたずねるアニスの言葉に、ジオは答えた。


X1エックスワンさ。この潜水艦をコントロールしているコンピュータだ」


「このふね、言葉を話すの?」


「ああ」


 ジオは、驚くエミリアにそう答えて、みんなとはぐれていた間のことを話しはじめた。


「俺、ふねの中に入った後、すぐにこの部屋を見つけたんだ。そしたら急に、『準備が完了したから出航する』とか言う声が聞こえてさ。そのとたんにあの揺れがあって、俺、そのまま気絶しちまったんだ」


 少年たちは、固唾をのんで彼の話を聞いていた。


「さっき気がついたら、すぐにこいつに話しかけられてよ。それで、このふねの状況を説明するって言って……」


《先ほども申し上げましたが》


 X1エックスワンが再び音声を発しはじめた。同時に目の前のスクリーン上に、この潜水艦が発進して水の中を進んでいく様子がCGで表示された。


《本艦は現在、既定のナビゲーション・プランに従って、予定通りタマス海軍基地の整備ドックを出航し、海中深度八百メートルを五十ノットで順調に航行中です》


「深度八百メートルを、五十ノットだって?」


 クリフが驚いて声を上げた。


「いくらなんでも、ありえない数字スピードだよ」


 一般的な潜水艦の常識をはるかに上回るその性能の高さを知り、クリフは信じられないといった様子だった。


《周囲の状況を、モニタリングいたします》


 そう声を発すると、X1エックスワンが艦外の状況をカメラで撮影した様子を映しだした。だがその映像は不鮮明で、ここが海中なのかどうか判別することはできなかった。


「なんだこりゃ? おい、こんなんじゃよくわかんねえんだよ」


 ジオは思わず、声を荒げた。


「本当にこのふねが海にいるっていう、証拠を見せてみろよ!」


 X1エックスワンのコンピュータはしばらく黙っていたが、まるでひとつの考えをまとめたかのように再び話しはじめた。


《それでは、本艦は状況確認作業のため、ただいまより一時的に緊急浮上いたします。アップトリム三十度。メインタンク、オールブロー》


 警報ブザーが鳴るとともに、ふねの前方が上昇をはじめた。そのためコンピュータルームは、大きく傾いていく。


「わあああっ!」


 バーニィたちはバランスを崩して立っていることができず、全員がその場に転倒してしまった。まるで超高速のエレベーターに乗せられているかのように、ものすごい勢いでふねが上がっていくのが感じられた。

 しかしそれも、時間にしてほんの数十秒のことだった。やがて動きが収まると、再び機械音声が響き渡った。


《浮上完了。本艦はこれより十分間、海上にて待機いたします》


「行くぞ!」


 ジオは真っ先にコンピュータルームを飛び出し、ふねの外へ出るためのハッチに向かった。バーニィたちも全員、それに続いた。


「まさか、そんなことあるわけねえよ。そんな……」


 そうつぶやきながら、ジオははしごを登り切り、天井のハンドルに手をかけた。ハッチはいとも簡単に開いた。


 ジオは、艦橋セイルの上に出た。バーニィやアニスたちもそれに続き、周囲を見回した。


「……!」


「そんな……」


「……っくしょう……」


 想像していたこととはいえ、やはりその光景は信じがたいものだった。X1エックスワンの言ったとおり、艦橋セイルの周りは三六〇度、どこを見ても完全に海だったのである。


「こんなバカなことって、あるかよ!」


 ジオの叫び声が、むなしく響いた。

 あたりは、今まさに水平線の西の向こうへと夕日が沈もうとしているところだった。こんなときでもなければ、それはきっと世にも感動的な光景であったに違いない。

 しかし赤々とした太陽の光は、その美しさとは裏腹に、少年たちの孤独さを際だたせていた。誰もが言葉を失っていた。


「もう戻ろう……」


 バーニィは、静かにつぶやいた。X1エックスワンが、海上にいるのは十分間だけだと言ったのを思い出したからだ。少年たちは名残惜しそうに、はしごを降りていった。ハッチが完全に閉まると、ふねは再び潜行を開始した。




 X1エックスワンは一定深度にまで潜行を終えると、前進を再開した。少年たちは、またコンピュータルームに戻っていた。


 ジオは、感情を抑えられないといった様子で、スクリーンに向かって叫びだした。


「これはいったいどういうことだ。俺たちを、どうするつもりだって言うんだよ!」


 コンピュータは、そんな声にも冷静に返答した。


《本艦は、すでにあなた方を今回のプログラムの乗組員クルーとして認識しております》


「僕らが乗組員クルーだって?」


 バーニィが聞き返した。


《本艦は既定の航海プランに従い、南極マクマリーン研究基地へ向かい航行しております》


「え、どこへ行くって?」


《南極、マクマリーン研究基地です》


 意外な単語の登場に、自分の頭の中を整理するつもりで、バーニィはあらためて聞き直した。


「つまり、この潜水艦は、『南極に』向かっているっていうこと?」


その通りですイグザクトリー


「ちょ、冗談じゃないわよ! もうあたしたちをウチに帰して!」


 びっくりして思わず、アニスが大声を出した。


《そのようなプログラムは、入力されておりません》


 X1エックスワンは、あくまで淡々と返答する。


《本艦は、南極マクマリーン基地へ向かう航海を、最優先プログラムとして認識、実行中です。なお、この艦内でのプラン変更は不可能です》


「それじゃ、あたしたちは南極にあるそのナントカ基地に着くまでは、どこにも帰れないっていうの?」


《そのようにお考えください》


「……あのさ、せめて家に電話だけでもさせてくれないかな」


 そんなバーニィのささやかな願いにすら、X1エックスワンはにべもなく答えを返す。


《現在、機密漏洩防止のため、本艦の通信機能はすべてロックされております。航海終了まで、一切外部と連絡を取ることはできません》


「バーニィ……」


 アニスは、落胆したようにバーニィを見た。彼女だけでなく、誰もがみなあまりの事態に言葉を失っていた。

 バーニィは腕を組んでしばらく考え込むと、みんなの方に振り向いて明るく話しかけた。


「とりあえず、何か食べられるものがないか探してみない? 僕、お腹減っちゃった」




「おい、メシ食ってる場合じゃねえだろ」


 イスに座るなり、ジオがそう言った。


 コンピュータルームを出た彼らは、艦内に食堂があるのを発見し、こちらに移ってきていた。食堂のそばにはキッチンがあり、さまざまな食材が豊富に貯蔵されていた。さらに電気調理器や水道も完備されていて、少年たちはコーヒーとパンで久しぶりの食事をとることができた。


「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか。このふねは、南極に向かってるってさっき聞いただろ?」


 バーニィは、パンにかじりつきながら答える。


「それとも、ジオだけここから泳いで帰る?」


「くっ……」


 言葉に詰まったジオは、落胆のため息をついた。

 それでも、温かいものを飲んでお腹がいっぱいになると、さっきまで絶望的だった少年たちはかなりの元気を取り戻していた。


「だけど、あんまりあわてることもないんじゃないかな」


 バーニィは食事を終えると、軽い口調で続けた。


「南極に行くチャンスなんて、そうないと思うし」


「でも南極って、地球の下の方のはじっこでしょう? いったいどれくらいかかるのかしら。あんまり遅くなると、パパとママが心配するかも」


 エミリアがつぶやく。


「平均五十ノットでまっすぐ進めるとして、マクマリーン基地までざっと一週間くらいかな。まあ、遅くても十日はかからないと思うけど……」


 クリフがすばやく暗算で答えた。それを聞いて、アニスが気楽に言った。


「ふうん。ま、それくらいなら付き合ってあげてもいいんじゃない? どうせこれから学校は夏休みに入るんだしさ」


「マジかよ……」


 そんな彼らのやりとりに、ジオはあきれた様子で言った。

 そのとき、食料庫の方におかわりのパンを取りに行っていたフリッツが、青い顔をしてみんなのもとへ帰ってきた。


「バ、バーニィ……」


「どうしたの、フリッツ?」


「あ、あっちの奥で、な、何か動いたんだ……」


 それを聞いて、少年たちの間に緊張感が走った。


「なんだ、誰かいるのか?」


「やだ、ホント?」


「ぼ、僕、怖くて見てないからよくわかんないけど……」


 ジオやアニスの問いに、かぶりを振って答えるフリッツ。


「よし、行ってみようぜ」


 少年たちは、確認のために食料庫へと向かった。

 明かりをつけると、彼らは注意深く部屋の奥の方をのぞき込んだ。


「誰?」


 おそるおそるバーニィが声をかけると、そこから小さな人影が現れた。


「君は……」


「……」


 バーニィは、確かにその顔に見覚えがあった。それはほんの数時間前、タマスの海軍基地ですれ違った、あの黒髪の少女だったのだ。




 彼らは再び食堂に戻ると、八人目となるこの搭乗者に質問しはじめた。


「僕は、バーニィ・キャプリス。君、確かタマスの基地で会ったよね。名前は?」


「私、マノン……。【タチバナ 真音・マノン】」


 その少女は、うつむいたままで自分の名前を言った。

 清楚にして、静かな気品を漂わせているその澄んだ瞳と白い肌。コーラルシティーの周囲ではあまり見慣れない東洋人の姿に、少年たちは興味と疑念が半分ずつ入り交じったような感情を抱いていた。


「おまえ、密航者か?」


「僕たちもそうだろ」


 ジオの台詞に、クリフが冷静に返した。


「あなた、どうしてこのふねに?」


 エミリアは優しくたずねた。その問いに、マノンはさらに小さい声で答えを返す。


「逃げてきたの……」


「あの白衣の人たちに、何かひどいことされたの?」


 バーニィは、あのときマノンのそばにいた、長身の男の冷たい目を思い出して言った。


「……」


 その問いかけには答えず、やがて意を決したようにマノンは口を開いた。


「このふね、南極のマクマリーン基地に行くんでしょ? 私、そこに行きたいの!」


 その真剣な表情に、バーニィは少し驚きつつも、確かめるようにこう聞いた。


「どうして南極に行きたいんだい?」


「……お父さん」


 マノンは、再びうつむいた。


「お父さんが、その基地にいるの。私、どうしても会いたくて……」


「それで、悪者たちから逃げてきたっていうのね!」


 幼くもけなげなマノンのその姿に、アニスは妙に感情移入してしまっていた。そんな彼女と同じ気持ちになっていたバーニィは、マノンの両肩に手を当てると、力強く言った。


「よし、僕らにまかせて! 君を南極のお父さんのところへ連れて行ってあげるよ」


「ちょっと待ってよキャプリス、本気かい?」


 そんなバーニィの宣言に、クリフは驚いて聞き返す。


「だってかわいそうじゃない。お父さんに会わせてあげようよ」


 と、代わりにアニスが言った。ふたりはもうすっかり、マノンの味方になってしまっているようだった。


「しかし、軍の機密にこれ以上関わるのは危険だ」


「……べつにいいんじゃないか? クリフ」


 それまで、ずっと黙っていたハンスがつぶやいた。


「何かあったら、このふねのプログラムのせいにすればいいんだろ?」


「そうね。結局私たち、間違って乗っちゃっただけだし」


 エミリアも、それに賛同する。


「そんな簡単な……」


 反論しようとするクリフ。しかし、ここに来てついに観念したのか、それをさえぎってジオが大声で叫んだ。


「よおーっし、もう決めた! 俺たちは南極に行くぞ!」


「おおーっ!」


 ジオのその声に呼応するように、バーニィやアニス、エミリアたちも高らかに拳を上げる。クリフは、ただ唖然とするしかなかった。




 タマスの潜水艦整備ドックでは、ウィンザー大佐以下関係者が、この基地に発生した重大な事件の対応に追われていた。

 極秘の最新鋭潜水艦「CSN-X1エックスワン」が何の前触れもなく突如出航してしまったばかりか、基地に見学に来ていた中学生七名が、同時に行方不明になってしまったのだ。

 その知らせを聞きつけ、アメルリア海軍第三艦隊の司令長官、ロジャー・グラント少将が、急きょこの基地に到着していた。


 ダンッ!


「こんなことは、前代未聞だ!」


 ウィンザー大佐以下、海軍士官を前にしたグラント司令長官は、デスクを叩いて声を荒げた。


「原因は何であれ、ロールアウト前の原子力潜水艦が行方不明になるとは。まったくもって、考えられん!」


 いつもは冷静沈着なグラント司令長官も、あまりのことに落ち着きを失っていた。


「それだけではない。あのふねは、この国アメルリアの軍事機密と最新技術の塊だ。仮に他国の手に落ちるようなことがあれば、ここにいる全員のクビが飛んでも追いつかんぞ」


 ウィンザーたちは平身低頭して、司令長官からの叱責を受け続けていた。


ふねが発進したとき、いったい君たちは何をしていたんだ!」


「はっ、ドック内に異変発生を報告する高レベルの警報アラートが鳴りまして、全作業員が発生原因の調査をしておりました」


 ウィンザー大佐が答えた。


「基地に見学に着ていた中学生の子どもたちのうち数名が行方不明であるということは、この件に関係しているのかね?」


「くわしいことは調査中ですが、X1エックスワンの艦内に閉じ込められたまま、出航したということも十分に考えられます」


「なんということだ……」


 最悪の状況が重なっていることに、司令長官は頭を抱えんばかりになった。


「……まさか、その少年たちがふねを発進させたということはないのだろうな」


「いえ、それはありえません。X1エックスワンはまだ、ナビゲーション・ソフトウェアの認証作業アクティベーションが完了しておりませんので。そもそも、艦内で命令を下すことさえ不可能なのです」


 即座にウィンザー大佐がそう返答したとき、白衣を着たひとりの男性が彼らの前に現れた。


「失礼、グラント司令長官」


「誰かね、君は。ここには、軍の関係者以外に立ち入ってもらうわけにはいかん」


 司令長官がそう言うと、代わりにそのそばにいた兵士が敬礼し、こう話しはじめた。


「この方は、ランバート工科大学教授のジェローム・スペンサー博士です。今回の件に関して、有力な情報をお持ちだということでお連れいたしました」


 そう紹介を受けた若き科学者は、グラント司令と握手を交わすとこう言った。


「今回失踪した、電脳原子力潜水艦サイバネティック・サブマリン『CSN-X1エックスワン』。その制御コンピュータを完成させたのは、この私です」


「なんと、君が……?」


 博士のその言葉に、司令は大いに興味を引かれた様子だった。


「あのふねには、実験体エクスペリメント・ディーが搭乗している可能性があります」


「『実験体エクスペリメント・ディー』というのは、何のことだね?」


「アメルリア政府の要請で、この基地内にある電脳研究所に、調査研究のため移送してきた少女ですよ。彼女も本日昼頃、研究施設を破壊して脱走したのです」


「何だって?」


 司令は眉をしかめた。スペンサー博士の言葉に、兵士が補足を加える。


「軍の警備隊が彼女の監視を行っておりましたが、ほぼ全員が倒されました。現在もなお、消息は不明です」


「その少女には、いったいどんな能力があると言うんだ?」


「それは、この国の防衛システムを根本から脅かすのに十分である、と言っていいでしょう、司令長官」


「ふむ……」


 スペンサー博士の説明に、グラント司令長官は事の重大さをあらためて認識した上で、こう命令した。


「スペンサー博士、すぐにその実験体エクスペリメント・ディー資料ファイル一式を持って、私のオフィスに来たまえ。それから、大統領および国防総省に至急連絡だ」




続く


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