潜艦

(二)



「やあ、よく来たね、ジュニア」


 整備ドックで彼らを迎え出たのは、彫りが深く、威厳をたたえた年配の軍人だった。


「本日は、お招きいただいてありがとうございます、ウィンザー大佐」


 いつになく丁寧な言葉遣いで、ジオは大佐とあいさつを交わした。


「ところで、その子たちは?」


「あ、彼女たちは僕といっしょのクラスで……。できれば、同行させてもらっても?」


「そうか。……まあいいでしょう。ほかならぬカートライト・ジュニアの頼みだしね。その代わり、今日ここで見たものは、一切口外しないでいただきたい。いいかな?」


 穏やかな口調ではあったが、ウィンザー大佐ははっきりと言い聞かせるように少年たちに話しかけた。


「もちろん、カメラや電話スマホのたぐいも禁止エヌジーだ。君、パソコンはしまってくれたまえ」


 クリフの抱えていたノートパソコンを見て、大佐はそう続けた。


「軍の機密上必要なんだ。すまないね」


「いえ、わかっています。大佐キャプテン


 クリフは尊敬の念を込めて言うと、さも当然というように、端末をカバンにしまい込んだ。彼は、ウィンザーの着ている制服を見ただけで、この軍人がどんな階級のどんな立場の人間であるかを理解しているようだった。


「それではサリバン中尉、彼らにふねを紹介してやってくれ」


「はっ、了解しました」


 隣にいたトーマス・サリバン中尉が敬礼し、少年たちを建物の中へと先導していった。




「さあ諸君、これが我が国の誇る電脳原子力潜水艦サイバネティック・サブマリン『CSN-X1エックスワン』だ」


 サリバン中尉が手を伸ばした先には、巨大な鋼鉄の船体が横たわっていた。


「わあ……」


「これが?」


「……マジ、すっげえ……」


 それは、彼らが想像していたものをはるかに超える、圧倒的な存在感だった。

 整備作業のため、X1エックスワンはいくつもの頑丈そうなアームハンガーによって、水をたたえたプールの上にガッチリと抱え上げられていた。そのため、通常はまず目にすることのできない下半分も含めた、ふねの全体を観察することができる。

 周囲には、数十人の作業員が整備を続けていた。彼らは、少年たちの来訪にもとくに注意を払うことなく、自分たちの仕事を黙々とこなしていた。


「全長約百八メートル、全幅約十一メートル。水中排水量は九千五百トンにおよぶ、国内最大級の攻撃型原子力潜水艦だ」


 サリバン中尉は、ふねのそばまで少年たちを導きながら、慣れた調子で解説していく。


「最大潜行深度と水中最大速度は?」


 クリフが、すべての数字スペックを頭の中に刻みつけるべく、中尉に問いかける。


「はは……。いちおう軍事機密上、最大潜行深度のほうは勘弁してくれよ。水中最大速度は、ここだけの話、五十五ノットだ」


「ご、五十五ノット?」


 いつになく、クリフが驚きの声を上げる。


「それって速いの?」


 アニスが聞く。


「いまだかつて、そのスピードに達した原子力潜水艦を、僕は知らない」


 ため息混じりにクリフは答えた。


「同感だよ、少年ボーイ


 その最大級の賛辞に対し、サリバン中尉はうれしそうにうなずいた。


「あのー中尉、ところで……」


 バーニィが、まるで教室で先生に質問するように手を挙げた。


「どうしてこのふねは、赤いんですか?」


 バーニィは、この場にいる少年たち全員が最初に抱いた印象を、きわめて率直に言葉にした。潜水艦と言えば黒い色をして、ホットドッグにはさむソーセージのような形ののっぺらぼう、という先入観が彼らにはあった。しかしこのふねのスタイルは、それとはまったく異なるものだったのである。

 ふねの中ほどに突き出した艦橋セイルには、一般的な潜水艦でよく見かける羽はない。その代わり、その少し前方の艦下部に、あまりにも大きな二枚の操舵が備え付けられていた。

 ふねの先端が流線型に尖ったような形状であることも相まって、X1エックスワンのシルエットはまるで巨大なのようだった。そしてもっとも異質なことに、このふねはその全体が、兵器にはまるで似つかわしくない真っ赤な色で塗り固められていたのである。


「つ、通常の三倍速い、とかだったりして……」


 フリッツがつぶやく。


「この赤い色は、水中戦における回避性能に関して、重要な役割を持っているんだ」


 と、サリバン中尉は説明した。


「まあ具体的な内容については、ちょっと言えないんだけどね」


「あと、これは? このくじらのヒレみたいな……」


 エミリアが続けて、操舵を指さした。


「これも、X1エックスワンのもつ大きな特徴のひとつだね。これまでの潜水艦の概念をくつがえす、画期的な操舵だよ。まさに、カートライト・インダストリーの技術の賜物たまものだね」

 中尉の言葉に、ジオは満足そうにうなずく。


「ま、そういうこったな」


「それで、『電脳原子力潜水艦サイバネティック・サブマリン』っていうのは、いったいどういう意味なんですか?」


 今まで黙っていたハンスが問いかけた。機械いじりがなによりも大好きな彼にとって、それは見逃せないキーワードのようだった。


「それは、このふねの最重要ポイントさ」


 サリバン中尉は、人差し指を立ててこう続けた。


「CSN-X1エックスワンは、基本的な操艦をコンピュータが行っているんだ」


 少年たちはその言葉に、今まででもっとも大きな感嘆の声を上げる。


「それじゃあこの潜水艦は、ロボットみたいに自分で勝手に動くっていうの?」


 アニスは、驚いたように中尉にたずねた。


「いや、今のところ、すべてを機械が制御するというわけにはいかないけどね。でも、従来と違ってこのふねには乗組員クルーは五、六人もいれば十分なんだ」


「それは、すごいな……」


 バーニィは、信じられないといった様子でふねを見つめている。かつて父親が乗り込んでいた原潜は、百人をゆうに超える乗組員クルーによって運行されていたことを思い出したからである。

 そんな彼の姿に、サリバン中尉は驚きの提案をした。


「乗ってみるかい?」


 思いもよらずかけられた言葉に、バーニィはびっくりして聞き返した。


「ホントに? いいんですか?」


 あまりのうれしさに、自然と声が大きくなってしまう。


艦橋セイルの上にね。ちょっとだけ上がらせてあげるよ」


 それを聞いて、ほかの子どもたちもサリバン中尉の前に殺到する。


「あたしも乗りたい!」


「僕もぜひ、お願いします」


「おい、ここはまず俺が先じゃね?」


「オーケーオーケー。それじゃ、みんなでついておいで」


 中尉は、艦橋セイルに渡るためのキャットウォークに少年たちを連れていった。


「……大佐には、内緒だぜ?」


 歩きながら、サリバン中尉は人差し指を唇の前に立てて、にやりと笑った。




 X1エックスワン艦橋セイルは、彼らの想像以上に高く、そして狭いものだった。だがそこに立つと、バーニィは今までに味わったことのないほど誇らしい気持ちになった。父さんも、この上を流れる風を感じていたのだろうか。幼い頃からあこがれ続けた、潜水艦乗りサブマリナーの父親の顔が、バーニィの胸に再びよみがえった。


「……そんでさ、サリバン中尉。こん中はダメなの?」


 ジオが、足下を指さして問いかけた。そこには、艦内へと続くハッチがある。


「いやいや、ジュニア。ここからは私も……」


 サービス精神旺盛なサリバン中尉も、さすがに困惑した様子で答えた。


「わかるだろう? 今のところ君たち一般人にお披露目できるのは、ここまでだ」


 だが、ジオの方もその言葉にはひるまない。


「まあまあ、そうカタいコト言わないでよ、中尉さん。いいじゃん、せっかくここまで来たんだし。親父にもよろしく言っとくからさ」


「しかし……。んん~」


 中尉は腕を組むと、天を見上げてうなりだした。


「ちょっとだけ、ね? 中尉さん」


 エミリアが首をかしげてほほえんだ。

 やがてサリバン中尉は意を決して、ハッチに向かって腰をかがめた。


「しょうがないな。少し中を見せるだけだよ?」


「ヤリィ! そう来なくっちゃな!」


 満面の笑みでそう言うジオに対し、やれやれといった表情になるサリバン中尉。バーニィら少年たちも、予想外の展開に、騒々しくハッチの周りに集まる。

 ハッチ解錠の操作を終えると、意外にも小さな入り口が少年たちの足下に開かれた。するとジオが、真っ先に艦内に飛び込んでいく。


「よおっし、俺がいっちばーん!」


「あっジオ君、入っちゃいかん、待ちなさい!」


 中尉はあわてて声をかける。




 ちょうどそのとき、キャットウォークの向こうから大音量の警報が響いた。


「ん、何事だ?」


 サリバン中尉は、艦橋セイルの少年たちの方を振り向くと、こう告げた。


「私はちょっと向こうの様子を見てくるから、君たちは中に入らず、ここで待っていなさい。いいね?」


 中尉は、駆け足でキャットウォークを戻っていった。


「どうする?」


 その姿を見送りながら、バーニィが言った。


「入るなって言われたし、ここで待っていましょうよ」


 そうエミリアが答える。


「ジオーっ、あんたも上がっておいでよ!」


 ハッチの上からX1エックスワンの艦内に向かってアニスは叫んだが、返事はなかった。


「奥の方まで行っちゃったのかな」


 バーニィが中をのぞき込むが、艦内は薄暗く様子をうかがい知ることはできない。


「僕、ちょっと見てくる」


 バーニィはそのまま、はしごを降りていってしまう。

 その決断の早さは、ジオが心配というよりも、ただ単に潜水艦の中に入りたかっただけなのかもしれない。


「じゃ、あたしも!」


 その後をついて、アニスがスルスルと降りていく。


 そんな様子を見ていたクリフは、ハンスと顔を見合わせると、お互いに無言のままふたりに続いていった。彼らもバーニィと同様に、最新鋭の潜水艦の内部を見られるという千載一遇のチャンスを逃したくはなかったのだろう。


 艦橋セイルに残されたエミリアは、しばらく黙って待機していたが、さすがに寂しくなってきたらしい。


「ごめんなさい、フリッツ。お留守番よろしくね」


 と言い残し、艦内に降りていった。


 とうとう、ひとりきりになってしまったフリッツ。彼はキャットウォークとはしごを何度も交互に見比べて「う~ん」とうなった。そのあげく、「ぼ、僕も……」と小さな声でつぶやくとともに、はしごに足をかけた。

 いつの間にか、周囲の作業員たちの姿は消え、警報は鳴り止んでいた。




「あら、やっぱりあなたも来ちゃったの?」


 エミリアは、自分の後から降りてきたフリッツに、そう話しかけた。


「う、うん……ごめん」


 フリッツは申し訳なさそうに、頭をかく。

 艦橋セイルからはしごを下った先は、「発令所」と呼ばれる、潜水艦の中枢部分ともいえる重要な部屋となっていた。ここには一般的な潜水艦と同様、操艦や攻撃、通信などありとあらゆる業務や命令を行う設備が整っているのだ。

 そして、発令所の中央付近には、艦外の様子を知るための潜望鏡が備え付けられている。電脳潜水艦とはいいながら、このふねにもごく当たり前の仕組みを備えていることを、少年たちは理解した。とくにクリフとハンスは、はじめて目の当たりにする「本物」の迫力に、すっかり心を奪われているようだった。


「意外と、中は広いんだね」


「ああ……。ほらクリフ、こっちもすごいぞ」


 そんな彼らの興奮を横目に、エミリアはアニスにたずねた。


「ねえ、ジオは?」


「それが、いないらしいのよ。バーニィが探しに行ったみたいなんだけど……」


 どうやらジオは、さらにふねの後方にまで行ってしまったらしい。アニスは、バーニィにここで待っているように言われたようだ。エミリアは、腕時計を見ながら問いかけた。


「……ねえ、そろそろ戻らない? 集合時間に遅れちゃうわ」


「いっけない! もうそんな時間? 結局、お昼食べ損なっちゃったね」


 と、アニスがお腹をさすりながら答える。




 そのときだった。轟音とともに、X1エックスワンの船体がものすごい勢いで揺れはじめた。


 ガガッガッ、ガン! ガガン! ガン!


「キャアッ!」


「な、なんだ?」


「これは、じ……地震?」


「床が……たっ、立ってられない!」


 あまりに突然なことで、彼らは自分たちの身に何が起こったのかを、考えることなどできなかった。


「わああああっ!」


「助けてぇっ!」


 まるで、天地がひっくり返ったかのように、潜水艦は激しい揺れを繰り返した。やがて、その振動の正体を知ることのできぬまま、少年たちは全員気を失ってしまった。




 一方、タマス海軍基地の研究施設は、不穏な空気に包まれていた。多くの研究員や警備担当の兵士たちがあわただしく駆け回っている。

 スペンサー博士の前にも、研究員のひとりがあわてて飛び込んできた。


「いったい何があったんです? まさか……」


「も、申し訳ございません。……実験体エクスペリメント・ディーが、脱走いたしました」


「何だって? 監視には特に気をつけるようにと、そう申し上げたはずだが」


 そう言うと博士は部屋の扉を開け、研究室に向けて急いだ。

 研究室では、警備の兵士たちと、数人の研究員が床に倒れていた。


「おい、しっかりしたまえ!」


 倒れていた兵士のひとりにスペンサー博士が声をかけると、彼は頭を押さえながら意識を取り戻した。


「う……くぅ……」


「君、いったい何があったのかね?」


「……わ、わかりません。あの少女が我々に近づくと、突然耳鳴りのような激しい感覚に見舞われてしまって……。あとは何も……」


 スペンサー博士は、研究員の方を振り返ってたずねた。


「この研究室の、スキャンシステムの方は無事ですか?」


「……いえ、完全に破壊されました」


 その言葉に、かぶりを振ってため息をつくと、スペンサー博士は研究員に命じた。


「捜索態勢の強化を。まだ基地の外には出ていないはずです。それから、全隊員に——」


 博士は、研究員に向き直ってこう告げた。


「実弾による武装と防弾服アーマーの着用を指示してください。なんとしても、確保を」




続く


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